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【短編】宇宙人だって怖いんです

 またはじまったよ……。
 真島健吾は、ランドセルを背負いながらため息をついた。
「だから宇宙人なんていないって!」身体と声が無駄に大きい少年が叫ぶように言った。
「いやいるね。宇宙はこんなに広いんだから」小学六年生にしては小柄な少年が言葉を返す。
 最近流行っている、クラスでの宇宙人談議。最終的に喧嘩みたいになって終わってしまうのだが、今日もまた白熱しているようだ。
 宇宙人談議が始まったのにはわけがある。健吾たちが暮らす街の上空で、UFOと思しきものを見たという話が出たからだ。出所はわからないが、小学生の子供たちの好奇心を刺激するには十分だった。
 しかし、子供は移り気だ。はじめはクラスを二分するほどの勢いで、宇宙人いる派といない派にわかれて、喧々囂々の……文字通りやかましい騒ぎとなった。
 それも半月ほどでほぼ鎮静化し、今や宇宙人について議論しているのは数名だ。
「真島はどう思うよ」大柄な少年が話を振ってきた。「宇宙人なんかいねえよな」
 いつの間にか、友達の視線が健吾に集まっていた。宇宙人談議をする人間が減ってきたので、ひとりでも仲間に引き入れたいと考えているのだろう。
「そんなのどうでもいいよ。ただ……」健吾はうっとうしそうに話しはじめた。「宇宙人も気の毒だよね」
 子供たちは、よくわからない、という表情を見せた。
「こんな星にやってきて帰れなくなるなんてさ。もし故郷がアメリカとかなら、船が壊れても泳いでわたることもできるのに」
「何の話だよ」「いやアメリカまで泳ぐのは無理だろ」と同級生たちは困惑している。
「水なら生身でどこまでも泳げるけど、宇宙で生身で生きられる生き物なんていない。どんなに体力があっても、百三十億光年先にある星までは帰れないだろ」
「だから何が言いたいんだよ!」身体の大きな少年が怒鳴る。
 健吾は気にした風もなく、「帰れなくなる恐怖って、相当だよ」
 健吾はさっさと教室を出た。
 校庭に出て、空を見上げる。澄み渡った青空はどこまでも広がっているように見える。だが、一般的には、高度百キロをこえたところから「宇宙」になるらしい。大阪から東京までの距離にも満たない。
 宇宙に出るだけでも大仕事なのに、百三十億光年先にあるという銀河団に行くなんて、気が遠くなりそうだ。
 〈彼ら〉がそんな恐怖を味わっていると考えると、あまりに気の毒だ。
 健吾はまっすぐ家に帰った。玄関には鍵がかかっていたので、チャイムを押した。
 健吾の家は夫婦共働きだ。チャイムを押したところで、開けてくれる者はいなかった。
 一ヶ月前なら。
「はいはいはーい」軽快な声とともに、ドアの鍵がガチャリと音を立てて開いた。「おかえりなさーい」
 現れたのは、中学生ぐらいの少女だった。背は健吾より高く、嬉しそうな表情で、待ってました、という気持ちをあらわにしている。
 どこにでもいそうな、ごく普通の女の子。ただし、その髪がきれいな青色であることを除けば。染めたような不自然さはない。地毛だ。
「健吾、ゲームやろゲーム」少女が健吾の腕を引いた。「ずっと退屈してたんだー。ゲームもひとりじゃつまんないし、TVも見飽きたし、新聞も四回読んじゃったし」
「帽子もかぶらずに外に顔出すなよ」健吾は引っ張られるままに家の中に入って、後ろ手にドアを閉めた。
 にこにこと笑っている少女を見ながら、健吾は「ユエル」と名前を呼び、ため息をついた。「何か僕、嘘つきになった気分だ」
「ん?」ユエルと呼ばれた少女は、自分の首筋に手を当てた。そこには、小さな機械がヒルのようにくっついている。「翻訳機故障した? 健吾が嘘つきになったなんて、誤訳にもほどがある」
「それが壊れるのは、怖い?」
 健吾がたずねると、ユエルは「全然」とこたえた。
「だって、この星の主要な言語はだいたいマスターしてるから。日本語だって、ここに来ようと思ったときにある程度習得してきたし。翻訳機は保険よ保険」
「やっぱり僕、嘘つきだ」
 目の前にいる〈宇宙人〉は、まるで恐怖というものを感じていない。どちらかというと、今の状況を楽しんでいるように見える。いや、確実に楽しんでいる。
 それでも、はじめは怖がっていたはずだ。
 健吾の家にあがったとき、ユエルは父の背後に隠れ、怯えた表情を見せていた。もう帰れないのではないかという不安や恐怖もあっただろう。
 それが、今ではこの状態である。すっかり地球に……日本になじんでいる。
「ねー、早くゲームしよゲーム」
「わかった。わかったから手はなして」
 健吾は引っ張られるままに居間へと向かった。

 一ヶ月前、街の上空で目撃されたのは、たしかにUFOだ。いや、UFO「だった」と言うべきか。
 何しろ、UFO……「未確認飛行物体」の正体が確認できたのだから、もはやそれはUFOではない。
 ただ、健吾とその両親以外、正体を知らないのだから、呼称については微妙なところである。
 ユエルは〈宇宙人〉だ。父親といっしょに地球に遊びに来たのだが、宇宙船の故障で帰れなくなってしまった。
 宇宙船は山に不時着した。人がほとんど通らない場所であることと、宇宙船のステルス機能が壊れていなかったことがさいわいし、今でも落ちた場所に隠してある。だが、救難信号を出すための通信機は壊れてしまった。
 困っていたユエル父子を拾ったのは、母の明日香と父の健介だ。
 山を通る道路に出てきたユエル父子を、明日香と健介が見つけた。両親はちょうど退社時間が同じになり、健介が運転する車に乗って帰るところだった。
 日本では見かけることのない、一言で表現するならドレスのような服を着たユエル。自然な青い髪。そしてユエルを抱きかかえる、筋骨隆々のユエルの父。あまりに怪しすぎて、普通ならスルーするところだ。
 だが、健吾の両親は少し変わったところがあった。
 宇宙船が落ちた日、明日香と健介は夜空を一直線に飛ぶ宇宙船を、車の中から偶然見かけた。そこで、道を変え、可能な限り宇宙船を追いかけたところ、ユエル父子と出会ったのだ。
 健吾には、ユエルから聞いた、母・明日香の最初の言葉が今でも忘れられない。
 ──ひょっとして、宇宙人ですか?
 敵か味方かもわからないのに、明日香は目を輝かせてそう訊いてきたらしい。
 そうです、とこたえたユエルの父は、事情を話した。明日香は即座に「うちに来なさい」と言った。
 一方、父・健介は警戒心を抱いていた。が、、明日香同様、彼も変わり者であった。
 君たちの出身星はどこか、どうやって地球に来たか、宇宙船の動力は何か、どうやって恒星間、または銀河間航行を可能にしているのか──科学的な立場から、健介は様々な質問を浴びせた。
 ユエルの父は自分たちの星が地球でどう呼ばれているかこたえ、宇宙船の動力は地球では仮説の域を出ていないものだと言い、銀河と銀河を結びつけるワームホール……一瞬で移動できる巨大なトンネルのようなもの……があるのだとこたえた。
 健介曰く、「あの人の言うことには矛盾がない」。それが信用する決め手となった。
 明日香は重度の宇宙オタクで、幼いころ、海外SFドラマや日本のSFアニメを見て、宇宙に興味を持った。
 一方、健介は、宇宙工学を学び宇宙に関わる仕事につこうとしたがはたせなかった経歴を持つ。そのため、宇宙に対する情熱はひとしおだ。はやぶさの計画のときは、幼い健吾が夜泣きをするほど大騒ぎしたものだと、健吾は母から聞いたことがあった。
 そういうこともあり、健吾の両親はユエル父子をすんなりと受け入れた。
 健吾ははじめ、「変なのが来た」と、拾ってきた野良猫を見るような目でユエル父子を見ていた。
 だが、恐怖は感じなかった。
 自分の両親を信じているからだ。変わり者かもしれないが、両親の直感がはずれたことはない。
 健吾が外でこっそり立ちションをしたとき、知るはずがないのに「外で何をしたの」と、明日香ににらまれたことがある。
 また、テストでひどい点数を取ったとき、テストがあったことを隠していたのに、健介から「今日、テストがあったんじゃないか?」と訊かれたことがあった。
 両親の勘の鋭さは相当なものだ。もしユエル父子が悪い存在なら、絶対に家になど呼ばない。
 年齢的に近かったこともあり、健吾はユエルと仲よくなった。百三十億光年先の星から来たと聞いたときは驚いたものである。そして、地球に落ち、帰れなくなった心細さや恐怖を抱えていることに同情した。
 したのだが……
「やっぱ楽しんでるよね」健吾は言った。
 ユエルはゲーム機を出しながら首を傾げ、「ゲームは楽しいものじゃないの?」
「いやそうじゃなくて」
 ユエルの父もそうだが、この二人は地球での生活を楽しんでいる。たとえ健吾の両親が拾わなくても、どうにかやっていけたんじゃないかと思うほどだ。はじめの心細さや恐怖心はどこへ行ったのか。
 ゲームのコントローラーを受けとり、健吾はたずねた。「こんなの子供だましじゃない? ユエルの星にはもっと凄いゲームがあるんでしょ?」
 ユエルはまた首を傾げ、「健吾はトランプで遊んだりしない?」
「遊ぶことはある」
「ボードゲームは?」
「そういうの好きな子がいるから、いっしょにやることもある」
「それといっしょ。ゲームの面白さって、科学技術は関係ないのよ。発想が全て」そう言ってユエルは破顔した。
 そんなもんかなあ、と健吾も首を傾げた。

 午後六時にユエルの父が帰ってきた。
 父……ユラバは、巨大な身体を揺らしながら居間に入り、「健吾君、ユエルと遊んでくれてたのか。すまないね」
「いえ、たいしたことじゃないです」と返すと、
「お父さん、それちがうよ。私が健吾と遊んであげてるの!」
 嘘つけ、と健吾は苦い顔をした。ユラバははっはっはっと笑いながら、台所に向かった。
「では、夕食の準備をしようか。日本の食事がどういうものかだいぶわかってきたからな。今日はおいしいものを食べさせてやれるだろう」
「納豆ある? 納豆」ユエルが目を輝かせた。
「このあいだ買っておいたからあるはずだ」
 そう言ってユラバは冷蔵庫をのぞきこんだ。ユエルは日本食の中でも、特に納豆が気に入っている。故郷にも似たような食べ物があるらしい。
 ユラバはまるでボディビルダーのような身体をしている。健介の服がどうしても入らず、新たに買うはめになったほどの巨漢だ。華奢な身体つきを気にしている健吾は、ユラバのような立派な身体に憧れていた。
 ユラバは建設現場で肉体労働に従事している。ユエルとユラバの母星では、肉体改造は普通らしく、地球人など足もとにもおよばぬほど強靭な肉体を持っているらしい。さらに地球に来る前にワクチンを打っているため、病気にかかる確率はほぼゼロとのことだ。
 明日香も健介も別に働かなくていいと言ったが、そこまで甘えるわけにはいかないと、ユラバは断固拒否した。
 戸籍もマイナンバーカードも持たないユラバがどうやって仕事を見つけたのかは疑問だが、人口の減少が進む日本では、とにかく人手がほしいという職場が結構ある。ユラバはそういう職場を狙って就職したようだ。
 ブラック企業にはちがいないが、ユエル曰く「お父さんは地球時間で一ヶ月程度なら、眠らずにぶっ通しで働いても問題ない」とのことだ。どういう肉体改造を受けているのか。
 ユエルはどんな改造を受けているのか気になったが、女の子の身体のことを訊くのははばかられた。
 ユエルとゲームをしているあいだに、台所から油のはねる音が聞こえてきた。
「ひょっとして、トンカツですか?」
「そうだよ。今日、同僚が連れていってくれた食堂で食べたんだ。おいしかったなあ」
「一度食べただけで、作れるんですか?」
「うむ、問題ない」
 この人は故郷でコックでもやっていたのだろうか。
 そんなことを考えていると、隙をつかれた。ユエルの操る格闘家の蹴りがクリーンヒットし、健吾の操るプロレスラーが倒れた。画面には「You win!」の文字。
「勝った! いえーい!」右腕を振りあげてユエルは喜んだ。「健吾になら勝てるんだけどなあ」
「どうせ僕は弱いよ」
「そんなことはないけどさ、でも、ネットだとすっごい強い人いるんだよね。ほんと、手も足も出ないっていうの? あれだけ上達するのにどれだけの時間と情熱を傾けてるのか、気になるよね」
「暇人か、eスポーツの選手じゃない?」
 ユラバが料理を作り終えたので、健吾たちはゲームの電源を切り、テーブルに皿を並べた。
 ユラバの作る料理は日ごとにおいしくなっている。日本人、というよりは、健吾の家族の舌に合うものを作れるように努力しているようだ。仕事だけでなく、家事までしてくれるなんて、いくら居候とはいえ健吾は頭が下がる思いだった。
 ユエルにユラバ、そして健吾。この三人だけで食卓を囲むと、健吾は自分が宇宙人になった気分になってしまう。
 トンカツにかじりつく。衣がはね、肉汁が口の中を満たす。
「どうかな?」ユラバが健吾に訊く。
「おいしいです」健吾は事実を口にした。
 それはよかった、とユラバは破顔した。似ていない親子だが、笑顔はどこか似ているような気がした。
 納豆を白くなるまでかきまぜながら、ユエルは「お父さん、めどは立った?」と訊いた。
「もう少し、お金がいるな」ユラバは言った。「電気街に足を運んでみたが、地球の部品で代用すると、どうしてもお金が必要になる」
 そっか、とユエルは言った。その表情に悲壮感はない。
「ずいぶん、平気そうだね」健吾がユエルに訊いた。
 ユエルは、うん、とうなずいた。
「怖くないの? もう帰れないかもしれないとか考えない?」
「ないわけじゃないけど、こういうときこそ平常心でしょ?」ユエルはこともなげに言った。
 健吾はその図太さにあきれた。ひょっとすると、ユエルとユラバは、メンタル面でも改造を受けているのかもしれない。
 宇宙船の修理は無理だとはじめからわかっていた。ユラバは救難信号を出す機械を修理し、故郷からの救援を待つつもりだ。
 もっとも、地球へ来ていることは故郷の人間に伝えているため、通信が途絶した時点で捜索に来てくれるかもしれないとのことだった。
 だが、それも絶対ではない。だからユラバはできるだけのことをするつもりでいた。
「そんなにお金がかかるなら、うちに食費とか入れるのはやめた方がいいんじゃないですか?」
 健吾がたずねると、それはちがうよとユラバは言った。
「タダで食事をいただき、部屋をお借りするのは、私たちとしても心苦しい」
「『イッシュクイッパンノオン』ってやつね」
 ユエルが言った。微妙にちがう気がしたが、健吾はスルーした。
 ユラバは壁の時計を見上げた。「健介さんと明日香さんはいつも帰りがおそいな」
「今日は十時ぐらいに会社を出るって言ってました」健吾がこたえた。
 ユラバは眉を曇らせた。「何の改造も受けていない地球人が、そんな時間まで働いて健康を害さないわけがない。経営者は何を考えているんだ」
「仕方ないですよ。人手が足りないらしいんで」
「だとしてもだ、健康を害し、命まで失う者がいるそうじゃないか。たかが仕事のために」ユラバは憤ったように言った。「生きるために働いているのか、働くために生きているのか、わからないな」
「お金のために働いてるはずが、お金に働かされてる感じだよね」ユエルがトンカツをほうばりながら言った。
「肉体改造を受けていて、本当によかったと思うよ」ユラバはひとりうなずいた。「生身の状態で地球に落ちていたらと思うと、ぞっとする。私がいる職場も相当なものだからな。身体を壊して辞める者も多い。だから、よけいに健介さんたちのことが心配だ」
「なんか怖いよね、この国……ていうかこの星」
 健吾は箸をとめ、地球の職場環境について話すユラバとユエルを見つめた。
 ユエルたちにとっておそろしいのは、初めて降り立った地球の環境や、トラブルで帰れなくなったことではなく、「地球の職場環境」らしい。
 ──宇宙人に怖がられる地球の職場って、どうなのさ。

(了)

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