見出し画像

喫煙とワインのテイスティング能力

こんばんは、じんわりです。

 今夜はタバコとワインのテイスティング能力の関係性について綴ろうと思います。

 本稿執筆現在(6月初旬)Amazon Primeでアニメ版「美味しんぼ」が見放題でして、私ハマっております。

 味覚に長け料理の知識経験も豊富な主人公が、仲違いしている美食家権威の父に挑んでいく物語ですね。その本質はというと、まるで往年のプロレス番組を観ているような、一見ガチな親子喧嘩の体をなしていますが、要所要所でツンデレ展開が待っている漫画ですよね(笑)。

 アニメ版第20話「板前の条件」という回で、料理の腕は良いが気弱な板前が登場します。彼はここぞというときにテンパりがちで、気持ちを落ち着けるためにこっそり外でタバコを吸います。

 その後うがい手洗いをしてから刺身(厳密には刺身を氷水で〆た“洗い”)を切るのですが、出された刺身を味わった海原雄山と山岡士郎にヤニの移り香を気取られ喫煙を見透かされる、という件が出てきます。海原と山岡のスーパーテイスターぶりを羨ましく思いますね。

そこで以下のセリフが山岡から出てきます。

「タバコを吸う人間が料理人として失格する最も大きな理由は、味覚と嗅覚が鈍くなって微妙な味の判断が出来なくなるからだ。」

「タバコ飲みの舌や鼻の粘膜の細胞は丸みを失って平べったくなっているそうだ。感覚器官としての感度は大幅に低下している。」

 まずは「面白い話だな~」と脊髄反射したのですが、何せ漫画のお話ですのでところどころで眉唾なお話も出てきます。また、元々は約30年前に放送されたものですので、最新の科学によって過去の知見が更新されることもあり得るでしょう。

 ホントのところはどうなんでしょうか?と思い調べてみることにしました。先の漫画のセリフが科学的事実に基づいているとすると、愛煙家さんはワインのテイスティング能力が相対的に低下してしまっているということですね。

 以下、ワインを感じるにあたって重要な2つの要素、味覚と嗅覚に分けて調べてみます。味覚と嗅覚、厳密にはそれに加えて視覚と触覚が働いて我々はワインのキャラクターを認知しているのですね。

味覚

 喫煙者vs非喫煙者の味覚、喫煙中断者vs非喫煙者の味覚について比較を行ったChéruelらの研究によると:

 喫煙者は非喫煙者に比べて味覚感度が有意に低かった
 喫煙者の味覚感度の回復が禁煙2週間後に観察された
 喫煙者の総合的な味覚感度は禁煙9週間後に非喫煙者並みに回復した

 
 これらの結果が普遍的であるならば、喫煙者の方が2週間だけ禁煙を頑張れば、愛煙時代よりもワインの味わいの繊細な違いが分かるようになってくる可能性がありますね。

 また、喫煙者の方が2ヶ月ちょっと禁煙を頑張れば、ご自身のテイスティング能力のポテンシャルを完全に取り戻せるかもしれません。

 Chéruelらの報告以外にも、日本人を被験者としているSatoら、海外ではVennemannら等、喫煙は味覚の鈍化を招くという科学的根拠が複数報告されていましたので、美味しんぼの「タバコを吸う人間の味覚が鈍くなって微妙な味の判断が出来なくなる」というセリフは事実に即していると考えてよさそうですね。

嗅覚

 2017年日本耳鼻科学会発表の「嗅覚障害診療ガイドライン」では

喫煙は用量依存性に嗅覚を悪化させ,逆に禁煙により嗅覚を改善させる

とされています。このガイドラインの根拠となっているのはFryeらが1990年に発表した研究報告のようです。

 これは先程のChéruelらの喫煙者および喫煙中断者の味覚感度に関する研究報告と同様ですね。Fryeらの研究報告は購読料を払わないと読めないようになっており、要約しかチェックできませんでしたが、以下がポイントのようです。

 喫煙中断者の嗅覚回復は長期間を要するが可逆的である =頑張って長期間の禁煙に耐えれば嗅覚感度は回復する

 これら報告以外にも、VennemannらやEtterらからも喫煙者の嗅覚感度は非喫煙者に比べて劣る旨の研究報告が出されているようです。

また、今回列挙した報告以外に喫煙者と非喫煙者に嗅覚感度の差を見出せなかったという報告もあるようですが、Fryeらによるとそういった研究報告でリクルートされた非喫煙者群には禁煙歴が短い被験者が含まれている可能性があるのとことでした。


味覚嗅覚の感度が落ちるメカニズムは何なのか?

 ここまでで、どうやら喫煙すると味覚嗅覚の感度は落ちるようだということは言えそうです。では、それは何故、どのようにして起こるのでしょうか?

 山岡士郎は「タバコ飲みの舌や鼻の粘膜の細胞は丸みを失って平べったくなっているそうだ。」と言っていましたが、私が探した限りではそういった研究論文やトピックを見つけられませんでした。

 嗅覚感度低下のメカニズムについては、喫煙による嗅覚前駆細胞の低下、炎症性サイトカインの上昇、障害された嗅神経上皮が再生する過程でのタバコ煙暴露により前駆細胞の分列・分化が障害されることが、東京大学医学部耳鼻咽喉科グループの研究発表によって明らかになったようです。山岡の話とは少し違うような気がしますね。
 

ワインに特化した試験報告は?

 今までのお話は喫煙による一般的な食事に関する味覚嗅覚障害のお話でしたが、ワイン喫飲に特化した試験論文はないものかと気になりました。

Wine x smoking x smell x tasteでGoogle Scholar検索をしましたが、ざっと見たところお目当ての報告は見当たりませんでした。

 しかし、味覚嗅覚に対する喫煙の悪影響について注意喚起する意味では先に述べた各研究報告をご紹介するだけでも十分ですね。

結論

 喫煙は味覚嗅覚を障害する、禁煙すれば味覚嗅覚の回復は期待できる

 本稿をお読みの方で、ワインも好きだけどタバコも好きという方、これを機会に禁煙にチャレンジしてみては如何でしょうか。上手くいけば健康寿命も延びるでしょうし、周囲の嫌煙家さんとの人間関係もより良いものになるのではないでしょうか。

 何より、ごはんやワインの味香りが繊細かつ奥行き広く感じられ、今までより食べること、飲むことがもっと楽しくなるのではないでしょうか。同じお金、時間を費やすなら得られる喜びが大きい方がいいのではないでしょうか。

 なんだかいいことづくめだと思いませんか?

 口で言うのは簡単で、なかなか止められないものでしょうが・・・。

ところで:
タバコを吸う前と吸ってからカレイの洗いを造ってブラインドテイスティングする、という美味しんぼの再現を試みたアホな人々(褒めています)がいらっしゃいましたことをご報告いたします。↓
https://www.youtube.com/watch?v=ZoNzgf0Ikzc


さんて!

じんわり

引用:
 Chéruel, et.al., “Effect of cigarette smoke on gustatory sensitivity, evaluation of the deficit and of the recovery time-course after smoking cessation”, Tobacco Induced Diseases, 2017
 Sato, et.al., “Sensitivity of Three Loci on the Tongue and Soft Palate to Four Basic Tastes in Smokers and Non-Smokers”, Acta Otolaryngol Suppl, 2002
 Vennemann et.al., “The association between smoking and smell and taste impairment in the general population”, Journal of Neurology, 2008
 日本耳鼻科学会、嗅覚障害診療ガイドライン、日本耳鼻科学会会誌、2017
 Frye, et. al., "Dose-Related Effects of Cigarette Smoking on Olfactory Function." JAMA, 1990
 Etter, et.al., “A test of proposed new tobacco withdrawal symptoms”, Addiction, 2012
 Rumi Ueha, “Molecular mechanism of smoking smell and elucidation of regeneration environment of olfactory epithelium.”, Impact, 2019.

関連稿:

知覚感度が鈍るということは、ワインの良い部分だけでなく良くない部分にも気づかなくなるかもしれません。それはそれで幸せなことかもしれませんが・・・



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?