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初恋 第27話

 さて、新型ペストは世界中でワクチンの反撃を受け、三年で普通のインフルエンザ並みの威力に格下げされた。もう、今では誰もそれに目鯨を立てるものはいなくなった。そしてあの新薬は使われなくなり、その後どこかへ消えていった。

新型ペストで減少したのは、六十歳以上の人間が殆どで、その結果某国は若返ったし、人口も半減した。そして、僕らのようなこれから社会を担う若者達がその国の舵をとるのは明白の理だった。

 今思えば、あのアフリカ旅行の最後に起こった僕の誘拐未遂事件について、僕なりに説明することができる。もちろん、もう証拠はどこにも存在しない。僕の記憶と消えたラストの脳みその中以外は。

あの時、僕を拉致しようとしたのは、あの声から判断して添乗員の二人だったはずだ。そしてそれを未然に阻止したのは、彼らの会話を聞き取れたラストだけだった。ラストは僕同様、彼らの会話をハックすることができた。しかし、誰にもそれを明かさなかった。

旅行中に、彼は、僕が猫並みに、人間に聞こえない高い周波数を聞き取れる能力が有ると気づいた。それは、ツアーの初日、僕が彼に訴えたメアリーとジョンの早口の裏話がきっかけだった。しかし確信が持てなかった彼は、もう一度僕がその能力を発揮するか待った。それは、フラミンゴをバックに、クレジオとアメリの写真を撮ったメアリーの言葉に僕が反応したのを見て確信に変わったと思う。

それが何を意味するか? 彼はすぐに気づいた。息子は父の血を引き継いだのだと。遺伝子は忠実に世代の橋を渡った。

今となっては、遺伝子の新薬の効果がはっきり現れることは、父やその関係者にとって避けるべき事態だった。かつて某国にとって必要だったとしても、今不要なその新薬は、細菌兵器に勝るとも劣らない秘密兵器になる! 当局にとって、その秘密を知る人間は、最早邪魔者だった! 

密かに関係者の抹殺を図ろうと当局が動く前に、父が考えた作戦は、学会に引っ掛けて自らの姿を消すことだった。彼は八十歳に到達する時期を見計らって学会に出席した。旅行を兼ねて。

計画は順調だった。だが、最後に計算違いの出来事が起きた。僕が誘拐事件に巻き込まれたことだ。バスの添乗員と運転手は某国で生まれた、僕よりも一回り上の世代の人間だったのだろう、僕と同じように特別の聴覚を持ち、さらにその言葉を操ることができた。(実は僕も彼らのようになりつつある。もちろん誰にも秘密だ。)
そして最も恐るべきことは、彼らの仲間が世界を我が物にできると気づいて、その計画の実行プランを動かし始めたということだった。

ああ、特殊な能力を持つ、ある意味超人と呼べる人間が集まればどうなるか? 最初はたわいもない遊びだった。サファリツアーのガイドとして働く。

しかし、それを続けている間に彼らは猛獣の仲間同士のやり取りや言葉を聞き取れるようになり、積極的にその中に入って、最後は彼らを統率していた。彼らが旅行で僕たちに見せた猛獣たちの戦いは、実は、彼らが仕組んだ命懸けのショーだった! 古代ローマのコロッセウムで剣闘士が命をかけて戦わされたように。そしてその頂上に君臨するのは、なんと彼らだった。

彼らこそ、サファリの大自然の動物を支配する真の百獣の王だった! そう考えると全て筋が通る。なぜ、ヌーの大群がいきなり現れて、僕達にスリリングなシーンを見せたのか? なぜ、時間遅れのツアーを盛り上げるように、次から次へと殺戮のショーが始まったのか? そしてなぜ、僕が誘拐されかけたのか? 

メアリーとジョンはふとしたことから、僕に彼らと同等の能力が有ると知った。僕をそのまま帰らせるわけにはいかない。僕が彼らの秘密を漏らす恐れがあるから。でも殺す必要はない。彼らの仲間にしてしまえば済むことだ。そこで僕を誘拐しようとした。ルームサービスを利用して睡眠薬を仕込んだ。

しかし、母と違って睡眠薬を入れたワインを父は飲まなかった。父は警戒していたのだ。父は彼らのヒソヒソ話を全て理解していた。そしてそれは自分のだけの秘密だった。父は狙われているのは自分だと思っていた。しかし、息子を誘拐して自分を誘き寄せるつもりだと思ったのかも。

多分、添乗員は彼らのグループの一分子でしかない。とにかく、父に僕は助けられ、彼らは逃げた。そのあとの話はもう周知の事実だ。彼らは多分、当局の命令を受けた誰かに消されたのかも。ラストは僕も母も最後まで愛したかったに違いない。しかし、それは叶わぬ運命だった。

今にして、父が僕をあんなに強く抱きしめた理由が分かる。僕はラストが最後まで僕の相手をしてくれたことを一生忘れない。彼は決して自分が父の生まれ変わりだと言わなかった。それがもし誰かに漏れたら、大変なことになると恐れたのだ。僕もルイスも身が危なくなる。実際、僕はラストを尾行して命を危険に晒した。あの時、きっとラストが何らかの代償を払って僕を救出したのだ。最後の晩餐を機に、彼はもう現れなくなった。

今はルイスもマークと幸せに暮らしているし、彼らが猫遺伝子を持っているかは不明だ。それはどうでも良いことだ。二人が幸せならば。新薬の歴史は人前では語れない裏の歴史だから、僕はもう自分の正体を誰かに明かすつもりはない。それは危険だし、今は僕の幸せに不要なことだから。

父の失踪の後、現れた三人の男達は、思うに、某国の関係者だろう。彼らも、秘密を知るものは煙たがったから。あの時僕の頭が痛くなったのは、三人のうちの誰かが高音で僕に尋ねたからだ。もし僕が反応したら、拉致するつもりだった? 今でもゾッとする感覚だった。そうならなかったのは、父の教えと母のおかげだった。マークとルイスは、嫌な思い出を捨てるために、新居に移った。(僕も賛成だった。)

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