約束、指輪、後悔

そこに一歩踏み入れると、風化しかけた床板が悲鳴を上げる。
「……ここか」
舞い上がった埃をかき分けるようにライトを館の奥へと向けると、光の先に廃墟には似つかわしくない瀟洒な飾りの施された扉が浮かび上がった。私は逸る足を抑えながら、一歩ずつ慎重に近づいていく――その時、かすかに懐かしい香りがした。
ごくりと息を呑み、眼前にまで近づいた扉のドアノブを掴み、押し開く。

扉の向こうには、二人掛けの食卓があった。
真白いテーブルクロスが敷かれた卓上には銀の燭台が鎮座し、暗闇をぼんやりと照らしている。几帳面に並べられた食器と中心に据えられた皿は、客が座るのを催促しているようだ。
私は導かれるまま食卓へ赴くと、まるで熟練のウェイターに案内されるかのように自然と椅子は引かれ、座ろうとするのに合わせて、音もなく元ある位置へと収まった。

ポケットから、やや丸みを帯びた箱を取り出す。ビロードの張られたそれは、かつて機会を逸した私の後悔そのものの形をしていた。ひとり食卓につき、箱を眺める。
ふと気配がした気がして顔を上げると、蝋燭の火がゆらめき、卓の向かいに人影が現れた。恐れることも訝しむこともない、何故なら私はその人影を、懐かしいその顔をよく知っていたからだ。私よりもずっと若いままの、在りし日の妻の姿だったからだ。

彼女は柔らかな微笑みを浮かべながら、その左手を私の方へすっと差し出してくれた。思わず涙がこみ上げてきて視界がにじむ。しかし今度こそ後悔するわけには行かなかった。
私は卓上においた箱を手に取り、中に収められた指輪を抜き出して掲げた。僅かな灯りを反射して、きらりと透明に輝く宝石が指輪の存在感を強く主張していた。
「待ってたわ、ずっと」
その左手の薬指に、指輪を通した。かつて叶えられなかった望みをそこに乗せて。


三題噺ガチャ
1つ目は『廃墟のレストラン』
2つ目は『指輪』
3つ目は『請われる』

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