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相互の「ありがとう」が生まれる場所

 「ありがとう」は素敵な言葉。けれど、一方的に言うだけの関係は、辛くなる。「いつも自分は何かをしてもらってばっかりだ」と。どんな小さなことでもいい、人には「自分も誰かの役に立っている」という感覚が、心豊かに生きていくには必要なのだと思います。

「脊椎損傷で手足が動かなくなってから、『ありがとう』って言ってばかりだったんです。それが、分身ロボットカフェのパイロットとして働くようになって、『ありがとう』を言うばかりでなく、言ってもらえるようになった。お給料以上に、それが大きいです」

 白くてちょっと妖精のようなフォルムをしたロボットOriHimeで語りかけてくる彼は、そう話してくださいました。明るく楽しく、冗談も交えておしゃべりしてくれた中で、その言葉は真っ直ぐに真剣で、重みがありました。

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 三越前から徒歩10分弱。大通りの交差する交差点の一角に、グリーンの溢れるカフェスペースが見えてきます。入り口には「DAWN」の文字。株式会社オリィ研究所がプロデュース・運営する「分身ロボットカフェ『DAWN』ver.β」です。

分身ロボットカフェ「DAWN」入口

 ここでは、遠隔操作でコミュニケーションがとれる分身ロボット「OriHime」を介して、日本各地からさまざまな方が接客してくれます。OriHimeを操作する「パイロット」は、ALSや筋ジストロフィー、事故による脊椎損傷等さまざまな理由で外出が困難な方々。「DAWN」は障害者と健常者の区別なく、外に行ける人も移動の制約を受ける人も、同じ瞬間を共に過ごし思い出をつくることができるのか、その挑戦の実験場です。

 2018年から4度の期間限定カフェを都内で開き、2021年6月に現在の常設実験店がオープン。初回の虎ノ門・日本財団ロビーの開催から存在は知っていたのだけれど、なかなか都合のつく日時に予約が取れず……。今日はやっとの体験。要予約の「OriHime Diner」でランチしてきました!

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 お店に入ると、大きな分身ロボット「OriHime D」がお出迎えしてくれます。OriHimeの横にはタブレット端末に、パイロットさんのプロフィールが。「こんにちは」と話しかけると、くるりと顔をこちらに向けて「こんにちは」と返してくれました。

「予約しているのですが、どちらに伝えればいいですか?」
「ここで確認しますよ。何時のご予約ですか?」
「14時です」
「はい。まだ少しお時間あるので、お客様から見て左側のスペースでグッズなどご覧になってお待ちください。お時間にスタッフがお声がけいたします」

 遠隔操作とは思えない、リアルに話しているようなスムーズさでコミュニケーションが取れます。それに、OriHimeの見た目がかわいらしくて、なんだかうれしくなる。

 5分ほど待っているとスタッフの方がいらして予約の確認をし、テーブルへ案内。その移動の途中で先ほどのOriHimeの前を通ったので、ちょっと止まって手を振ったら、気がついてくれて「あ! 行ってらっしゃ〜い」と声をかけてくれました。ものすごくほっこり。ただこれだけのやりとりが、でもすごくうれしい。

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 テーブルにはメニュー立ての後ろに少し段をあげた棚があり、小さなOriHimeとタブレットが並んで置いてあります。まだちょっと予約時間より早かったので、OriHimeは手をお腹にあてたポーズで目は光っておらず、おやすみ中。

 しばらく待っていると、14時ぴったりにOriHimeの目に緑の光が宿り、顔をゆっくりあげてくれました。なんというか……「あ、いま命が宿った!」という感じ。

「こんにちは」
「いらっしゃいませ。分身ロボットカフェは、はじめてですか?」
「はい、今日がはじめてです」

 パイロットさんが最初にご自身のプロフィールをタブレットに表示させて、自己紹介くださいました。島根県からの、たくやさん。それから、メニューについて説明があり、注文もOriHimeを通してたくやさんが取ってくれます。事前にサイトを見てクリームシチューにしようと思っていたのに、たくやさんのおすすめを聞いてロービープレートに変えてしまった……(笑)。なんだか、本当に島根県から?と不思議な感じでした。

ロービープレート(ソフトドリンクセット2,500円、アルコールセット2,800円)

 注文後は島根について聞いたり、たくやさんがどのくらいOriHimeパイロットとして働いてらっしゃるのか聞いたりと雑談。なんと初回の2018年からパイロットをされているそうです。今日は13:30からの出勤で、私のテーブルが2組目だったそう。

「なかなかたくさん、いろんな人とお話しないとですね! 私、おしゃべなんで、疲れたわとか思ったら遠慮なく言ってくださいね」
「大丈夫です、そういう時は『ちょっと電波が〜』って言って、WiFiのせいにします」
「(笑)。便利や(笑)。」
「こんな悪いパイロットは僕だけだと思いますけど、みんな真面目なので(笑)」

 そう言ってたくやさんはOriHimeの手を広げて頭を抱えるポーズを取りました。かわいい。思わず笑ってしまいます。OriHimeは、顔の向きを変えたり、頷いたり、手を動かしたりできる。それがすごく会話していて心地よかった。

パイロットたくやさんのOriHimeと

 単純にリアルタイムで遠隔でつないでコミュニケーションをとるだけならZoomなどでもできるし、むしろ最近は日常的に使っています。でもどうもZoomって「遠隔」感があって。それがOriHimeだと実態があるからなのか、そのかわいいフォルムか動きか、とにかくちゃんと「一緒の場で会話している」という気がする。そういう話をすると、たくやさんはこんなことを言ってくださいました。

「僕にとっても、OriHimeで話せると気が楽なんです。直接会ったりZoomだったりすると、見た目で『障害者』という感じがしてしまう。そうすると、こんなふうに普通に話しにくくなってしまうこともあるんですよ」

 ああ、そうか。OriHimeを介せば、外出困難でも人と会える、話せるのだと思っていたけれど、それだけじゃないんだ。物理的な問題だけでなく心理的な距離も縮めてくれるのか。少しばかり、頭をコーンと打たれた気分になりました。

 「自分らしく」っていうのは簡単で、本人生身でありのままを見せるのが「自分らしい」と思われることもあるけれど。そうではなく、OriHimeのような分身を介すからこそ、心が自分らしくあれることもある。それはもう、「世間の認識を変えよう」とかそういう話ではないんですよね。

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 ドリンクは別のパイロットさんが大きなOriHime Dで届けてくれました。フロアに貼ってある黒いテープをたどってゆっくりとやってきてくれた彼女は、広島県からのもえさん。広島からドリンクを運んでいるなんて、なんだかとっても不思議。

ドリンクを届けてくださったもえさんと

 現地スタッフさんが「写真撮りますよ」と声をかけてくださって、たくやさんももえさんも写るようにカメラを構えてくれました。スタッフさんの「もえさん、写真撮るからこちら向けますか〜?」という声に「はーい」と答えて、くるりと180度回転。お盆をもっていないほうの手をあげてポーズもとってくれました(その写真は前後でボケている+後ろのお客さんがガッツリ入っているので、こちらには載せませんが、ダブルOriHimeでいい写真でした)。

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 食事が終わって退席時間が近づいてきた頃には、別のOriHimeDで北海道からのパイロットさんがやってきて「アンケートのご協力をお願いします」とQRコードを見せてくれました。「北海道の、どちらですか?」と聞くと、「札幌です」とのこと。

「札幌、友人がいるんですよ! なので、夏頃行きたいなーと思っていて」
「いいですね、北海道は夏がいいですよ。冬は雪しかないですし」

 笑ってしまった。冬は雪しかない……! 観光客の多くはその雪を目的に行くと思うのだけど、冬は海鮮など美味しいものも多いはずだけど、確かに住んでいる人からしたらそうか〜。

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 こんなリアルに話して、接客してもらって、ドリンクまで運んでもらって。だけどパイロットさんたちの本体はここではなく島根や広島や北海道にいる。なんだかとても不思議で、だけどフラットで、和やかな体験でした。

 印象的だったのが、どのパイロットさんもとても声が明るかったこと。スピーカー越しでわかるイキイキした声でした。ドリンクを運び終わったOriHimeDはバックヤードにはけていくのですが、そこから聞こえてくる声も楽しそう。「全部終わりました〜」「お疲れさま〜」「今日はたくさんいらっしゃってますね〜」なんて、OriHime同士、現地スタッフさんを交えてたくさんおしゃべりしている様子が漏れ聞こえてきて、なんだかほっこりしました。

 きっとそれは、「人と接して、働く」という選択肢ができているから。「ありがとう」が相互に生まれているから。

 テーブル接客くださったたくやさんに、分身ロボットカフェで働いて、その働きやすさや楽しさを聞いてみました。現在パイロットは70名ほど。体調が優れず出勤が難しいこともそれぞれあったりするけれど、そこも柔軟にみんなでカバーしあって働きやすいそうです。そして何より大きいと話してくださったのが、「ありがとう」についてでした。

「脊椎損傷で手足が動かなくなってから、『ありがとう』って言ってばかりだったんです。それが、分身ロボットカフェのパイロットとして働くようになって、『ありがとう』を言うばかりでなく、言ってもらえるようになった。お給料以上に、それが大きいです」

 今日カフェに入ってから、当たり前に「ありがとうございます」と言っていたし、パイロットのみなさんからも「ありがとうございます」と返してもらっていました。当たり前の会話だと思っていたけれど、それは当たり前ではなくて、とても貴重で大切なことなんですね。「ありがとう」は相互に生まれるからこそ、互いにうれしくなってそのありがたみが増すのかもしれない。分身ロボットカフェは、そんな相互に「ありがとう」が生まれる場なのだと思いました。

 別のテーブルでは、一人で来店されたお客さんがお食事そっちのけでOriHimeとそれはそれは楽しそうにおしゃべりされていました(テーブルのOriHimeの接客時間は基本30分なので、その後ご飯を食べていたのかな)。その姿を見て、もしかしたら孤独なのは外出困難な方だけでなく、私たちも同じかもしれないと感じました。健常者も障害者も関係なく、外の世界とコミュニケーションをとりたい人をつないで、どちらの孤独も解消する。その会話をカフェですることで役割が生まれて「ありがとう」が生まれ、より自然にお話もできるのかもしれません。

 自然と「ありがとう」が相互に生まれる取り組み、広がるといいなぁ。

 いっぱいお話しさせていただいたパイロットのみなさん、写真を撮影いただくなど細やかに対応いただいたスタッフのみなさん、ありがとうございました!


余談その1:フラットな店内

 店内はどこもフラット。さらに道幅も広く、車椅子やストレッチャーも通れそうです。でも、空間全体の広々とした雰囲気で、変に道幅が広すぎる印象ではなく、自然と当たり前のその広さが取られているという感覚でした。   
 トイレもスムーズなスライド式ドアでフラットで、車椅子用のトイレも完備。ちょっとのぞいてみましたが、とても広くて介助者も一緒に入ってスムーズに対応できそうでした。

余談その2:食事の選択肢・対応

 食物アレルギーのある方には、特定原材料5品目不使用の低アレルゲンメニューも用意があるそう。さらに、嚥下食にも対応し、ミキサー、カッター、シリコンスプーンなどの調理器具の貸出があるそうです。
 また、店内での対応が難しい場合(離乳食等含む)場合は、レトルトの持ち込みも可能。その場合は、電子レンジでの温め対応もしていただけるそうです。

余談その3:予約と休業期間について

 予約が必要なコーナーと、予約なしで入れるカフェコーナーがあります。今回私が体験したOriHimeの接客を楽しみたい場合は、事前の予約が必須です。予約は「DAWN」のサイトから。予約なしのカフェでも、入り口のOriHimeDとお話ししたり、店内で働くOriHimeの様子を見たりできます。
 
 また、もうすぐ迎える一周年を期に、ロボットの改良と店内改装工事で2022年5月29日(日)〜 6月20日(月)はお休みになるそうです。
 6月21日(火)から、新しくなった『DAWN』にも行ってみたいな。
 今回はお食事の「OriHime Diner」を体験したから、今度はパイロットさんがコーヒーを淹れてくれる「Tele-Barista」を体験してみたいな。


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