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ネズミに勝った白いハコ


#はじめてのインターネット

 私が小学4年生の秋頃。
 この頃の私は正直、学校で容姿をネタに同級生からバカにされたり、担任が大学を出たての新人だったこともあって、軽い学級崩壊みたいになっていたのでいい思い出がない。毎日学校に行くのがイヤで仕方がなかった。
 そんなある日、母が私にこんなことを言った。

ディズニーランドに行くのがいいか、パソコンを買うのがいいか、どっちか一つを選びなさい

 当時はまだパソコンが各家庭に一台ある時代ではなくて、インターネット回線を引いている家も珍しかった。そんな中でどうして母がそんな選択肢を提示してきたのかは、今でも正直言ってよくわからない。


 まともに四則演算のできない頭で、私は考えた。

(確かにディズニーランドへ行ったら楽しい)
(でもよく考えたら、2年生の時に行ったし)
パソコンがなんなのかは知らんけど、モノなら簡単に消えたりしないから、ずっと遊べるだろう)


 そうして、程なくして私の家に、パソコンがやってきた。
 NECのVALUESTAR NXという機種のデスクトップパソコンだった。OSは当時最新の、Windows98。パソコン購入と同時に引かれたネット回線は、光でもADSLでもなく、ISDN。ネットをしている間も電話ができるという触れ込みだった気がする。当時はまだ携帯電話も普及していなかったし、家の電話が繋がらなくなるのは死活問題と言ってもよかった。
 そもそもインターネットというものが何なのかすらよくわかっていなくて、私はそのパソコンをあれこれいじくり回して、訳が分からなくなったら自分でパソコンを購入した家電量販店の担当者に電話をして解決したりしつつ、少しずつ理解を深めていった。

 自分のホームページも作った。今にして思えば、顔写真だの住んでる市町村だの本名だのと、ものすごい勢いで電子の海原へ自分の個人情報をばらまいていた。それでも楽しくてしょうがなかった。もともと興味のあることは納得いくまで調べるタチだったので、HTMLは早々に使えるようになったし、やがてはCGIをいじくれるようになって(やっぱ自分すげえ。同級生がポケモンを追っかけている間に、確実にオトナになってる)とか悦に浸るようになった。もともと私はゲームがそれほど好きではなくて、その分のリソースがまるまるパソコンに向いていたので、そういう意味では、この発想は目くそが鼻くそを嗤っているのに等しかったとは思う。


 それと同時にハマったのが、チャットだった。相手の顔も本名もわからないけど、誰かと言葉を交わすことが楽しくて、私は30秒ごとに自動更新されるチャットページに何時間も向かうようになった。母が当時は夜勤のある仕事をしていて、母の部屋にパソコンが置かれていたから、母が夜勤の日は眠ることを忘れてパソコンに向かっていたのを覚えている。
 あと、3Dチャットにも入り浸った。もともとあるものだけでは飽き足らず自分でアバターを作って、仮想空間で出会った異性と疑似恋愛まで体験した。小学校高学年くらいになると、学校のクラブ活動も迷うことなくコンピュータークラブを選んでいた。

 今から思えば、あの時の二択でディズニーランドを選ばなかった自分は、珍しくいい判断をしたものだなあ……と思う。もちろんすべてがいいことばかりじゃなかったとは思うけれど、周囲よりも少しばかりパソコンを使いこなせたからこそ出会えた人や、切り抜けられた困難の方が多いと感じるからだ。
 高校までの自分は決して目立つ方ではなかったし、さして勉強ができるわけでもなかった。体育ができる人間が誰よりも偉い……という謎の不文律が成立する田舎の学校で育ってきたから、ともすれば、いじめられていてもおかしくなかった。それでも私がある程度の市民権を得ることができていたのは「あいつはパソコンに詳しいし、ガリ勉ではないけどなんとなく頭良さそう」という、勝手に植え付けられていたイメージがあったからだと思う。
 本物のガリ勉なら、多少は疎ましがられても不思議ではなかった。ただ、私はほどよい具合に勉強ができなかった。だからいじめて楽しむ価値もそれほど見い出されなかったのだろう。


 今となっては、パソコンが使えることというのはそれほど特別なことでもないし、HTMLタグがわからなくてもホームページは簡単に作れるようになったばかりか、そもそも最近は個人でホームページなんか作る方が珍しい世の中になった。SNSが急速に発達したからなのかな、とはなんとなく感じる。
 少しばかり寂しい気もするが、この世界はもともと、絶えず進化し続けている場所だ。パソコン自体の価格も、かなり下がった。なにより、無理してパソコンなど買わなくても、スマートフォンで誰でも簡単にインターネットを利用できる時代になったのだ。


 それを考えれば、まぁしょうがないことだよね……と、いわゆる「インターネット老人会」の世代としては、しみじみと思う今日この頃である。

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