スーパーネットストーカー 第一章 悪魔のマジック 3

 結局インドビザをタイで取ることに決め、翌日LCC(格安航空会社)の値段を調べることにした。

 しかし自宅のパソコンは使用できない。完全に乗っ取られている状態であり、情報は筒抜けになっている。もしフライトを検索すれば、私がタイへ飛ぼうとしていることを察知されてしまう。外のパソコンもまた同様の状態と思われるが、それでも不特定多数の者が使うので、私という人間が使用していることを特定するには、いくつかの条件がクリアーにされなければならない。その意味ですこしは逃げ切れる可能性が残っていた。

 T医大の付属図書館のパソコンで調べるとやはりLCCのなかでもエアアジアの料金が格段に安くなっている。エアアジアのサイトに入りさらに詳しくフライトスケジュールと料金を調べた。十月の初旬に安いチケットが集中している。そのまま購入しようかと思ったが考え直し、夜遅くネットカフェで買うことにした。
 エアアジアの十月七日のバンコク行きのチケットを買うことにし、夜の十時半ころに二十四時間営業のネットカフェに入った。本当なら、深夜0時以降にやりたかったが、深夜に帰宅して近所に気を使ったり、年老いた母親を起こすのもはばかられたからだ。うまく済ませば十一時過ぎには帰れるかもしれない。

 このネットカフェは一年前にも何度か使用している。だからウイルスだけでなく、コンピュータの機能を不正使用するための窓口として、バックドアというものも開かれているだろう。自宅のパソコン同様にハッカーが外部からリモートアクセスして個々のPCを自由に操る体制が出来上がっているということだ。

 エアアジアのサイトを開いたその時点で邪魔してくるだろうか?すくなくとも前回はそうだった。ただ手早く済ませれば、何とかなるだろうと楽観していた。
 普段このブラウザは使わないのだが、ネットカフェではインターネットエクスプローラーしか使用できないので、気休めにしかならないが、インターネットオプションのセキュリティの項目を「高」にしてゆくなどの設定をしてからエアアジアのサイトに入った。

 バンコク行きの便を選択し、手荷物を二十キロ以下にして機内食や保険をいらないと選択し、搭乗者情報の入力画面まで来ると緊張しているのか、口の中が乾き何度もつばを飲みこんだ。
 入力画面が変わっていて、携帯電話の入力が求められる。これは想定外だった。母親が緊急時のために受信だけ可能な携帯電話を持っていてそれを借りて持ち歩いていた。だからその番号を入力することはできるが、電話は車の中だ。でたらめな番号でも入れておけばよかったのだが、いったん再起動を掛けて、駐車場に電話をとりに行った。

 また最初からやり直す。落ち着くために深呼吸するが緊張はどこかに残っている。首筋がいやに熱く感じられシャツを脱いでTシャツ一枚になった。同様にしてページを進み、最後のクレジット情報を打ち込み、ボタンをクリックする。

 処理が始まる。―少々お待ちください。ご予約中です。完了次第、旅程が表示されます、とクレジットが流れる。

成功か?エラーになった。英数字の混じったエラー表示がふたつも出ている。何のエラーかは当然わからない。もう一度クレジットカード情報を入れなおし、数字のひとつひとつを確認した後でクリックする。

 処理が始まり、再びエラー。無駄だとわかっていながらも三度繰り返した。エラーメッセージが出た画面をスクリーンショットに撮ったが印刷し忘れてシャットダウンしてしまった。再度立ち上げまた購入画面を進んでゆく。今度は支払い画面に行く前にエラーになった。

 エラー・108申し訳ございません。現在、お選びになったフライトを予約することができません。他のフライトをお選びください。

 そして下にフライト検索のボックスが出てくる。出発地、到着地など最小限の情報を入力するほとんどその入力部分のみの簡易検索ページだ。ところが出発地のドロップダウンメニューを開いてみても関西空港の名前が出てこない。このメニューに表示されないのだ。驚くほどのことではない。一度サーバに進入されてしまえばどんなことでも可能なのだ。

 クレジットカード番号の打ち間違いはありえない。エアアジアのサイトを開き携帯電話を取りに戻って再び入力し始めるまでに五分とかかっていないはずである。その間にハッカーはこのPCを特定した、と私は考える。
 これはパソコンのハイジャックによる妨害であると私自身は信じて疑わないが、もちろんエアアジアのネット決済によるエラーは時々起こる。しかしかくも多彩なエラーが出てくることは不自然だし、もしこの現象が何日も続き、試す場所を変えてパソコンを変えても同様の状況で、しかもエアアジア側がシステムエラーを認めていなければ、その可能性は十分にあると言うことができるだろう。

 もっと具体的で決定的な証左となる出来事も同時に起きることもある。例えばこれは後に体験することになるが、ネットカフェでクレジット決済がエラーになったときのエラーコードをスクリーンショットで撮り、それをデスクトップ上に保存した直後、私の使用していたPCだけがシャットダウンしてしまった。再起動をかけると、保存したはずのスクリーンショットが勝手に削除されていた。

 ただしこういうことはあくまで私の体験談に終始している。表示されるエラーコードは、セッションハイジャックという、決済プロセスの外部からの乗っ取りを示唆することも可能なこともあるが、たいていその原因は多岐にわたるから客観的な証拠としては役にたたないことが多い。

 ただひとつだけ確認せねばならないことがあった。一年前、この楽天カードによる決済が何度も妨害されたために、それ以降は長期にわたってログインすることはなかった。だからそのときにもしVISA デビッドのキャッシュ機能に制限をつける処理をしていたならば、その関係でエラーになったかもしれないが、今その記憶はない。ただこれはもう一度ログインして確認する以外にない。(これは後にログインして確認したが、キャッシュ機能に制限をつける処理はされていなかったし、もちろん航空券を購入するのに十分な残高もあった)

 店を出たとたんに不安になった。いままでこの楽天銀行のカードをたとえカード番号を知られていても、そのまま使い続けてこれたのは、購入する直前にその購入代金ほどの金額を入金した上で使いきり、絶えず残高を残さないように心がけてきたから可能だったのだ。新しいカードにしてもよかったがいずれにせよ今回のように実名やパスポートナンバーを打ち込まなければならない場合は、カードが新しくとも何の意味もないことになる。パソコンがウイルスに感染していれば、その新しいカードナンバーはすぐにばれてしまうのだ。

 しかし今回は航空券と他の買い物のために、すこしまとまった金を振り込んである。不正使用されれば金銭的な実害が出る。帰宅してからジャパンネット銀行のフリーダイヤルに電話して残高を確認しようとした。音声ガイダンスでパスワードの入力を求められたので入力すると、パスワードを変えた覚えはないのにエラーになってしまう。

 二十四時間対応しているカード紛失の係りに連絡を取ると、残高照会や出金の有無はWEB上でしか確認できないらしい。口座の入出金は登録メールで確認できると言われるが、もう何度もメールアドレスを変更しているため、すぐにアドレスを思い出すこともできない。何故ログインして確認しないのかと問われる。

「使用しているパソコンにウイルスが入り込んでいる可能性があるので・・・」

「他に使用できるパソコンはありませんか?会社のパソコンやスマートフォンでも可能ですが」

「ありません」

 できるわけがない。町中の、いやこの県すべてか、あるいはもっと大きなエリアでパソコンが感染しているのだ。どのパソコンからでも、一度ログインすればそのパスワードは相手に知られてしまう可能性がある。カード番号は知られても、サイトのログイン情報は知られたくはない。

 楽天銀行のログインIDとパスワードが勝手に変えられたのを最後に確認したのは半年以上前のことだが、そのままずっと手をつけずにいた。三週間ほど前にログインパスワードの再発行を頼んで、仮のパスワードがハガキで来ていたが、ログインできないためそのままにしてあった。
 とりあえずVISAデビッドの口座を停止することを勧められるが、停止すれば再開するためにはログインしなければならないので決心がつかなかった。結局ネットショップが二十四時間営業だったので明け方にもう一度やってみることにした。

 そのことには或る意味があった。

 一年半前、同じように何度やってもエラーになり購入できなかったことがあった。自宅のパソコンをあきらめてネットカフェをはしごして試し、公共施設のPCでやってみたり、最後に喫茶店で、無料で使用できるタブレットの画面から購入しようとして、やはり最終の決済画面でエラーになった。その店で三度試した後、水をもらいにカウンターへ行って席に戻ってくるとタブレットは勝手にログオフしていた。

 その日から数日間、苦痛に満ちた無駄な時間が流れた。そしてあるとき、ふと思いついて、すでに乗っ取られている自宅のノートパソコンを使って、明け方四時前に再びやってみた。妨害は無く無事に購入することができた。

 この時のいくつかの長いエラーメッセージは後で小野村に伝えた。しかし彼はチェックするといっておきながら何の返答もよこさなかった。エアアジアにもそれを送って問い合わせたがPCの推奨環境について答えてくるばかりでなんの足しにもならなかった。もちろんその何日かの間、エアアジアのサイトのシステム障害などはありはしない。
 明け方の時間に試すことにある意味が込められていた。それは或る事情により特別な時間であり得た。だからここでも同じことを考えたのである。

 午前五時前に再び同じ店に入ってサイトを開いた。

 しかし状況は変わらなかった。最後のエラーメッセージはシンプルで、BookingNotPaidInFullと出てきた。どうやらクレジットカードの不具合らしい。しかしそれはありえない。残高も含めて、使用した楽天のVISAデビッドカードに問題ないこともカスタマーセンターで確認している。最後にでたらめな名前とクレジット番号カードを打ち込んでみると、クレジット番号が画面上でエラーとなったとたんにフリーズして動かなくなってしまった。

 少なからず期待感はあった。夜更かしの好きなあの男もこの時間帯までは起きてはいないだろうという期待だった。そこには時差がすこしある。だから早起きしてくる時間帯でもないはずだ。妨害するものが確実に寝ているときを見計らったのだ。
 私はこの嫌がらせ行為をつづけているハッカーの職業も、働いている会社も、そしてその顔も知っている。

 あの男とは短い間だったが、ビジネスを通した交流があった。6年ちかく前の話だ。その男はこの町から南西に三千百二十キロメートル離れた場所にいながら、毎日のように嫌がらせを繰り返し、そして私の住所や電話番号、生年月日といった基本的な個人情報と、どの程度かは定かではないが、私の趣味思考や行動、あるいは身体的な不具合もまた確実につかんでいる。今なら多分、この先の行動をさえ、ある程度予測することもできるだろう。


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