螺良ららら

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螺良ららら

ホームページで小説を先行掲載しています。 こちらからアクセスしてください。 https://www.wildflower-newromantics.com/

最近の記事

Infinity 第二部 wildflower47

 夜明け前。  礼は一人起き出した。黙って小屋を出ようとしたが、耳丸が起きてしまった。そして、耳丸は用心棒のつもりで礼の水浴びに付き添った。女であると悟られないようにするのは大変だった。体の輪郭を出さないように着込んでいる礼にはこの夏の暑さは地獄のように辛いだろう。  男の耳丸のように、上半身を脱いで、川の中に飛び込むようなことはできない。暑くても、水に浸した布を首に巻いたりして、頭の先から水に浸かったのは本当に久方ぶりだろう。  夜明け前の静かな時間に、礼は単だけの姿になり

    • Infinity 第二部 wildflower46

       未刻を過ぎた頃、横木が外されて扉が開いた。今まで耳丸と話をしてきた男を先頭にその後ろに数人の男が現れた。 「顔を洗わせてやる」  そう言うと、耳丸と礼を立たせて小屋から連れ出した。危害を加えられる気はしないが、どこに連れていかれるのかわからず、不安を覚えた。  すると、村を囲む道を横切り礼と耳丸が辿ってきた川に連れて行かれた。本当に水浴びをさせてくるつもりのようだ。川のほとりで耳丸は胸と後ろ手にかけられていた縄を解かれた。自由になった体は喜びを表すように、そのまま川の中に入

      • Infinity 第二部 wildflower45

         三方に張った板は適当に建てつけてあるので、隙間だらけであるが、小屋の中は蒸し暑く、頭から顔に汗が滴り落ちてくる。時々、吹く風が壁のない面から吹き抜けていって、一時の清涼をくれた。二人は苦しい時間を無言でやり過ごした。  扉の横木が外される音がして、礼と耳丸は顔を上げた。小屋に近づいてくる足音に気づかなかったから、意識が朦朧としていたのかもしれない。やがて、扉が開き、女が二人入っていきた。もちろん、その後ろから見張り役の若い男もいる。水を持ってきたのだ。礼と耳丸に顔を上げさせ

        • Infinity 第二部 wildflower44

           夜明けに、耳丸が目を覚ますと、すでに礼は体を起こしていた。 「よく眠れたのか?」  耳丸が聞いた。礼は頷いて。 「耳丸は?」  と聞き返した。  耳丸もよく眠れた。どの道を行くべきか悩んでいたが、睡眠をとったことで頭の中はすっきりしている。  礼は水筒を逆さにして飲んでいるが、滴ってくるものはないようだ。木の生い茂った森の蒸し暑い中を歩いてきて、喉が渇いている。一刻も早く飲み水の確保を急ぎたかった。 「行こうか」  耳丸は礼を促した。礼が頷いて立ち上がると、二人は荷物を担い

        Infinity 第二部 wildflower47

          Infinity 第二部 wildflower43

           翌日、三人は夜明けとともに起きた。礼は必要なもの、薬草や布などを板に書き付けて、若見に渡した。若見は眉根を寄せて困った顔をしたが、昼には礼が必要としたものを全部持ってきた。耳丸は馬の世話をするために出て行った。ゆっくりと準備をして、日が暮れる前に、三人は若見の部屋で夕餉を取った。  夕暮れ時に礼と耳丸は馬に乗って出発した。  付き添いの若見だけで、見送りに来る者はいなかった。三人とも馬には慣れたもので、順調に進んだ。途中、話をつけておいた集落の部屋で夜を明かし、夜明けから再

          Infinity 第二部 wildflower43

          Infinity 第二部 wildflower42

           戸を開ける音で、中にいる人物の身じろぎする様子がうかがえた。 「失礼しますよ」  妙に遠慮して、若見は声をかけながら入って行く。  部屋の中に入ると、隻眼の医師、耳丸さんはなんといって言っていたっけ、れ……せ、瀬矢、という人。片膝を立てて楽な格好で座っているが、若見が戻ってきて少し緊張した顔を見せている。 「あれ、耳丸さんはまだ?」  部屋の中を見回したが、瀬矢しかいなかった。瀬矢は首を縦に振った。 「これをどうぞ」  こくっと、瀬矢は頷いたのを見て、若見は床を滑らせて食事

          Infinity 第二部 wildflower42

          Infinity 第二部 wildflower41

           耳丸は男について、回廊を歩き築地塀をくり抜いた門を通り抜ける。これで官衙(官庁)を出て、その裏に続くその他の施設や役人たちの居住地に入った。横に立ち並ぶ建物は、下っ端役人たちの執務部屋や、食堂、倉庫だ。何棟かの建物を通り過ぎて、目的の建物までくると、その路地へと入って行った。建物の中へ入ると、そこには粗末な衣服の男が机の前に座って書物をしていた。 「若見」  男は、部屋の中に居る男をそう呼んだ。若見は、顔をあげる。  耳丸と男は、部屋の中に進んで、土間を上がり、机を並べてあ

          Infinity 第二部 wildflower41

          Infinity 第二部 wildflower40

          季節は春を過ぎて初夏へと移り変わっている。強い日差しに刺されながら、一言も文句言わず礼は馬を進めている。旅を始めてひと月が経った。男装束にも慣れて堂に入ったものだ。 予想通り、山犬を避けるために泊めてもらった集落を発って三日目の昼間に若田城に着いた。夷との闘いを支える最前線の地は、都からの役人たちの町があり、その周りに農民たちの暮らしがあった。 耳丸と礼は馬を下りて、引きながら小さな町の往来の中を歩いた。 北の戦場はとても寂しいところと想像していたが、後方支援の若田城は国府の

          Infinity 第二部 wildflower40

          Infinity 第二部 wildflower39

          「……助かったな」  はあ、と大きなため息とともに耳丸が言って、やれやれと持っていた剣を置いた。礼は座り込んでいたが、立ち上がると耳丸のそばに来て座った。 「怪我はない?噛み付かれたところはどうなっているの?」 「あれは、持っていた袋に噛みつかれただけで、俺の手を噛んだわけじゃない。大丈夫だ」  礼はほっと胸をなでおろした。 「なぜ、木から降りてきたんだ?もし、山犬に襲われていたら、俺は助けられなかった」 「だからって、耳丸一人をあんな危ない目にあわせて、私一人が木の上で見て

          Infinity 第二部 wildflower39

          Infinity 第二部 wildflower38

           馬が逃げるという事件が起こったが、それも無事に戻ってきた。二人はその馬に乗って北へとひた走った。  礼は勝手に木を下りてしまい、実言を本当に怒らせてしまったと反省の気持ちを込めて礼は静かに耳丸の後ろをついて行った。口少なで、休憩や食事も無言が続いた。  耳丸はその時の怒りをまだ引きずっていた。礼がいなくなったその時にどれほどの不安や恐れを感じたかを考えれば、礼の態度はもっともと思い、腹立ちは収まらない。  本当に、礼の行動は貴族の妻にあるまじきものだと思う。耳丸はやはり、こ

          Infinity 第二部 wildflower38

          Infinity 第二部 wildflower37

           遊佐国も半ばまで来た。国府が置かれている伊神は、拓けていて市も立ち賑わっている。海が近いため海産物のやりとりが目立つ。礼は見たこともない珍しい海のものに興味津々で辺りを見回しながら歩いている。旅に慣れてきたため、体調を崩すこともない。その道のりは順調だったが、伊神の地に入ると、とたんに雨の日が続いて足止めを食らった。  礼の顔にはこんなところで足止めを食らっている暇はない、と書いてあるが、悪天候の中を無理に進んでもいいことはなく、耳丸は雨が上がるのを待つことにした。三日目の

          Infinity 第二部 wildflower37

          Infinity 第二部 wildflower36

           佐田江の庄からの旅は天気にも恵まれて上々の滑り出しだ。旅慣れない礼も、佐田江の庄で体を休められたことで、今一度旅を始める鋭気を養えた。  礼は耳丸の決めた旅の行程に決して口を出さない。耳丸も口出ししない礼の気持ちを汲み取っている。一日でも、半日でも早く実言のところへ辿り着きたいと思っているだろうが、礼の体と馬に無理をさせないように先を進んだ。  できるだけ整備された道を進み、民家の軒先や、時には部屋の片隅を借りて寝泊りした。しかし、ほとんどは野宿をした。旅程の三分の一ほどを

          Infinity 第二部 wildflower36

          Infinity 第二部 wildflower35

           夜明け前。  耳丸は自分たちが与えられた部屋の手前まで廊下を歩いて来て、立ち止まった。  酒の匂いと女の匂い。礼は気付くだろうか。そう思うと、耳丸は部屋の中に入るのを躊躇した。しかし、明け方の廊下はひんやりと冷たく、部屋の中に入って横になりたかった。  意を決して耳丸は部屋の中に入ると、部屋の中は、昨夜女たちに連れ出される時と同じだった。手前に自分の荷物があり、衝立の向うに礼が寝ていた。女たちが持ってきた膳が部屋の端に寄っているように思うのが、礼があの後起き上がって、食事を

          Infinity 第二部 wildflower35

          Infinity 第二部 wildflower34

            礼と耳丸は馬に乗りひた走った。北へ北へと。そしてもう一晩の野宿をして、翌日の未刻(午後二時)頃、佐田江の庄の集落へと着いた。ここまで来るのに、できるだけ安全を考えて大きな道を通ってきて、大きな集落もあったが、近寄らないようにしてきたため、久しぶりに自分達以外の人と出会った。しかし、礼の姿は男の装束であるため、不用意に声を発して女が化けていると知れてはいけないため、礼は首回りを隠すように布を巻いて、口をきかないように申し合わせていた。  耳丸が聞いた。 「礼、皆の前ではお前

          Infinity 第二部 wildflower34

          Infinity 第二部 wildflower33

            星夜の頼りない光の中、礼は耳丸の手を借りて馬に乗った。耳丸は礼から馬に乗れると聞いていたので、まずはお手並み拝見とその様子を見ていた。しかし、言うだけのことはあって、礼は難なく馬を操った。先を行く耳丸は、時々礼を振り返り見るが、礼は耳丸の後ろをぴったりとついて来ていた。二人は縦になって都から北へ向かうその道をひた走った。  夜が明けると、耳丸は馬を降りて脇の道へと入って行く。礼もそれに従ったが、木々に覆われた道のようなそうではないようなところを、どこまで歩くのだろうかと思

          Infinity 第二部 wildflower33

          Infinity 第二部 wildflower32

           それからの礼は、子供のそばに寄り添って静かに暮らした。ちょうど耳丸が都に行く機会と重なって岩城の家にいる忠道への遣いに出した。耳丸の姉家族のこととともに旅の準備を進めさせるためだった。  礼は一日でも早く北へと向かいたかった。そのために必要なもの、馬でもなんでも用意するように、金をもたせた。  去は、礼が子供たちに深い愛情を持って日々を過ごしている様子に、安心していた。強情なところのある娘だから、一度こうしたいと決めたら曲げずに押し通してしまうかもしれないと危惧していたのだ

          Infinity 第二部 wildflower32