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スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の防除について

地域によっては、すっかり「田んぼを構成するひとつの要素」となったスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)。年々その生息域をひろげ、定植したばかりのイネやレンコンの幼葉などを食害し問題となっています。

南米原産で、1981 年に食用目的で台湾から初めて日本に輸入され、水田周辺で養殖が始められました。その後、全国で 500 ヶ所ほどの養殖場ができましたが、消費者の嗜好に合わず商品価値を失い、養殖業者の廃業等によって放置され、農業用水路や水田で野生化したのがことのはじまりです。

人間の手によって持ち込まれ、商品価値を失うと放逐され、「田んぼのやっかいもの」として扱われるという不幸な来歴をもつ貝でもあります。

> 県安全農業推進課によると、2019年度に約754万円だった農業被害は、20年度には約3311万円まで悪化。駆除のモデル事業として18年度に総額120万円で制度をスタートさせた。

千葉日報より

被害総額は千葉県だけでも、数千万円にのぼり、地域によって強弱はありますが、全国になると数億規模の被害が予想されます。

>スクミリンゴガイは九州、四国、 本州の太平洋側など、 温暖な地域で多く 発生しており、現在も分布の拡大が続いています。 絶滅が危惧される希少な植物を食害するなど、 生物多様性を低下させるおそれがあります

環境省HPより


関東以南に主に分布 国立環境研究所資料より

全国に分布を広げつつあり、完全に駆除することは多大な労力を要することから、もはや難しいと考えられます。そこで、少しでも被害を軽減すべく、さまざまな防除法が各地で試されており、その方法を農水省が定期的にまとめてくれています。

スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の被害防止対策について
スクミリンゴガイ防除対策マニュアル

農林水産省HPより

> 色は濃いピンク色でよく目立つ。
> 200~300 個程度の卵からなる卵塊を形成し、卵塊の大きさ は長さ 3cm、幅 1.5cm 程度が多い。
> ふ化直前は黒~白っぽく、ふ化すると白色になる (Hayes et al., 2012)。  産卵はふ化した稚貝が水中に落下しやすい場所で行われ、水面より上の植物体(稲の茎など) や水路の壁などに産み付けられる。
> 卵は水中ではふ化できない。そのため、卵塊を水中に払い落とすことで駆除が可能。ただし、 ふ化直前の黒~白っぽい卵は水中でふ化可能であるため、除去又は押しつぶすことが必要 (Wang et al., 2012)。
> PV2 という神経毒が卵に含まれる(Heras et al., 2008)。そのため、卵を食べる生き物はほぼいないとされる (Yusa, 2001)。

防除対策マニュアルより

苗にも産み付けられますが、田んぼ周りの波板や境界ブロック、水路の壁や畔周りの雑草などによく産み付けられているのをよくみかけます。

> ふ化後、およそ 2 ヶ月間で繁殖が可能となる(Yoshida et al., 2016)。
> 雌成貝は年間 20~30 回産卵する(条件が 良ければ 3~4 日に1度産卵する)。年間産卵数は 3,000 個以上(Tanaka et al., 1999)。
> 産卵期間は4月~10 月ごろで、産卵数は 5 月下旬から 9 月上旬に最も多くなる。越冬個体は春に水温が上昇するとすぐに産卵を開始する(Yoshida et al., 2016)。
> ふ化までの期間は、温度によって異なるが、25℃でおよそ2週間。
> ふ化後、卵塊から水中へ落下し、藻などの軟らかい植物、ウキクサなどを食べて成長する (Carlsson et al., 2004, Kwong et al., 2009)。
> 淡水生の巻貝類の多くがコケや水底の沈殿物等を主食とするのに対し、本貝は水草そのものを摂食することが特徴(Carlsson et al., 2004)。
> 水中にあるものしか食べることができず、若い稲の葉は水中に引き込んで食害する。 (Halwart, 1994)
> 寿命は 2~3 年。多くの個体は 2 年目の産卵期を終えると寿命を迎える(Yoshida et al., 2009)。

防除対策マニュアルより

繁殖力は非常に高く、イネの生育と時を同じくして、スクミリンゴガイも成長します。産卵期間も同じように、イネの栽培期間と重なっています。

> 摂食活動は水温 15~35℃で行い、14℃以下では活動を停止し、休眠(越冬)する (Estebenet and Martín, 2002)。
> ほ場や用排水路で土中に潜って越冬し、越冬個体は約 8 割が地表から深さ 6cm以内に分布する(高橋ら, 2002)。
> 寒さに弱く、越冬率は九州で 5~10%(大矢ら, 1987)。茨城県より北では越冬できないとされる(Ito, 2002)。
> 暖冬の年は越冬率が上がり、静岡県焼津の水田内で 60~90%の越冬率を 示した事例がある(静岡県農政部資料)。
> 殻高 1cm未満の貝は低温と乾燥に弱く、殻高 3cm以上の貝は土にうまく潜ることができない ため、越冬率が低くなる(Wada and Matsukura, 2007)。
> ほ場では、収穫後に稲わらがあると、温床効果で越冬率が高まるとされる。
> 気温が上昇し、水田に水が張られると活動を開始する。

防除マニュアルより

温暖化に伴って、茨城県より北においても生息がひろがっており、生息自体は東北や北海道でも確認されています。

人為的な生態系の攪乱状況(外来種と在来種の分布状況)
国土技術政策研究所HPより

今後、越冬個体の分布も北へ広がっていくことが予想されます。

> 雑食性。主として植物質を食べるが、魚の死体など動物質も食べる(Kwong et al., 2009)。
> 特に柔らかい植物を好み、稲(田植え直後の稚苗)やレンコン(幼葉)などを食べる (Halwart, 1994)。
> 稲は 3~4 葉期までが食害されやすいが、5 葉期になるとほとんど食害されない(田植え後 3 週間程度まで)(Wada, 2004)。
> 水温 15~35℃の範囲で摂食活動が可能で、水温 30℃付近で最も摂食量が多い(静岡県農 政部資料)。

防除マニュアルより

活着の良い乳苗・幼苗が移植苗として利用されることが多いですが、同時にスクミリンゴガイに食害されやすい葉齢でもあります。育苗や活着にやや時間がかかりますが、5葉期以降の中苗で移植するのも、有効な手段となります。

> 低温耐性は強くはなく、0℃で 20~25 日、-3℃で 3 日、-6℃で 24 時間以内に死亡する。 (大矢ら, 1987)
> 蓋を閉じて殻の中の乾燥を防ぐことで、半年以上水がなくても、生存が可能(Yusa et al., 2006a)。
> 天敵はネズミ、サギ、カモ(アヒル)、スッポン、コイ、フナ、ホタルの幼虫、ヒルなどが天敵として挙げられ る(Yusa et al., 2006b)。

防除マニュアルより

熱帯に生息しているスクミリンゴガイにとって、低温には耐性が低く、厳寒期に土を起こし、貝を寒さにさらす防除法も有効となります。
日本のタニシと同じように、鳥や魚が天敵となりますが、食べきれないほど生息している地域も多く、生物的防除ではてにおえないのが現状でしょう。


秋期の石灰窒素の散布

> 稲刈り後、水温が 17℃以上の時に3~4cm 水を張り、1~4日放置して貝を活動状態にさせる。
> 続いて、石灰窒素 20~30 ㎏/10aを全面に散布後、3~4日湛水を保ち、貝を致死させる。
> 田面水は水路に流さず、自然落水させる。
> 石灰窒素は水中での加水分解によりスクミリンゴガイに毒性を示す遊離シアナミドが生成されることから、湛水は必須。
> 魚毒性が高いため、漏水防止対策を行うとともに、田面水は水路に流さず、自然落水させる。
> 活動していない貝には効果がなく、水温15℃以下では殺貝効果が著しく劣るため、水温17℃以上の時期に散布する。
> 石灰窒素 20~30 kg/10a 施用は窒素 4~6 kg/10a に相当する。窒素成分を多く含む ため、次作の施肥量に注意する。

防除マニュアルより

石灰窒素は農薬としても登録されており、稲刈り後に使用した石灰窒素は稲わらの腐熟促進、ヒエの休眠覚醒にも役立つといわれています。

日本石灰窒素工業会 HPより

しかし魚毒性が高いため、漏水防止対策を行うとともに、 散布後7日間は落水、かけ流しはしないことになっています。


冬期の耕耘

> 破砕効果を高めるために、土壌水分が少なく田面が硬いときに耕うんする(高橋ら, 2002)。
> 効果を高めるには、トラクターの走行速度を遅く、PTO 回転を速く(ロータリーの回転を速く) し、土壌を細かく砕くように耕うんする。
> 黒ボク水田土壌の場合、貝は大部分が土中深さ 6cm未満で越冬するため、耕うん深度 は6cm 程度の浅起こしでも効果が高い(高橋ら, 2002)。なお、土壌の性質により、適切な耕うん深度は異なり、深く耕うんすると地表表面にいる生貝をかえって地中に埋め込んで しまい、防除効果が低下する恐れもある(山下, 1993)
> 食害能力の高い大型の貝ほど破砕されやすく、平均殻高 20mm では一度の耕うんで約 7 割の貝を破砕できる(和田ら, 2004)。
> 厳寒期(1~2月)に実施することで、土中にいる貝を掘り起こし、寒風にさらすことで殺貝 効果を高めることが可能。

防除マニュアルより

食害被害の大きい貝ほど、冬期に土中に潜る能力も高くなりますが、ロータリーで破砕する確率は大きい貝のほうが高いため、有効な手段となります。


水路の泥上げ

> スクミリンゴガイは水路内に堆積した泥の中に潜って越冬するため、泥上げを行うことで寒風にさらされ、殺貝できる。
> 泥上げは越冬場所をなくすこと、また雑草が取り除かれることは翌年の餌をなくすことにつながる。
> 地区全体で実施すると効果が高まる。局所的な取組では効果は得られない。
> 労力がかかるため、条件により重機等を活用する。

防除マニュアルより

農閑期における圃場や水利施設などの防除によって、貝の密度を減らす環境管理が重要となります。


水路からの侵入防止

> ほ場内の個体密度を高めないため、取水口・排水口に 9mm 目合い程度のネットや 金網を設置し、水路で越冬した個体(特に 1.5cm 以上の大型の貝)を本田に侵入させない。
> 田植え前の入水時から移植後 3 週間(食害されにくい 5 葉期)までの設置が効果的。
> 網の目は粗すぎると小さな貝がすり抜け、逆に細かいと枯れ草などのゴミですぐ詰まるため、 移植用は 9mm 目合いが適当(直播用は 6mm 目合い程度が適当)。(九州沖縄農業研 究センターWeb サイト)
> 目詰まりは、網をU字状に設置(ネットの表面積を広く取り、ゆったりとつける)すると軽減できる。また、ゴミ避けとして外側(水路側)に 2cm 目合い程度の網を付ける方法もある。
> 適当な資材が手に入らない場合には、ホームセンター等で購入できる洗濯ネットや潮干狩り用の袋を活用して、侵入防止効果を実証している事例もある。

防除マニュアルより

落水後、冬場に乾田となるような地域では、水路を通って生き残り、水を張るころ戻ってくるどじょうのような生物もいるため、取水口・排水口にネットを設置する際は、生物多様性への配慮が必要になる地域もあるかもしれません。

参考 ドジョウの実態とその保全

移植した苗が、被害の少なくなる第5葉に育つまでしっかり侵入を防除し、その後は外すというのも1つの方法です。


浅水管理

> 本貝は水中でないと摂食できず、また水深が浅いと活動が制限されるため、水深を 4cm (理想は 1cm)以下に維持することで実害がほとんどなくなる(小澤ら, 1988)。
> 浅水管理は、移植後 3 週間(食害を受けにくい 5 葉期)まで行う。
> 凹凸があるほ場では、田面の深いところで貝が活動しやすく集中的に食害が生じる。そのため、冬期のレーザーレベラーの利用や田植え前の代かきを丁寧に行うことなどにより、ほ場の傾斜や凹凸をなくすことが重要。また、日頃のコンバイン操作時の切り返しが、ほ場の凹凸を 生み出しているケースもあり、コンバインの操作方法に注意することも凹凸をなくすためには 有効(清水ら, 2022)。
> 水深を 4cm(理想は 1cm)以下に維持して摂食行動を抑制する。
> 降雨により水位が上昇すると本貝による食害が助長される(小澤ら, 1988)。一方、水位 が極端に低下すると活着・初期生育への影響が生じる可能性があるほか、除草剤を処理した場合に効きが悪くなり、雑草の問題が生じる。そのため、適切な水位が維持できるよう水管理をこまめに行う。
> 地域内でレーザーレベラーを共同で利用する場合など、発生ほ場で作業した農業機械は洗浄を徹底し、未発生ほ場へ貝を持ち込まないよう注意する。

防除マニュアルより

浅水管理は、耕種的方法として最も効果が高いといわれています。
慣行では、定植後すぐは活着を促すため、深水管理をおこなうことが多いですが、食害されやすい期間でもありますので、周辺よりも低い場所にある圃場や、水のたまりやすいところにある圃場に関しては、定植時から浅水で管理することも有効な方法です。

代かきの上手な農家さんの田んぼほど、土壌面に凸凹が少なく、被害も少ないように思います。そういう意味では、「貝にトラクターの腕を鍛えられている」といえなくもないですね。


薬剤散布

> 移植時のスクミリンゴガイの被害が出る前に散布する。
> 湛水状態で、ほ場の発生状況に応じて、ほ場全面に均一に散布、深水部分への局所的な散布、額縁散布など適切な散布を行う。
> 散布後、確実な効果のため少なくとも 3~4 日間は湛水状態(水深 3~5cm)を保ち、魚類、甲殻類等に影響が出ないよう 7 日間は落水、かけ流しはしない
> 食害防止効果を持つ剤の使用後に、他の食毒による効果のある剤を使用すると効果が発揮できない。
> 漏水田での使用は避ける。
> 降雨後は効果が低下する場合がある。

防除マニュアルより


※スクミリンゴガイの防除を目的として「椿油かす」を使用することは農薬取締法違反となる。椿油かすは、特殊肥料や有機 JAS 栽培で使用できる肥料として販売されているが、農薬としての登録は受けていないため、スクミリンゴガイの防除の目的で販売、使用することは、農薬取締法で禁止されている。また、椿油かすに含まれている「サポニン」 は魚毒性が高いため、水路や河川へ流出した場合は、魚介類に影響を及ぼす。肥料として使用する場合は、流出しやすい場所での使用を避ける。

薬剤によっては、有機JASに適合する資材もあります。人畜にたいしての毒性は低いですが、用法用量をしっかり守り、使用に際しては、地域や環境への配慮が必要となります。


水田内・周辺での殺卵・捕殺

> 活着・初期生育までの、水田内・周辺の個体数を減少させ、稲を直接加害する貝の密度を下げるため、卵塊の殺卵、貝の捕殺を行う。
> 水田内を歩きながら貝を拾い取る方法では、1回の作業に約 536 分/10a を要し、 全体の約 68%の貝しか捕獲できない。一方、水田内に野菜トラップを格子状に設置し、集まった貝を拾い取る場合は、同一日の午前と午後の2回の捕獲で歩きながら 貝を拾い取る方法より高い捕獲割合(約 72%)になり、作業時間は約 319 分/10a。
> 小規模水田の畔際に野菜トラップを設置する場合(1ケ所)、水田内に入らずに貝の回収が可能だが、約 70%の貝を捕獲するのに 9 日を要する(国本・西川, 2008)。
> 活着・初期生育以降の卵塊の除去や貝の捕殺は、本貝が侵入した直後の地域などでは、 定着や増殖を防止するためには効果的と考えられるが、すでに定着し、大量発生しているような地域では、明瞭な防除効果は得られない。

防除マニュアルより

「水田内を歩きながら貝を拾い取る方法では、1反当たり約9時間かかり、かつ全体の68%しか捕獲できない」「すでに定着している地域では、明瞭な防除効果は得られない」という見解となっているようですので、例えば大きな貝だけ拾う、被害の大きい圃場のみで実施する、他の方法を模索するなど、労働環境に応じた対応が必要となります。


田畑輪換

> 本貝は水がなくなると土中に潜り、殻の中に閉じこもって休止状態となるが、1 年ほどでほとんどの個体は死亡する(3 年以上生存する個体もあることから、根絶はできない)(Yusa et al., 2006a)。
> このため、水田と畑作を 1 年ずつ交互に実施する田畑輪換は被害回避に効果が高い (Wada et al., 2004)。
> 再度、水稲作を行う際、水田期間中に、水路に生息していた個体がほ場に流入すると、 本手法の効果が著しく低下する。そのため、水路からの侵入防止対策として、取水口・排水口に侵入防止ネットや金網を設置する。

防除マニュアルより

周辺が田んぼの畑では、灌水に使用するため池や、溝切り孔などに生息し、田と畑を行き来するため、田に戻してもまた元に戻ってしまうことが多いかもしれません。


防除基準(令和 5 年 3 月末現在)

> 殻高 1.5~2cm の貝が 2.5 頭/㎡で5%の減収となる(矢野ら, 1990)。
> 殻高 2.5cm 以上の貝が2頭/m2で 10~15%の減収、2.5 頭/㎡では 30~50%の減収となる(菖 蒲, 2003)。

防除マニュアルより

これをもとに、要防除水準を県によって定めているところもあります。


減収させないためには、貝の密度を下げることが大事になります。取り除くのが難しい場合、水深の深いところに集まる貝の習性を逆手に取り、浅水にして活動性を下げる、土壌面が凸凹にならないようならし、水面の深さをできる限り圃場のどの位置でも一定に保つことが重要になります。


まとめ

スクミリンゴガイの防除には多大な労力がかかることから、地域の実情に応じた対応が必要となります。温暖な地域に生息する貝であることから、日本においては地域によって被害に強弱があります。薬剤の使用においても一長一短があり、効果をあげるためには、使用法や栽培スケジュールなど地域におけるオペレーションを整える必要がある。餌を使ったトラップや、アイガモに捕食させる方法。被害の少ない圃場の環境を真似る方法など、各地域における試行錯誤も最近ではよくニュースなどで取り上げられています。しかし現状においては、いかに被害を抑えるための「無理のない防除法」をおこなえるか。ある程度「共存」を模索するのが現実的ではないかと思われます。


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