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十年後のモーニングルーティン/ビリー(田園都市線)

朝は五時か六時に目を覚ます。まず感じるのは、夜中ずっと寝汗を吸った布団の居心地の良さだ。次に、手の届く範囲で充電されたスマートフォン。スヌーズボタンをタップしもう一度脱力する。木製の床は寝返りごとに軋み、部屋の隅にはバッタがいたりする。季節は初秋で、居室の風通しは素晴らしい。相変わらず、夏を惜しみつつも一陣の風だけで「まあ生きてみるか!」と楽観出来る俺だ。


俺の家は俺が作る。便利ではないが広いところに、見るだけで、敷居をまたぐだけで胸が高鳴る木製の家(もちろんそこには、せこせこ働いて大金だけ払って肝心の本人が疎外された、むなしいクローンのような一戸建ての群れとの歴然とした差を感じている)。平屋で天井が高い。梁に沿って中二階のスペースがところどころにあって、その内の一つを寝室にしている。好きな本や音楽が思いのまま持ち込まれる超私的空間。なんとなくそこから一階を見下ろすと、きれいではないが最適化された台所、きれいではないが長居できるトイレの扉がある。台所のシンク、トイレのドアの取っ手、この家のあらゆるものがどこから来て、今ここに落ち着いているのか、俺が全部知っている。


家の前の拓かれた土地はすべて庭で、芝で広がる。レンガ造りのピザ窯やアースバック製のサウナ、改造中の五トンダンプカーが距離を保ってゆったりと点在していて、それはまさしく俺の人生の選択肢のようにも見える。湿った布団の上で、この家のことを考えたり今日一日の過ごし方をありありと想像してみると、内発的に体が覚醒する。スヌーズに叩き起こされるなんてまっぴらごめんだ。俺の動機は俺から出たものしか認めない。


はしごを降りて一階へ行く。自然の音に気がつく。なぜだろう。一体なんなんだろう。毎朝この疑問は新鮮だ。玄関の横の洗面台へ移動し、五秒ほど自らの顔と対峙する。老けた気もするし、まだ二十代で通用するような気もする。蛇口がひねられ冷水が飛び出す。顔を三回ほど水でなぜた後、上から吊られた歯ブラシを入手しピンク色のシュミテクトをたっぷり付けて、歯を磨く。上の歯。下の歯。上の歯。下の歯。口をゆすいで歯間を糸で掃除する。一つ一つ、歯の間を通す。急いでいるときはこれは省略する。もう五年以上、毎日欠かしていないのだが。



お気に入りの服をひっつかんで着替える。どれもこれも、必然的なコンテクストを経て今手元にある。何一つ抜け漏れない。



『窮屈な服は最悪だ。常に全力疾走出来る服が最高だ。』



俺が服について持っている数少ないポリシーの一つである。



そしてついに外へ出る。思った通りの風景だ。山の空気、川の音、緑。今日は夜から友人の家でパーティーがある。家には積ん読が十冊ほどある。二ヶ月後の芝居の脚本もそろそろ書きたい。トラックの改造も進めたい。ピザも食べたいしサウナだって楽しみたい。ピアノもギターも弾きたい。




ああ、やりたいことがいっぱいだ!やるべきことなんてひとつもない!






書き手:ビリー(田園都市線)
テーマ:モーニングルーティン




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今週のテーマは『モーニングルーティン』
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