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ジェーン・ドゥの国境小瓶 1L

[はじめに]

この文章は、この世界のどこかの特定の誰かに宛てたものにございます。
しかし、これを手に取った全く知らない貴方様にも、読んでいただくことのできる手紙にもございます。
この書簡の文章は、名も知れぬ貴方様の否定も肯定も望まず、貴方様が感じたことに対してのみ全面的に肯定するものとなっております。
故に、この手紙は、本当の宛先へと届かずとも、どなたかの手に取っていただけるだけで幸いな、贅沢なひとり言なのだと、そう解釈していただければ幸いなのでございます。

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お久しぶりですね、元気にしていてくれているかな?あなたとは学生時代に出会ったはものの、そこまで交流があったわけでもない、ただのクラスメイト同士だった。それでもわたしはあなたの人生を応援しています。無理はしていないかしら?いや、時に無理というものは必要であるけれど、肉体的または精神的なキャパシティを超えたものを無理と捉えて、その時は思い切って、ベッドに大の字で寝転がって、天を仰ぎながら、昼飯のことだけをひたすら考えられるくらいの余裕を愉しんでほしいと、思っております。

さて、これからするお話は、あなたにとっては耳にタコかもしれないけれど、届くかわからないことを免罪符に、書き連ねさせてくれね。

あなたは過去に、薬剤師を目指すと言っていた。あなたの親御さんはうつ病を患ってから、笑顔を見せなくなったそうね。何らかの、あなたのいつかの、将来の夢を語るスピーチで耳にしたことがあるわ。そうしてあなたはこう言った。家族を笑顔にしたいから薬剤師になりたい。
大人になった今考えるからこそ、あなたが抱えていたことの大きさがわかるよ。家庭内の問題と、自身の成長と勉学と交友関係、さまざまなトラブルの対処。すべて忙しいはずなのに、気持ちが追いついていないはずなのに、あなたはずっと笑顔で人と接していた。たまに疲れた表情を見せることもあったけれど、他人から話しかけられた途端にパッとお顔を変えて、応対にあたっていたね。それも、基礎教育を受けるくらいの幼子が、全部抱えられることではない癖、当時の私たちは残酷にも拍手した。今、あなたが壊れてしまっていないことをとても願っています。あの頃喋らなかったぶん、おせっかいをさせてください。
(もしかするとあの笑顔は、自分の辛さを上塗りするための蓋だったのかな、と時たま考えてしまう)
もう何も変えられないし戻れないけれど、そのやさしさを、これからは自分に向ける優しさの分量を、少し多めに与えてほしいと、そう願っております。自分のために。いや、あなたはずっと昔から自分のために戦ってきたかもしれないけれど、ただ自分のためだけにも、肯定、してくれてたら、いいなあと思います。そして、誰のことも考えずに、笑いたい時にだけ笑っててほしいなとも。

あなたが何になろうが正直わたしは全く興味がございません。あなたが、あなたがあなたで在りたいためのあなたで在り続けられますように遠くからお祈り申し上げます。

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