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失ってみよう!「失うこと」は悪いことじゃない

何かを失うということをこれまで幾度となく経験してきました。モノであったり、人間関係であったり、時間であったり、積み上げてきたものであったり。そういうモノを失ったときの喪失感はハンパないですよね。


よくわかります。


だけど「失うこと」が悪いことだとは思わない。「失うこと」でようやくわかる、理解できることもあるからです。


本当は、「経験せずとも、わかっておきたい」んですけど、不器用だから「経験してみないと、わからない」んです。わたし達は。少なくとも、わたしは。


人から直接話を聞いたり、本から知識を得たり、ネットで情報を集めたり、まあ、色々な媒体から、経験するんですけども、それでもやっぱり「自分で見て、聞いて、触れて、みないことにはわかりえない」ところが悲しい。


結果、失敗したり、うまくいかなかったりで、失う。


そして「失うことに怯える」んです。地位や名誉、パートナー、モノ、財産、人間関係、などなど。怯えるし、怖い。ここまで色々失ってきたのに、まだ失わなきゃならないのか?


もう失いたくはない。そう思っても仕方ないと思います。


でもです。


失うのが嫌なのはわかるんですけど、でも「失わないとわからない」ことだって、人生の中にはあると思うんですよね。


失敗したから、改善を考えた

挫折したから、挫折をバネに頑張った

後悔したから、後悔しないと誓った


これ、全部経験しなければ、思えなかったこと、考えに至らなかったことですよね。


モノを持ちすぎて、モノに押しつぶされそうになって、気づくことだってあります。悲しいかな、人間、追い込まれないと、気づくことができない。天才だったら、未然に防ぐことができるかも知れませんけど、わたしも含めて凡人には「経験しかない」から。


「失う」という言葉が、後ろ向きすぎるなら、「手放す」という言葉に置き換えても、ニュアンスは変わらないと思います。


こっちの方が能動的ですから、何か「自分の意思」を感じられます。


賢者は知識に学び、愚者は経験に学ぶという言葉があります。賢い人は知識を仕入れて、学び、未然に防止する。愚者、ここでは平凡な人と解釈しますが、平凡な人は経験しないとわからない。


特に賢くもないので、経験してみないとわからないということが多いです。出来るだけ、賢くありたいと思って、本を読んだりしてますけど、なかなか本を読んで、それを生かし切るのは難しいようです。


まぁ、それでも「失うこと」に怯えてしまうのは悪いことじゃないから、思い切って失っちゃいましょう!って、思い切りよくやれればいいんですけどねw


積極的に失う必要はないですけど、もし失ったらそこから再起を考えれば良いんです。


それでは、また。





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