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「因果なアイドル」第3話「誕生日」

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 ショッピングモールでのミニライブでは、植田が用意した数名のバイトとともに、霧人は裏方として忙しく働くこととなった。
 舞台からはマナとノゾミの歌声が聴こえてくる。これは最初にヒットした曲、ある深夜アニメの主題歌だ。霧人は見たことがなかったが。
 ちらりと客席をのぞくと、意外にも大人の客が大勢いた。昔はアニメを見るのは子供かオタクかと言われていたらしいが、それも昔の話だと母から聞いたことがある。
 こっちからは見えないけど、マナのやつ、もの凄くいい笑顔で踊ってるんだろうなあ。僕のことはいつもにらんでくるくせに。
「……まあいいや」霧人はひとりごちて、舞台裏に引っこんだ。
「大勢、来てるな」田中が言った。
「ええ。僕が思っていた以上に人気があるんですね、あの二人」
「エタニティをなめちゃあいかんよ」ちっちっ、と田中は人差し指を振る。「これからどんどん伸びていく。いや、俺が伸ばす。てっぺん取ったるで」
「年末には紅白ですかね」
「ひとつの理想だな」田中は言った。
 拍手が巻き起こった。マナとノゾミが舞台裏に戻ってくる。
「はい、お疲れさーん」
 田中はマナとノゾミとハイタッチをかわした。マナは笑顔で霧人の前に立ち、両腕をあげている。
 霧人が怪訝な顔をしたので、マナは「ハイタッチ!」と言った。霧人はあわてて両手をあげると、ばちん、と思いきり手を叩かれた。
「もう、ノリが悪いんだから」
「マナが僕にハイタッチを求めると思わなかったんで」
「裏でがんばってくれたんだから、これぐらい当然でしょ」マナは他のバイトにも「ありがとねー」と笑顔を送った。
 霧人が真っ赤になっている手の平をさすっていると、ノゾミが近づいてきた。
「社長からお話、聞いてくださったみたいですね」ノゾミが小声で言った。
「ええ、名前のことですよね」
「堅苦しい話し方もなしにしましょう。私たち、同じ事務所の仲間なんですから」
 仲間。そういえば、そういう意識はなかったな。自分はエタニティの補佐役で、立場的には下だと思っていた。
「マナちゃん、気持ちのいい子でしょ?」ノゾミがくすくす笑いながら言った。「ああいう子なの。これからは仲よくしてね」
「いい子なのはわかるけどさ、もう少しすなおになってくれないかな」霧人は言った。マナのかんちがいのせいで、バイト初日からひどい目にあったのだから。
「さて、片づけが終わったら行こうか」田中が言った。
「行くって、どこへですか? まだ仕事ありました?」ノゾミが怪訝な表情をした。
「イベントのあとは打ち上げに決まってるじゃない。あ、君らも来る?」田中は他のバイトにも声をかけた。
「そうか、打ち上げか。そんなのはじめてだな」
 霧人がマナとノゾミを見やると、二人とも渋面を作っていた。
「イベントって、こんな小さなイベントですよ? そこまでしなくても」
「そうそう、私たちにはもっと大きなイベントがふさわしいんだから、打ち上げはそのときでいいじゃない」
 マナが言うと、「黙らんかい」とドスのきいた声で田中が言った。
「イベントに大も小もないの。二人ががんばってたのは知ってるんだから、盛大に祝うもんだ」
「そうだよ」霧人は言った。「がんばったんだから、ご褒美だと思って」
 うーん、とマナとノゾミは考えこんでいたが、わかった、とうなずいた。
 臨時のバイトたちは、来なかった。はじめは行く気があったようだが、田中のドスのきいた声に怯えてしまい、みんな帰ってしまった。まあ、元極道、だもんなあ。
 事務所にはあまり余裕がないため、近くのもんじゃ焼き屋で打ち上げをすることになった。
「相川君はもんじゃ食べたことある?」マナが言った。
「いや……そういえばないなあ」
「じゃあ、あたしが作ってあげる」マナはもんじゃ用のヘラを持って、準備万端だ。
「すいませーん、明太子もんじゃとチーズもんじゃお願いしまーす」
 田中が店員にそう言うと、「私はちょっとダイエット中なので」とノゾミがひかえめに言った。
「何、体重増えたの? 駄目じゃない、ちゃんと管理しないと」マナがあきれたように言った。
「ふ、太りやすい体質なんです……ちょっとだけ。だから注意しないと」
「あと、生中ひとつお願いします」
「ちょっと田中さん、お酒飲むんですか?」霧人が言った。
「いいじゃないか別に。このあと、仕事は何にもないんだし」
「じゃああたしも、コーラひとつお願いします。相川君は?」
「あ、じゃあ僕はウーロン茶で」
 それからしばらくのあいだ、霧人と田中、マナ、ノゾミの四人で、楽しい時間を過ごした。
 マナとノゾミはTVに出ているので、誰かに気づかれたりするのではないかと霧人は心配したが、案外、気づかれないものであった。いいことなのかどうかは、わからないが。
「あのねあのね、相川君。できるうちに、親孝行はした方がいいよ」
「いきなりどうしたんですか田中さん」
「俺さ、名前を孝一っていうんだけど、親不孝ばっかりしてきたんだ。気づいたときにはどっちも病気で亡くなって、後悔したよ。親孝行したいときに親はなしって」田中は少し涙目になりながら、霧人の腕を引っ張った。
 これが絡み酒というものか、と霧人は思ったが、田中の言うことがあまりにもっともなので、ウーロン茶を飲みながら黙って聞くことにした。
 ノゾミは霧人と同じウーロン茶を飲みながら黙々ともんじゃを食べ、マナは「新曲はこんな感じでいきましょー」と酒でも入っているのかと思わざるを得ない勢いで、ひとりしゃべり倒していた。
 楽しいもんだな、こういうの。
 いつか大人になったら、僕もお酒を飲もうと、霧人は思った。そのときに、マナやノゾミといっしょにいられればいいのだが。
「アイドルと成人祝いかぁ……」
「何、どうしたの?」マナが霧人の顔をのぞきこんだ。
「いや、田中さんを見てたら、お酒っていいなって思って」
「くだ巻いてるおっさん見て、何言ってるのよ。お酒なんて身体に毒。大人になっても絶対飲まないんだから」
 ふん、と鼻から息を吐かん勢いで、マナは酒に対する嫌悪感を示した。そこで、あ、と天井を見あげた。
「そういえば、明後日って」
「あっ」ノゾミも声をあげた。
「何、何かあるの?」霧人がたずねた。
「社長の誕生日……」
「忙しくてすっかり忘れてた」
 他の会社は知らないが、社員は社長の誕生日を把握しているものなのだろうか。
「社長にプレゼントでもする習慣でもあるの?」霧人はたずねた。
「そういうわけじゃないけど、何となく、ね。お酒が好きだから去年はウィスキー買ったっけ」マナがこたえた。「どうしよう、何も考えてない」
「田中さん、明日、つきあえます?」
 ノゾミがたずねると、田中は「ブーッ」という声とともに顔の前で、指で×マークを作った。
「明日は営業でずっと外回りですぅ」
「じゃあ、植田さんは?」
「あいにく、植田さんも営業」田中は苦々しげに言った。「同時に残業になりそうだって社長に報告したら、『気をつけろって言っただろ』ってちょっと小言言われた」
「ホワイト企業目指してる人は言うことがちがうなあ」霧人はひとりごちた。
「どうしよう。去年は田中さんの手を借りてたのに」マナが眉をハの字にして考え込んでいる。
「男の人の好みなんてわからないよね。日本酒がいいのか、ウィスキーみたいな洋酒がいいのか。ウィスキーは喜んでくれたけど……」ノゾミが言った。「社長って何でもおいしそうに飲むから、好みとか全然わからない」
 好みを聞いたことがない、というのもどうかと霧人は思ったが、シューティングスターはまだ二年目の新しい事務所だ。当然、社長とのつきあいも二年目で、二度目の誕生日ということになる。好みを知らないのも仕方がない。
「去年と同じものを贈るのは?」
「そんな芸のない真似、したくない」マナは言った。
「それを言うなら、お酒はバツよね。去年と同じだし」ノゾミが言った。
「うーん、どうしよう。ねえ、田中さん」マナは田中を揺すった。「社長って何が好きなんですか?」
「そんなもん決まってるらないか」呂律がまわっていない。「事務所に決まってるのら。お前らのことが一番好きなのら」
 谷川社長は相当のワーカーホリックだ、と霧人は思った。
「あの、さ」霧人が小さく手をあげた。「僕でよければ、探すの手伝うけど」
「ほんと!?」マナとノゾミが同時に霧人を見た。
「しゃ、社長の好みに合うかはわからないけど、一応、同じ男だから」
「男の人の意見が聞けるなら十分」マナは立ちあがった。「明日の放課後、事務所に集合ね」
「あの、僕、バイトが」
「社長には話しとく。仕事の一環でおぼえてもらいたいことがあるからって」
「そんなんで納得してもらえるかな」
「うちの社長、私たちにはちょっと甘いところがあって」ノゾミは苦笑した。「相川君を借りたいって言えば、貸してくれると思うんです」
「善は急げ、さっそく社長の許可もらいましょ」
 マナはスマホを取りだし、社長につないだ。
 その隣で、田中は完全に酔いつぶれていた。

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