見出し画像

皆勤の徒が面白すぎて私はキレた。

『皆勤の徒』を読んだ。私は切れた。何かが断線するのを感じた。それは緊張の糸と比喩される認知科学的なそれだったかもしれないし、魂と肉体をつなぐ形而上の脊柱だったのかもしれないがとにかく何かがぶっ千切れた。

その結果執筆速度が早まり納品のクオリティは向上し迷走していたプロットにはOKが出て自宅には知らない人から肉が送られてきた。端的に言ってすべてが一気にうまくいった。行き詰まってる時にいい本を読むとやっぱ世界が変わるよね。人類、インターネットをやめて本を読め。グーテンベルクに帰れ。

『皆勤の徒』は面白すぎた。第34回日本SF大賞は伊達じゃない。あまりに面白いので『皆勤の徒』の話をします。

ネトネトの有機物で構成された異界ブラック労働SF

端的に言ってこれです。『皆勤の徒』で描かれる世界はとにかく生物工学的な技術に特化しており、あらゆる工業製品が歯車と電子回路の代わりに生物の生き肝とか寄生虫の神経組織とかで構成されているため全体的にネバネバネトネトしています。

 銀河深淵に凝った降着円盤の安定周期軌道上に、巨しく透曇な球體をなす千万の胞人が密集し、群都をなしていた。その犇めきのなか、直径一万株を超える瓢 形の連結胞人、〈禦〉と〈闍〉の威容があった。互いを吞み込もうと媒収を始めて幾星霜、不自然な均衡を保つ二者の組織内部において、数多の惑星の生物標本より詞配された隷重類たちが、各々属する胞人規範に基づいて働き、落命と出生を繰り返しつつ多元的な生態系を組み上げていた。
(皆勤の徒/序章より)

はいもうこの序文だけでドキドキして不静脈です。すでに圧倒的迫力で読者をブン殴ってくるこの序文ですが、これ本作を読み終わった後にもう一度読むと「この序文だけでほとんど全部説明されてるー!!」という事実に目玉がマスドライバー射出されます。

この序文一つとっても語ることが多すぎてオタク特有の早口が抑えきれなくなりますが、『皆勤の徒』を紹介するのにわかりやすいのはその独特すぎる語彙に隠されたどーしよーもないダジャレです。

たとえばこの序文で言うところの「胞人」、これだけでぐちゃぐちゃねばねばしたヤバヤバの宇宙人感が匂い立ってる訳ですが、何のことはない「法人」のことでしかありません(いや正確にいうと我々の世界の言葉に翻訳するとそんなニュアンスという感じなんですが長くなるのでやめた)。それがわかると一気にすべてが明瞭になっていき、〈〉社と〈〉社という企業が買収合戦してる中、異形の上司に支配されたブラック労働SFであることが分かってきます。あまりにドロっとした独特な世界に圧倒されますが、要するにやってることは普遍的な「お仕事つらいよね」という話な訳ですよ。石油王でもない限り、これは9割9分の人類が共感できるくそくそに普遍的なテーマですね。あまりにわかりやすい。

あとはもうただただ異様な語彙で展開されるブラック労働の世界をしゃぶり尽くせばいいだけです。

不定形のスライムみたいなやつに人造の骨格と内臓をぶち込んで無理やり人型にしたものが社長だし、異生物すぎる社長とは泣きたくなるほどコミュニケーション不能だし、社員が作ってるのはこれまたよくわかんないネトネト生物をパズルのように組み合わせた人工臓器めいた何かだし、敵対会社の外回り営業は名刺をバカスカ飛ばす砲撃で社員の命を削ってくるし、ヘッドハンティングは文字通り首刈りだし、とにかくすべてがバカバカしいほど胡乱にして正統派。たのしい。

あとは個人的には<世界>周りの話がめちゃくちゃ好きです。このへんは人格アップロードとか好きな人には刺さると思う。

『皆勤の徒』は奇書なんかじゃねー!!

これです。面白すぎてキレたのは本当。ただネット上に転がってる『皆勤の徒』に関する感想にも私はキレかかっている。

『皆勤の徒』がよくわかんない奇書として扱われてることがふまんです。ぷんすか。

「全然意味がわからなかった」「二度とこの作者の本は読まない」
……このあたりはまだいい。単に嗜好が噛み合わなかったのでしょう。そういうこともあるよね。
「解説を読んでようやく理解した」「巻頭の表題作が一番難解」
……んん。別に難解でもなく解説を読むまでもなく分かる筈のシンプルな話だと思うんですが。
「解説を読んでもよくわからない」「二度とこの作者の本は読まない」
……ゆるさん。そこまで読んだのならばわかれ。

言っておきますが私はSFにはちょっと憧れがあるだけでSFはびっくりするほど何も読んでないクソ雑魚読解力です。なのに世の高知能高読解力マンが『皆勤の徒』に敗れ去ったり、ハイクラスSF読みが『皆勤の徒』をぶん投げている。

私はなんだかんだ高知能高読解力マンとハイクラスSF読みに対する尊敬の念が深く、端的に言ってめちゃくちゃコンプレックスがあるのですが、それだけに私は彼らの読解力とSF慣れはマジで信頼しています。彼らが『皆勤の徒』を読めなかったのには、何か理由がある筈。そう思って考えたのですが『皆勤の徒』はこれたぶん「全ての文章を逐語的に理解しようとすると無理」なタイプだからなんじゃないでしょうか。

 書き出しはどの一日からでもかまわない。寝覚めから始まるのも説話上の都合にすぎない。ただ、今日は少しばかり普段より遅れていた。
 海上から百米の位置にある錆びた甲板の縁に、涙滴形の閨胞が並んでへばりついていた。閨胞からは萎えて節くれだった下肢がぶらさがっている。
 殆どが干涸らびていたが、並びの右端にある閨胞だけは熟れた無花果の膨らみを保っていた。その頂に隆起した筋肉質の搾門から、従業者のやや間延びした 頭が芽吹きだした。内膜に繁る繊舌に送り出され、瘦せた裸身が分泌液の糸を引いて、搾門の輪からづるりと甲板上に吐き出される。
 従業者の名は、グョヴレウウンンといった。
(皆勤の徒/「第一章 社長は待ち続けていた」より)

こんなん無理ゲーでしょ。異界に流れる当たり前の情景を当たり前に描いているで、現生人類が忠実にその意味を捉えるのは最初から無理なんです。それは仕様です。

とはいえ、ネバネバギトギトの異界常識で肉付けされてはいても物語の骨子はきわめてシンプルで、やってることはただのブラック労働だし話のオチも王道展開なので何も困ることはありません。「異界の肉付け」と「王道の骨子」を切り分けるのが嫌いだとしんどいのかもしれませんが、最初からそーゆーもんだと分かって読むなら何も問題もなくスラスラと飲み込めます。

いや、ネバネバなんですけど。

わたしは特別あほなので、この作品を理解不能なままに受容することができたのでしょう。それはとても幸運なことですが、わたしなんかより頭が良くて知識が深くて面白い人達が、この作品を敬遠してしまうのはあまりに勿体ないと思います。絶対にわたしなんかよりこの本を楽しめる筈の方々が、この本を楽しめていないのは人類の損失です。そういう人たちにこそ、改めて『皆勤の徒』を読んで欲しいと思わずにはいられません。

”ふいんき”で読めばいける

たぶん大切なのは、ふいんきです。雰囲気ではありません。ふいんき

『皆勤の徒』のみっちりとしたネバネバなふいんきを楽しむこと。ネバネバネトネトなものを臆せず呑み込んでみること。理解不能なものを理解不能なままに受容すること。これらは全て同じことです。

結局のところ、必要なのは「この本は楽しいはずだ」という物語に対する信頼であり、「おれにはこの物語が楽しめるはずだ」という自分自身に対する信頼です。この作品はごく少数の人だけに刺さるニッチなものなんかじゃなく、広く人類にぶっ刺さる良質な物語の筈です。何が言いたいかと言うと「我々はこの『皆勤の徒』を楽しむことができるはずだ」という人類に対する正当極まる信頼です。

『皆勤の徒』は奇書でもなければよくわかんない本ではなく、真っ当にめちゃくちゃ面白いSFです。読みましょう。読んで私とあーだこーだ語りましょう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?