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第12回山梨大学国際ブドウ・ワインセミナー まとめ

2月20日、山梨大学にて「第12回山梨大学国際ブドウ・ワインセミナー」が開催されました。

余談ですが、山梨大学ワイン科学研究センター主催の「国際ブドウ・ワインセミナー」は、例年、7月頃(日本ワインコンクールの審査に合わせて)、2月頃(フランス・モンペリエ農業科学高等教育国際センター⦅SupAgro⦆の来学に合わせて)にそれぞれ行われます。

大学のHPで事前に情報を公開しているので、興味のある方は時期がきたらチェックしてみて下さい。

無料で参加できますし、上記以外にもセミナーは開催していたりするので、ワインを勉強したい方はぜひ!

さて、今回は上記のうち後者のセミナーにあたり、「SupAgro」の先生方による講義が行われました。

題目は、

①オーレリー ローラン氏(SupAgro講師・ワイン醸造学/アロマ生化学)
「ブドウからワインへ:単一品種のチオール生合成について」


②パトリス ラルマン氏(SupAgro農学者/ワイン醸造学)
「原産地呼称による“テロワール”ワインの文化遺産価値を高める:ブルゴーニュの例」

です。

これらの講義のうち、①について、僕の記憶と資料をもとにまとめていきたいと思います。

最初に断っておきたいこととして、「あまりにも専門的過ぎる」もしくは「そこまで重要ではない」と僕自身が感じた箇所についてはザクザク割愛していきたいと思います。

また、できる限り正確さを心掛けますが、誤りがあるかもしれません。

お気づきの方がいらっしゃいましたら、ご指摘・アドバイス・ご意見等ぜひよろしくお願いいたします。

ブドウからワインへ:単一品種のチオール生合成について(前置き)

チオールというのは、以下のリンクを参照して頂きたいのですが、

その化学構造に「SH」をもつ有機化合物のことを指し、「SH」は「チオール基、スルファニル基」、また、古くは「メルカプト基」と呼ばれています。

ワインのことでいうと、ソーヴィニヨン・ブラン(以下SB)の品種香を構成する香気成分として有名で、日本人の研究により甲州にも含まれていることがわかり、現在では甲州においてもチオール系の香りにフォーカスしたワイン醸造が行われています。

講義のテーマは「単一の品種について、チオールの生合成をどのように管理するのか」というもので、前述の通りSBがメインで、甲州についても考えていこうという感じです。

ブドウからワインへ:単一品種のチオール生合成について(内容)

ここ20年で最も研究されているワインにおける3種類のチオールが、「3MH(3-メルカプトヘキサノール)」(グレープフルーツの香り)「3MHA(3-メルカプトヘキシルアセテート)」(ガヴァ、パッションフルーツの香り)「4MMP(4-メルカプト-4-メチルペンタノン)」(ツゲ、クロスグリの香り)である。

これらは無臭のアロマプレカーサー(前駆体)に由来する。

アロマプレカーサーとは「酵素または化学的に切断されることでアロマ化合物を生成する無臭の分子」である。

アロマプレカーサーは、アルコール発酵中に酵母のもつβリアーゼ等の酵素によって切断され、最終的に香気成分としてワイン中に含まれる。

アロマプレカーサーとして同定されているものは、「S-システイン抱合体」「S-グルタチオン抱合体」「ジペプチド抱合体」といったものが挙げられる。

SBの 果皮/果肉 の比率では、S-システイン抱合体が果皮に78%、S-グルタチオン抱合体が果皮に55%と、果皮に局在していることがわかっている。

チオール前駆体の中には、理論上存在するとされているものの未だ同定できていないものもある。

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3MHや3MHAにはその分子のキラリティー(非対称性)故にR体(右)とS体(左)があり、閾値や香りの知覚に違いがあるという報告もある。

これらのR体・S体は、辛口ワイン中においてはおよそ同等の存在比であることが報告されている。

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チオールは遊離型(R-SH)の状態では香りを呈するのだが、化学的に不安定なため、以下の画像のように

・複合体(金属によるキレート化)
・ジスルフィド(二硫化物)
・チオエーテル

といった化合物に変化しやすく、これらは芳香を呈さない。

キレート化、ジスルフィドへの反応は可逆反応であり、これらは「アロマリザーバー」と呼ばれる。

また、ワインの芳香成分としてのチオールを捉えるとき、遊離チオール+ジスルフィド、合わせて「アロマストック」と呼び、ジスルフィドも定量することが、アロマプロファイルの特性を評価するうえで重要である。

画像1

(講義資料のベースになっているローラン博士の論文に、実験に関して載っていたので軽く紹介します。)

8つの若いワイン(ロゼ1つ、赤4つ、白3つ)(2ヶ月瓶熟成)の3MHと3MHAを測定、2回測定し、1回目は通常通り遊離型を、2回目は還元処理(ジスルフィドは遊離チオールが酸化されて生成されたもので、可逆なので還元させれば遊離チオールになる)後の遊離チオールを測定した。

そしてその比から、チオール/ジスルフィド比を得た。

about thiols チオール/ジスルフィド比

Fig. 2014年ヴィンテージの8つの若いワインにおける3MH(A)・3MHA(B)、および、対応するジスルフィドの再分配

3MH・3MHAどちらにも共通している可能性として、サンプルによりバラつきはあるものの、SO₂添加が少ない傾向にあるボジョレー(ヌーボーとしての消費を前提としているワインということだろう)の赤ワインは、わずか2ヶ月の熟成期間でありながら、遊離チオールの多くがジスルフィドに酸化される程には酸化反応の速度が早いことが考えられる。

また、3MHAについてはたった2ヶ月でその大部分が失われてしまっており、この点の理解が今後に向けて重要である。

(論文では、他に「チオールが多く含まれるワインに酸素や硫酸銅、グルタチオンを添加してチオール/ジスルフィド比を検証しているが今回は省略」)

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ブドウ栽培によるチオールのマネジメントについて。

SBの5つのクローンにおいて、成熟過程ごとに前駆体含有量を調べると、成熟が進行し収穫期に近づくにつれて増加すること、クローンによってその含有レベルは異なることがわかった。

また、栽培地によっても前駆体含有量の推移に差があることがわかった。

SBでは成熟の進行に従って前駆体が増加し、一定の濃度に達するとプラトーになる。

が、日本で甲州を追跡してみると、開花後8週~16-18週にかけては前駆体が増加するのだが、その後劇的に減少する。

つまり、「チオール前駆体は成熟中に蓄積するが、その最適な濃度は品種やヴィンテージ、栽培地による」のである。

他に、窒素の葉面散布を行うと前駆体含有量が増加したというデータがある。

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ワイン醸造プロセスによるチオールのマネジメントについて。

チオール前駆体は酵母がもつ「リアーゼ」という酵素によって分解される。

この反応の多少は酵母株に大きく依存するため、チオール生成の多い株を選択し使用することが重要。

また、ハイブリッド株やコ・イノキュレーション(共接種)によりチオール生成の向上をはかるという手段も検討できる。

発酵温度に関して、13℃、20℃、24℃で生成量を測定する実験では、「13℃ < 20℃ < 24℃ 」というデータがある。(低温発酵で生成が促進するイメージをなんとなく持っている人もいるかもしれないが、このデータでは逆)

ただし、先にも述べた通りチオールは化学的に不安定で反応性が高く、条件によっては「チオエーテル・ジスルフィド・複合体」生成の副反応も進んでしまう。

さらに、高温はチオールの揮発を促進するため、現実的な妥協点として「18~20℃」程度が推奨される。(SBの低温発酵は多くのワイナリーで採用されており、15℃前後、中には12℃程度まで下げるところもあるそうだが、酵母や酵素の活性を考慮すれば温度が高い方が好ましいと考えられるので、株の特性も参考にしながら選択する必要があるだろう)

それ以外に、果汁中にアンモニウムイオン(NH₄⁺)が過剰に存在すると、酵母の代謝特性的に、前駆体である3MHのS-システイン抱合体(Cys3MH)の代謝が抑制される。(「窒素異化抑制」or「NCR」と呼ばれる)

そのため、発酵初期に栄養剤として資化性窒素(YAN)を添加することは避けた方が良く、もともとのポテンシャル N₂ を信じよう。

まとめ

・前駆体は主に果皮に存在(プレスにより抽出。ポリフェノール抽出とのバランス重要。)
・前駆体は成熟中に増加(甲州ではある時期から減少)
・窒素の葉面散布で前駆体含有量が増加
・水分ストレスや剪定方法、ヴィンテージ、産地、クローン等様々な要因に影響される
・チオール生成量は株依存的
・発酵温度(18~20℃推奨)と果汁成分の窒素量(NH₄⁺)への配慮

感想

画期的な新しい知見というのはあまりなかったのですが、「チオール ⇔ ジスルフィド」の話や発酵温度、NH₄⁺ といったトピックは興味深かったです。(現状、醸造寄りの人間なため)

また、今回示された実験データは、違うところでは異なることが言われていたりします。(例えば、SBの成熟による前駆体のプラトーは、過熟により減少するとも)

プレス具合もそうですが、果皮からの抽出というとスキンコンタクトもあるわけで、どちらをどの程度やればどうなるのかという比較も行われているでしょうし。

発展的に他の論文に目を通す作業はそこまでできていないのですが、これから徐々に取り組んでいきたいことですね。

というのも、NZのマールボロがなぜ今のようなSBの一大産地として名を馳せたかというと、新しい取り組みとして、また、産地の特性として「チオールの最大化」に皆でとことん取り組んだからなのだそう。

少なくとも、ワイン科学において1報1報の研究論文自体に大した価値はなく、絶対的なものでもありません。

しかし、集積して参考にすることで、現場での仕事は格段に改善され得ると思うし、だからこそ我々は地道に研究を続けるのだと思います。

改めて勉強を続けようと思ったわけでした。

参考
・Innovative analysis of 3-mercaptohexan-1-ol, 3-mercaptohexylacetate and their corresponding disulfides in wine by stable isotope dilution assay and nano-liquid chromatography tandem mass spectrometry
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0021967316312596

・https://www.winery.or.jp/cms/wp-content/uploads/2019/05/c20036c72ed0e7329512690d3bb168e0.pdf

・その他複数。。。

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