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ミネラリティって何かね?

まとめ
・Minerality(ミネラル感、ミネラリティ)の明確な定義はない
・長年の研究により、ミネラリティの輪郭が少しづつ見えてきた?
・ワインから感じられるミネラリティとぶどうが育った土壌には密接な関係性がなさそう
・では、ミネラリティの正体は何なのか?


こんばんは、じんわりです。

 本稿のお題は数あるワイン謎ワードの中でもテイスティングシーンで頻用される「Minerality」について。日本語で訳をあてると「ミネラル感」でしょうか。以下、カッコよさ重視で「ミネラリティ」に統一しますね。

 以下は読者さん(特にワインビギナーの方)がワインそのものを楽しんで頂くうえで全く不要な知識であり誰得随筆の類ですが、ご一読頂いた後にワインを飲んで頂いたら、きっとポジティブな変化や発見があるのではないかと思うのですね。

 このミネラリティという用語はワインをポジティブに表現する際に使われるように思います。「ミネラリティを感じるワイン」と言った使われ方ですね。では「ミネラリティを感じるワイン」とはどんなワインなのでしょうか。

 主に白ワインに、時折赤でも使われる言葉という大枠はあるようですが、そこから先がややぼやけていますね。私の経験上、人によって捉え方が若干異なる言葉のように感じます。例えば赤について「ミネラリティ」と言われても私はピンと来ません。本稿で引用した記事・論文の報告内容に照らしても「現時点では世界共通で確立された明確な定義はない」と考えてよいでしょう。

 とは言え、ミネラリティと呼ばれるものの「輪郭」はある程度は明らかになってきたように感じます。以降、ミネラリティという言葉の歴史的変遷も振り返りながら、その実態に迫っていきましょう。


「Minerality」という言葉の歴史

 Mineralityについての寄稿実績が豊富なSally Easton MW(マスターオブワイン)の著作・記述を中心に調べていくと、1983年Émile Peynaud著「Le Goût du vin」にも1984年にAnn Nobleが開発した(論文発表は1987年)「Wine Aroma Wheel」にも(いずれもワインの味・香りの表現に関する高著ですね)、”Minerality”という言葉は掲載されていなかったようです。
 Eastonが引用したBallesterらの報告によると、「1990年代後半から2000年代初頭にかけてのテイスティングガイドや論文上で、火打石や濡れた石などの香りの表現としてMineralityが登場していた。」「(2013年からの)過去約10年の間にMineralityという言葉がワインライターやマーケターに頻用されるようになった。」という記述がありました。
 EastonやBallesterらの報告とは別に、ワインとミネラリティに関する論文の公表年をざっと流し見したところ、正確に数え上げてはいませんが2010年代に公表されたものが多い印象を持ちました。

 上述の手掛かりに加え私自身の仕事場での経験も合わせてMineralityという言葉(概念)の時系列的な成熟について推測しました。
 当初はシャブリやプイィフュメのアイコンである火打石系の香りの形容詞として地味に使用されていたMineralityという言葉が、1990年代後半~2000年代後半にかけてに徐々にグローバル化かつメジャー化、その過程で単なる火打石の香り以外の要素も含意する、もしくは、火打石の香りの要素は除外して別の意味を持った言葉に徐々に変容しトレンド化。2010年代以降には寒冷地産白ワインの定番的表現という地位を確立し2020年現在に至った、のではないかと推測しています。


Minerarityの正体は何か?

 Mineralityとはその名の通り「畑からぶどう樹に吸い上げられ、ぶどう果に移行し発酵を経てワイン中に含まれるミネラルの香味に由来するのではないか」というロマンチックなテロワール論に対し、地質学の専門家Alexander James Maltmanはそれを否定しています。

「ブドウ果汁中のミネラル組成と畑の地質学的特性は乖離しがち」
 「発酵中の果汁に含まれるミネラルはある程度酵母に栄養として利用されてしまう。一般に醸造中にはろ過工程が設けられており、そこで減少するミネラルもあれば、増加するミネラル(過助剤のベントナイト由来の可能性、つまり畑由来ではない)もある。熟成期間中にも各ミネラルは増減しうる(これも畑由来ではない)。」
「ワイン全体に占めるミネラルの構成比は0.2%。ヒトの味覚器官は、一部の例外を除き不溶性であるミネラルそのものの味を知覚することはできない。ワインに含まれる有機成分がワインの香味をもたらしているはずだ」

 Maltmanの主張とは異なるストーリーも見つかったので一応ご紹介しておこうと思います。ワインジャーナリストのJamie Goodeの2014年の講演録によると、Bonny Doonの元オーナーRandall Grahm(かなり変態臭の漂う方です、褒めています(笑))の試験結果を紹介しており、「ワインのタンクに石を入れておくことで、入れないときよりもテクスチャ―、口当たり、香り、余韻の長さに大きな違いが出たことを経験している」そうです。
 タンクに投入された石の詳細やどのタイミングでどれくらい浸漬されたのか等も不明ですので、これをもってエビデンスとはし難いですが、Jamie Goodeが引用するくらいなら傾聴してもいいのでは?と思ってしまうところです。


 では、畑由来のミネラル説がマーケティング的な幻想ということであれば、我々にMineralityと感じさせるものの正体は何なのでしょうか。

 後述するParrらとの共著総説論文発表(2018)に至る前の2009年~2014年の間に、Eastonは世界各国のワイナリーの面々に対してMineralityについてのインタビューをコツコツと行っています。やはり前述したテロワール論的な回答も散見されつつ、火打石の香り、酸味、塩味の寄与をほのめかす回答もあり、「ほほぅ」と思った次第です。

 そろそろ疑問の核心に迫りましょう。
 2018年にParrを筆頭に前述したMaltman, Easton, Ballesterの共著でMineralityに関する総説論文が発表されます。世界各国で過去に発表されたワインのmineralityに関する論文報告をレビューして、ワイン中のどのような要素が飲み手にMineralityを感じさせるのかを探っています。

 彼ら著者は「更なる調査研究が必要」「ワイン中にミネラルのキャラクターを感知するという現象は非常に複雑」といった慎重な姿勢を呈しつつ、主なワイン中の成分、要素、指標についてポジティブ及びネガティブなインパクトを与える因子を過去の報告の中から抽出しています。その中から印象的な因子について、私の経験に照らして以下に綴っていきますね。

香味の特徴:火打石 成分:ベンゼンメタンチオール、ジスルファン
 初期にMineralityとして表現されていた因子ですね。ブルゴーニュのシャルドネにあるマッチの香り、シャブリのシャルドネやサンセールのソービニヨン・ブランにある火打石の香りが典型例でしょうか。酵母の代謝により産生される発酵由来の成分ですね。本来不快臭の原因物質である硫化物ですが、度を越えなければワイン品質のアクセントになる好例ですね。

香味の特徴:還元的 成分:亜硫酸
 「還元的」と書くと???ですが硫黄系の味臭いですね。亜硫酸にも硫黄が含まれています。「ギリギリのとこで度を超えてはいないけれど、ちょっと亜硫酸を強めに利かせているなと感じられる白ワインを飲んだ時」のあの独特の味覚嗅覚。「濡れた石の匂いを思わせるような」という表現が一番近いでしょうか。これをミネラリティと呼ぶのだと私も認識していました。個人的には火打石の香りにやや通じるものがあるようにも感じます。

香味の特徴:海辺 成分:メタンチオール
 本来的にはオフフレーバーとされる成分であるため「磯の味臭い」と訳したいところですが、Mineralityというポジティブな概念を取り扱っていることと、元の英語が”seaweed”のような野暮ったい記述でなく”seashore”というシャレた感じだったので「海辺」としました。同じく硫化物が起因成分となっているところは先述の2項と同じですが、私にはどうしてもオフフレーバーの印象が強く、程度問題(低い含量であればポジティブ)なんだろうなという納得の仕方をしています。後述する塩味のように感じられる、もしくは塩味を増強する可能性はないのでしょうか。

香味の特徴:柑橘 関与成分:3MH
 3MHはソービニヨンブランで一躍有名になった香りの成分ですね。ちなみに日本人の研究者がワイン中に発見した成分です。
 感覚的なものですが、私の中で3MHとミネラリティが直リンクしないのですね。3MHを豊富に含むワインをプロファイリングするとフレッシュで早飲みタイプの白が多いでしょうから、先述の亜硫酸、後述の酸味や塩味など、他の影響因子を備えたワインにたまたま高濃度の3MHが含まれていただけで、実はあまり関係がないという可能性もあるように思うのですね。

味覚:酸味、フレッシュ感 指標/成分:ポジティブ=総酸、酒石酸、リンゴ酸、ネガティブ=pH、乳酸
 ここはとてもわかりやすい結果が出ており、私は全く違和感を感じないところです。
 指標数値が高ければ高いほどMineralityを感じられるとされたのが「総酸」「酒石酸」「リンゴ酸」。逆に指標数値が高ければ高いほどMineralityが感じられにくいとされたのが「pH」と「乳酸」。pHが高いワインは酸味が穏やか、悪く言えばゆるいワインが多くなりますね。キリっとした酸味を感じにくいということです。乳酸も酸味の質としてはまろやかである反面、フレッシュで果実的な香味印象を与えにくい特性があります。乳酸含量が高いワインはマロラクティック発酵(※)を経た可能性が示唆され、つまりはフレッシュで果実的な印象に寄与するリンゴ酸が消費されたことを暗喩するのですね。

(※)乳酸菌によるアルコール生成とは異なる発酵様式。主にはリンゴ酸を乳酸に変換する発酵様式。実際はもっと奥の深い話も・・・。

 まとめると、フレッシュな酸味を感じるワインからはミネラリティが感じられやすいということになり、その点私も同じ認識・感覚を持っています。
 ワインの酸味については奥深く、いずれ別の機会に詳しく綴りたいと思っています。

味覚:塩味 成分:ナトリウム
 塩味もまた非常に重要なファクターではないでしょうか。塩味が感じられるワインを「ミネラリティがある」と形容することに私も腹落ち感を覚えます。
 個人的な疑問はナトリウムだけが塩味及び「ミネラリティ」への関与成分なのだろうか、というところです。ぶどうおよび酵母由来のアミノ酸・ペプチドも塩味におよぼす影響があるでしょうから、それらがミネラリティに影響することはないのだろうかと考えてしまいます。
 ワインと塩味の科学に関して私は詳しくないので、ある程度勉強できたら別稿で綴りたいなと思っています。

その他因子:酢酸イソアミル、カプロン酸
 これらはワインに含まれる一般的なエステル類、果実的な印象を与える香りの成分ですね。個人的には先述した3MHよりも更に強めの違和感を覚えます。3MHを高濃度で含むワインはある程度品種や造りの特性が絞られてきますが、これらエステル類はそこそこ普遍的な成分ですので、これらが影響因子なら「全てのワインからミネラリティが感じられます」という話になりかねないと思うのですね。


Mineralityは香りでも味でもなく食感なのか?

 最後にミネラリティについての最新の話題を。
 先日、Jancis Robinson MW(ワイン業界の超有名人、消費者さんにとっては「モトックスのグラスの人」の方がお馴染みでしょうか)は自身のブログで、Mineralityの正体が”Aroma”でなく”Texture”(テクスチャ)である可能性を示唆していました。

「で、Textureって何かね?」という話です。食べ物で言うと「食感」が一番しっくりくる表現でしょうか。辞書で引くと「きめ」「歯ごたえ」といった対訳がワインの文脈では近いように思いますが、ややあらびきな語訳であるようにも感じます。

 Robinsonの記事からは”granular quality”とか”bitey”というキーワードーが出てきており、まさしく「きめ」「歯ごたえ」なのでしょうが、それはタンニンの質量に関わる話なのか?しかしMineralityはタンニン含量が相対的に少なめな白ワインを主に形容する言葉ではないのか?もしタンニンでないならそもそも”bitey”って何かね?と、私の脳内が混迷を極めています。”bitey”が「酸味としての刺激感」を指すようであれば腹落ち感はあるのですが・・・。

 Textureと言われると「口当たりの質量」「ボリューム感」や「弾力感」を私は想起してしまうのですが、”Minerality, texture, bitey”問題については一旦棚上げにさせて頂き、機会があれば業界の先輩方のご意見やご経験を聞いてみたいと思います。


私的結論:

「ミネラリティが感じられるワイン」とは度を超えない硫化物の含有、酸味、塩味の存在、口当たりの質量のうち、ひとつ以上の要素が感じられるワインと考えられる。


 こんなふうにワインの味香りについて調べて、思いを巡らせたあとにワインを飲んでみたら楽しくありませんか?皆さんそれぞれのミネラリティをワインの中に感じることができたでしょうか?感じる味香りひとつひとつが急に意味のあるものに思えてきませんか?総じてワインを飲む楽しみが広がりませんか?

勿論、「難しい理屈は抜き、楽しんだもん勝ち」という考え方も私は大好きです。


今夜もワインと共に新しい発見を。

さんて!

じんわり

参考文献:
https://www.mastersofwine.org/en/events/eventsblog/minerality-myths.cfm
http://www.winewisdom.com/
Ballester et.al., 2013, “Exploring minerality of Burgundy Chardonnay wines: a sensory approach with wine experts and trained panelists”
Maltman, 2013, “Minerality in wine: a geological perspective”
https://wineanorak.com/mineralityandterroirinwine.htm
Parr et. al., 2018, “Minerality in Wine: Towards the Reality behind the Myths”
https://www.jancisrobinson.com/articles/minerality-continued

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