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⭐️WIMednesday Interview⭐️    #29 : Anyango(アニャンゴ)

Women In Music Japan (WIMJ)

【WIMednesday (ウィメンズデイ)インタビュー】
今回は単身ケニア奥地の村で修業し、現地でも限られた男性だけに演奏が許されている楽器、ニャティティ世界初の女性奏者であるAnyango(アニャンゴ)さんのインタビューです。

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【Anyango アニャンゴ】
世界初女性ニャティティ奏者。日本ケニア文化親善大使。
東京生まれ。
アフリカの音楽に魅了され、単身ケニア奥地の村で修業し、現地でも限られた男性だけに演奏が許されているニャティティの世界初の女性奏者となる。日本国内だけでなく、アフリカ、ヨーロッパなどでも広く演奏活動を行っている。
2009年News Week日本版で「世界が尊敬する日本人100人」に選出される。
2010年8月、日本で一番大きな野外ロックフェスティバルであるFUJI ROCKに出演し、ワールドミュージック部門のベストアクトに選ばれる。
2011年11月、テレビ朝日「徹子の部屋」に出演。2012年8月、『アニャンゴの新夢をつかむ法則』を出版。
2013年、ドイツ・イタリア・フランス・ケニア・アメリカにてワールドツアー。
10月、ミニアルバム 『ALEGO』~ニャティティの故郷~をリリース。テレビ東京「CrossRoad」に出演。
12月、『翼はニャティティ舞台は地球』(学芸みらい社)を出版。
2014年9月、5thアルバム『Kilimanjaro』をリリース。
2015年8月、戦後70年に東京・広島・長崎で開催された「国連合唱団 平和と希望のコンサート」にゲスト出演。
10月、6thアルバム『Savanna』をリリース。
2016年DVD『Anyango Live in Tokyo』リリース。ケニアで初のベスト盤をリリース。
2017年1月、毎日放送(TBS系列)新春特番「2017年実はこの人…世界オンリー1」に出演、『アニャンゴ・ケニア・ベスト』を日本でもリリース。
11月、日本とケニアの10年に渡る文化親善活動に対し、東久邇宮文化褒賞受賞。
2018年、「ニャティティ」というケニアの伝統楽器で世界初の女性奏者となった著者アニャンゴによる、ケニアの人たちとの交流から知った人生の素晴らしさをニャティティの調べとともに綴った8つの歌とエッセイ集、『ニャティティの歌』を出版。
2019年、Anyango初のレコード「KAMBA NANE」を発表。
2021年、5年半ぶりのフルアルバム『KANKI』をリリース。

Anyangoとはルオ語で、「午前中に生まれた女の子」という意味。

Anyango HP : anyango.com

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【Nyatiti】
ケニア・ルオの伝統弦楽器。もともとルオの選ばれた男性だけが演奏することを許された神聖な楽器だった。右足首につけている鉄の鈴は「ガラ」という。右足親指にはめている鉄の輪は「オドゥオンゴ」という。ガラを鳴らし、オドゥオンゴをニャティティの木のへりにゴツゴツとあてて、リズムを生み出す。ヴォーカルとストリングス(弦楽器)とパーカッション(打楽器)の三つの動作を同時に行うのが特徴的である。弦は8本の釣り糸(ナイロン弦)でできており、太さは三種類。昔は弦にメス牛のアキレス腱を使っていたそうだ。ビーンビーンと長く、渋く響く音の秘密はサワリの部分。細い竹のようなもの(ヨシ)2本と木片が蜜蝋(みつろう)で止めてある。

【ニューミュージックビデオのリンク】 
https://www.youtube.com/watch?v=nT6LlETI1qM

【ニューアルバム『KANKI』特設ページ】https://anyango.com/kanki/index.php

画像2*アレゴ発祥の地、シアヤで演奏するアニャンゴさん。

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1. あなたにとっての成功とはどういう意味ですか?

私は、今、ケニア・ルオー民族の伝統的弦楽器ニャティティを携えて、アフリカや日本はもとより、欧米やアジアなど世界各地で演奏活動をしています。アニャンゴというのは、ニャティティの師匠から授かった名前で、「朝、生まれた女の子」という意味です。ニャティティというは、ストリングスとパーカッションとヴォーカルの3つを同時に行う1人オーケストラのような楽器です。現地ではつい最近まで病気の治療にもつかわれたくらいヒーリング効果のある楽器でもあります。私にとっての成功とは、このニャティティというとってもユニークで魅力的な楽器を世界中の人に知ってもらうこと、そして、私が奏でるニャティティを1人でもたくさんの方が人生の1コマとして楽しんでくださることです。

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2. あなたと同じように音楽業界で働きたいと考えている女性に対してどんなアドバイスがありますか?3つ教えてください。

ニャティティというのは、もともとは、ルオー民族の選ばれた男性だけが、演奏を許されていた神聖な楽器でした。女性は触ることすらタブーとされていました。その楽器を外国から来た、しかも女性が演奏しているということで、ケニアのTVやラジオで連日のように取り上げられ、それ以降、ニャティティが大ブームとなりました。ここ十数年でアニャンゴのようにニャティティを演奏したいという若い女性もたくさん生まれました。アニャンゴのようなプロ演奏家になりたい女性にアドバイスしたいことは、まず、いっぱい練習すること。次に、人前でいっぱい演奏すること。でも、私の経験上、最も大切なことは、演奏家としても人間としても尊敬できる師匠につくことだと思います。私のニャティティの師匠は、オクム・オレンゴといいます。十年前に天国に召されましたが、当代随一の演奏家であり、哲学者のような洞察力と気高さをもった方でした。

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3. 仕事やプライベートでのどのような経験が今の成功に結びついていると思いますか?

高校時代にバンド活動をはじめ、大学時代にはプロの演奏家を目指し、ニューヨークに音楽修業に向かいました。もう後数時間で、憧れのニューヨークに到着というところで、私を乗せた旅客機はUターン。というのも、ちょうどその日が、9・11のアメリカ同時多発テロの当日だったのです。その後、いろいろあったりしてバンドも解散。失意のどん底の中で偶然出会ったのが、東アフリカの音楽だったのです。私が、本当にやりたかった音楽はこれだ!って、それ以降は一直線。あの9・11事件は、その後の世界を変えましたが、私の人生も大きく変えました。

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4. あなたが経験した中でも大変だった事をひとつ教えてください。

日本で東アフリカ音楽の活動をしばらく続けていたのですが、やればやるほど、アフリカ音楽の虜となり、現地でもっと学びたいと思うようになりました。家族や周りの猛反対を押し切って、たった独り音楽修業の旅に出かることにしました。ニャティティの発祥の地といわれている西ケニアの電気も水道もない村に単身住み込んで、ニャティティの修業をし、女性として外国人として初めて、ニャティティの演奏することを認められたのですが、朝はニワトリといっしょに起きて、片道30分かけて水くみ、家族の食事の手伝い、農作業、その合間をみつけてニャティティの自主練をするのが私の日課でした。マラリアにも何回か罹りました。でも、こうしたことは全く苦にはなりませんでした。一番大変だったのは、その村に住むニャティティの名人中の名人オクム・オレンゴに弟子入りを認めてもらうことでした。最初は、会うことすらできない。やっと会えても、ルオー民族である彼には英語もケニアの共通語のスワヒリ語も全く通じませんでした。片言のルオー語で、ニャティティを教えて欲しいと伝えました。でも、「外国人には教えない」「女性には教えない」と拒絶されました。私にしても、ほとんど家出同然で日本を出てきているので、ここで帰る訳にはいきません。次の日も、その次の日もお願いに行きました。答えはやっぱり同じでした。それでも、そうこうしている内に、私の熱意だけは伝わったのか、「村に住むことだけは許そう」「でも、ニャティティを教えるかどうかは、あなたが正しい心の持ち主かどうかを見極めてからだ」と言ってもらうことができました。村に住み込んで3ヶ月、私がニャティティの自主練をしているところにオクムがやってきて、私のニャティティを取り上げ、もの凄い勢いでフレーズを弾いて、「やってみなさい」。これが、私がオクムに弟子入りを認められた瞬間だったのですが、今、振り返っても、「村に住むことだけは許そう」と言ってもらえるまでが一番大変でした。

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5. その経験で得た一番の学びは何ですか?

一番の学びは、「諦めないこと」ですね。9・11で音楽活動を続けることを諦めていたら今の私はありません。オクム師匠に弟子入りを何度も何度も断られたとき、諦めていたら今の私はありません。オクム師匠に弟子入りを認められた後も手取り足取りで教えてくれる訳ではありませんでした。複雑なフレーズをもの凄い勢いで一度だけやってみせ、残りは全部、自主練。それで、「できません」と言おうものなら、「あなたはニャティティの神に認められていない」「日本に帰りなさい」と言われるのは分かっているから必死でした。もし、どこかで諦めていたら、今の私はありません。

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6. あなたが今住んでいる地域で音楽に携わる女性達が直面している一番の課題は何だと思いますか?

ケニアには42を超える民族が暮らしています。ニャティティを生み出したルオー民族はその中の1つです。アフリカ全体だと数百もの民族が暮らしています。それぞれの民族は、言葉も違いますし、文化も違います。伝統楽器も違います。アニャンゴの特集が、アフリカのインターネットTVで1年近く放映されたこともあって、ケニアだけでなく、アフリカ各地でそれぞれの民族楽器を手にプロを目指す女性が増えつつあります。ケニアの首都ナイロビなどの大都市では、男性も女性もほとんど区別されることはなくなりましたが、都市部を少し離れると、伝統的な価値観が根強く残っていて、女性がそれぞれの民族楽器を手に演奏活動をすることへの抵抗感も小さくありません。
一方、日本では女性だから演奏活動をしてはいけないといわれることはないと思います。しかし、新型コロナウィルスのパンデミックで、対面でのパフォーマンスが今なお大きく制限されていることが、女性、男性にかかわらず、今の一番の課題ではないでしょうか。もっともその分、オンライン・プラットフォームでの演奏が増えていて、新しいジャンルの音楽や演奏家が生まれたりもしています。これは、新たなチャンスとなるかもしれません。

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7. 誰からインスピレーションを受けますか?その理由は何ですか?

もっともインスピレーションを受けるのは、私のニャティティの師匠である故オクム・オレンゴですね。オクム師匠の映像や音源を聴き返す度に新しい発見があります。フレーズの1つ1つに込められた微妙なニュアンスや聴衆に合わせて微調整する懐の深さは、遠く高い峰です。そして、何よりも素晴らしいと思うのは、外国人の女性である私を弟子にしたことからも分かるように、伝統を大事にしつつも、未来を指向し新しいことに挑戦しつづける彼独自の生き様です。結局、そのことで、ケニア中にニャティティブームが起こり、一度は忘れ去られようとしていた伝統音楽が再評価されることにつながりました。オクム・オレンゴの演奏動画は、Youtubeにも何本かアップされていますので、よろしければご覧ください。

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8. 来年の目標は?

このパンデミックの影響で、しばらく演奏活動が全くできなかったのですが、その分、新しい楽曲の制作に集中することができました。今年5月に8枚目のアルバムをリリースしました。"KANKI"(歓喜)といいます。ニャティティによる全曲日本語のアルバムです。来年、2022年には、9枚目のアルバムのリリースを予定しています。今、そのプロダクションのまっ最中です。こちらも素敵なアルバムになりそうです。もうしばらくお待ちください。

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9. あなたの(音楽キャリアなどにおける)最終目標とその為の次のステップを教えてください。

私をニャティティの伝統奏者の一人として認めるかどうかの認定会が、ルオーの長老たち、何人かのニャティティ名人、近隣の村の人たちを集めて行われました。認定書を手渡した後で、オクム師匠が私に言ってくださった言葉があります。
「アニャンゴ、私の行けないところまであなたが行って、この楽器を奏でてきなさい」
ルオーの人々は、一つの言葉に二重三重の意味を込めて使います。当時は、この言葉をこの言葉の通りに物理的、空間的な意味しか理解できませんでした。しばらくすると、文化的、社会的な意味も込められていることに気づきました。ドイツで、ライブステージに立った時のことです。その会場の入り口には、「ここから先は差別を持ち込んではいけない」と書かれていました。ということは、今なお、世界には、そうした差別意識が根強く残っているという裏返しでもあります。アフリカ男性の伝統音楽をアジアの女性がヨーロッパで演奏する。それがどんな意味を持つかについてもオクム師匠はその当時から気づいていたはずです。そして、最近では、音楽的な意味も込められていることに気づきました。伝統を背負った名人オクムだから逆にできないこともあります。というのもニャティティの伝統的な演奏スタイルは、地面に演奏用の低い椅子を置き、その椅子に座ってルオー語で歌うというものです。オクムはこの演奏スタイルに誇りも感じているし、観客も当然期待しています。私のライブに来てくださった方はご存じと思いますが、もちろん、私もこうした伝統的スタイルで何曲かは演奏します。でも、たくさんの方にニャティティを楽しんでいただくために、スタンディングで演奏したり、ピックマイクをつけてエフェクターを通したり、エレキベースや電子バイオリンと共演するなど、ニャティティの新しい可能性に挑戦する楽曲もあります。ルオー語だけでなく、英語やアフリカの別の民族の言語、さらには日本語で歌ったりもします。先ほど紹介した8枚目のアルバム"KANKI"(歓喜)は全曲日本語です。オクム師匠の「行けないところ」を目指して、ニャティティの新しい可能性にチャレンジし続けること。それが、私の次のステップであり、最終目標です。

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Anyango New Album『KANKI』好評発売中

https://anyango.com/kanki/index.php

ケニアの伝統弦楽器ニャティティの世界初の女性奏者、アニャンゴの約5年半ぶりとなるアルバム。
愛息のために書き下ろした「Kanki~歓喜~」をはじめ、生きていることの喜びや、何度でも立ち上がることの尊さなどを綴った楽曲を収録。
ステイホーム期間中に徹底的に音楽と向き合い、到達した境地から生み出された珠玉の作品群。

『KANKI』
1. カンバナネがはじまるよ
2. アレゴへの手紙
3. 君と僕 さざめく自由
4. 火曜市のフライパン
5. 世界は ただ黙り それを見ていた
6. Bear hunting 〜羆撃ち〜
7. 厳しい日照
8. Kanki 〜歓喜〜

定価:2,750円(税込)
AMAZON
https://www.amazon.co.jp/.../ref=cm_sw_em_r_mt_dp...
メタカンパニー
https://meta-company.store/?product=anyangokanki
タワーレコード
https://tower.jp/item/5186593/KANKI


◆ Anyango New Music Video 公開中

アレゴへの手紙 〜A Letter to Alego〜 / Anyango

https://www.youtube.com/watch?v=nT6LlETI1qM


◆ Anyango youtube チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=nT6LlETI1qM

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