見出し画像

【掌編】安っぽい

 深夜番組があまり好きではない。低予算であることが見え見えで、“安っぽさ”がぬぐえないところが、みていられない。
 俺は仕事柄、夜中に帰ってくることが多い。出社時間も退社時間もおそいという、世間一般とは時間が少しずれた生活を送っている。よくみるTV番組といえば、昼ごろのニュースか、深夜番組だと決まっている。
 ワンルームのせまい部屋に腰をおろし、TVをつけた。テーブルにはコンビニで買ったカップ酒と焼き鳥。仕事が終わったあと、扇風機を最大風量でまわしながら、冷たい酒で肉を流しこむのは最高だ。
 この部屋に引っ越して二十年になるが、居心地はいいと思っている。部屋がせまいぶん、座っていても手を伸ばせば何でも手に入る。便利だ。
 いつもみている番組がはじまった。それはカメラひとつで、一般市民の人生を追いかける深夜番組だった。好きでみているわけではない、ただの惰性だ。スマホで動画をみる者が多い昨今、こんな番組をみているのは俺ぐらいだろう。
 DV男から逃げひとりで子供を育てている女や、起業したものの倒産しホームレスに堕ちた男、熟年離婚を切りだされひとりで暮らしている男、前科がありまともな仕事にありつけない女……一般市民と言いつつ、クローズアップされるのは「わけあり」の人間だ。
 俺は鼻で笑い、冷たい酒をあおった。人を見る目のなさ、甘い見通し、優しさの欠如、馬鹿なあやまちが招いた事態ばかりだ。同情など欠片もわいてこない。
 今日の対象もおそらく「わけあり」だ。顔は映さず、声も変えているので、性別やおおまかな年齢しかわからない。相手は男で、体格から年齢は四十台といったところか。
 カメラマンは男といっしょに歩きながら、男の話を聞いている。
「若いころはね、警察官になろうと思ったんですよ。そのために警察学校にも入りました」男は言った。
 カメラマンは驚いたように「意外ですね」と返した。
「意外、ですか。かもしれません。見ての通り身体が丈夫な方ではありませんし、警察学校の訓練にはまったくついていけませんでした。二か月で辞めました」
「それからは?」
「職を転々とする人生です。警察官という仕事に未練があるんでしょうね。どうしても腰が落ちつかないんですよ。もしあそこで辞めていなければ、て思いますよ」
「ご病気を患っていると聞きましたが」
「うつ病とパニック症を発症しました。以来、あまりにきつい仕事はさけるようにしているのですが……」
「うまくいきませんか」
「断れない仕事もありますから。それに、病気のことを公にしたら、クビになってしまうかもしれません」
「そうはならないと思いますが」
「万が一ということがあるんで」
「失礼ですが、ご結婚は?」
「一度も。女性関係はまったく駄目なんですよ。身体の弱い安月給男についてくる女性なんていませんよ」
「つらいですね」
「つらいですよ。もっと身体が強かったら。うつ病を発症していなければ。たらればばかりですよ、俺の人生なんて……ああ、あそこが俺の家です。エアコンもない部屋です」
 俺はカップ酒を握ったまま、TVを食い入るように見つめていた。酒はとっくにぬるくなっていた。
 カメラがアパートを映す。俺がよく知っている築五十年近いアパートは、今にも崩れ落ちそうに見えた。
 男とカメラマンが階段をのぼっていく。錆びた階段が嫌な軋み音を立てる。
「二十年、ここに住んでいます」男は言った。「もっといいところに住みたいとは思いますが、俺の月給じゃあどうにも……。居心地がいい、と自分に言い聞かせる毎日です」
「自分をだましている?」
「手厳しいですね。でも、そうですね。こんなもんなんですよ、俺の人生なんて。思ったことは何ひとつ叶わない、誰にも見向きもされない。この番組と同じです」
「同じ、といいますと?」
 不意に、みしり、と足音が聞こえてきた。俺は飛びあがる勢いで振り返り、じっと玄関を見つめた。足音は近づいてきたが、ドアが開くことはなかった。
 足音が、かき消されるように途切れた。粘ついた汗がじっとりと背中を濡らす。
 TVに視線を戻すと、番組は終わっていた。
 ──この番組と同じです。
 ──同じ、といいますと?
 こたえは、聞かずともわかっていた。
「この番組と同じ、誰にも見向きもされない安っぽい人生だということですよ」

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?