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小説・「塔とパイン」 #16

「Konditorei Weise」から自宅までは、路面電車を使っている。店がある旧市街には駐車場がほとんどない。中世の面影残る石畳が毛細管のように入り組んだ街に、近代化の象徴物が入り込む余地は少ない。



でも、その方がいい。

街の景観や雰囲気、そのまま残っている方が、情緒を育んでくれる。


路面電車は旧市街の一画、南の外れと、北西部にある。僕はいつも使うのは、店から近いという事もあって北西の駅を使っている。駅といっても、路面電車だから駅舎があるわけじゃない。停留所のようなものがある。


今日はチケットを持ってないから、券売機で買う。路面電車の停留所で券売機を置いているところは少ない。むしろないところの方が多い。ここは繁華街に近い停留所だから、設置されている。最初はチケットの買い方もよくわからず、困ったものだ。


古ぼけた車両が停留所に入線してきた。この電車はいつから走っているんだろう?見た目50年は経っているようにも見える。落書きもところどころに見えるし、補修して継ぎはぎだらけだけども、この方が帰って味が出ているようにも見えて面白い。なんでも新しい方がいいわけじゃなさそうだ。


路面電車に乗り込む。4人がけの席が空いてたから、座った。車内には広告などほとんどなく、素っ気無い。古ぼけた内装の中に、デジタル表示の電光掲示板だけが、青白く光っているだけだ。


ガタゴトしばらく電車に揺られると、吊り橋に差し掛かる。窓から覗く大きな川はこの辺ではちょっとした名所になっている。川下りの貨物船や、ボート、遊覧船が見える。夕暮れの川縁にはまばらではあるものの人影も見える。


遠くには街のシンボルタワーも見えた。


毎日変わり映えはしないたった数十分の車窓だけれど、季節の移り変わりや、人々の生活が流れてくる。

最寄りの停留所について、電車を降りた。


停留所の前に比較的大きな教会が立っている。このエリアではこの教会がちょっとしたシンボルになっていて、教会の周りに街ができたんじゃないか?と分かるような構造をしている。教会の周りに小さなマーケットやインフラ、郵便局や銀行、警察署まである。どれも中世に建てられたそのままを利用して、歴史を感じさせる。


この時間になると、もうマーケットも店じまい。テントを畳んでいる男性や、売れ残った野菜を片付けている女性の姿もある。


教会の眼前に一際目立つストロベリーを模した小屋がある。ここでは季節のベリーを売っている。もちろんマーケットの一員だ。昼間に来ると、新鮮なベリーが軒先に出され、人も結構いる。


ただもう、今日は店じまいしていて、カウンターもシャッターが降りていた。


ストロベリーと教会の間を通り抜け、自宅へと向かう道をあるき始めた。

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