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『頑張りました』の違和感を掘り下げてみた。


noteが消えた。8割がた書けていたnoteが消えた。私の睡魔も消えた。

誰がうまいこと言えと、と自分にツッコミながらInstagramを開くと、また、目に入ったこの言葉。

「よく頑張りました」

この違和感、私だけかな?同じひと、いるかな?


『頑張る』とは、

辞書で『頑張る』を調べると、このように書かれています。

1 困難にめげないで我慢してやり抜く。

2 自分の考え・意志をどこまでも通そうとする。我 (が) を張る。

3 ある場所を占めて動かないでいる。

(デジタル大辞泉 より)

一般的に『頑張る』というと、ひとつめの『困難にめげないで我慢してやり抜く』ことを示すのではないでしょうか。

もちろん、本来の意味とは少し違うニュアンスで使う場面も多くあります。例えば「私はトレーナーとしての技術向上のために、愛犬とのトレーニングを頑張っています」。この『頑張る』は、自ら望んで行っている行動であり、能動的で前向きなものですよね。

わたしが『頑張りました』に違和感を感じる時。それは、本来の意味通りに「困難にめげずに我慢してやり抜く」様子が、いま説明したような前向きな『頑張りました』として書かれている時です。

もちろん、全てそうだというわけではありません。また、本来の意味として『頑張る』が使われているのだろうという時もあります。

ということで、今日は本来の意味の『頑張る』について、皆さんにも一度いっしょに考えてみてほしいな、と思います。

本来の意味の『頑張る』は「困難にめげずに我慢してやり抜く」こと、でしたよね。

あれ?

私たちって、犬に“困難なこと”をやらせたいんだっけ?“我慢”したことを褒めたいんだっけ?いま、“やり抜く”のは、いったい誰のためだっけ?


トレーニングでは、

犬が『頑張る』必要はありません。

トレーニングをするかどうかを決めるのは犬たちです。私たちではありません。犬たちが「やりたくない」をいえる環境で「やりたいな♪」という気持ちがあって初めて、トレーニングを楽しむことができます。

でも、「やりたいな♪」となるのはいつ?待ってるだけで「やりたいな♪」となるわけなくない?と思いますよね。

そこで、私たちは“困難なこと”を易しいことに分解します。“我慢”する必要すらない、“やり抜く”ほどでもない、易しいこと。

そして、その”易しいこと”が出来たときに、きちんと報酬を与えます。そうすると、”易しいこと”が、もっと易しいことになったり、やりたいことになっていきます。

このように”困難なこと”までの小さな積み重ねの道筋をつくります。それが、トレーニングプランです。ひとつずつ積み重ねて、”困難なこと”に辿り着いた時、”困難なこと”は、それほど困難ではないことになっているはずです。そうなるような道筋をつくります。

もちろん、プランは最初に作って終わりではなく、適宜修正しながら進めます。また、取り組むことだけがトレーニングではありません。「やりたいな♪」と思えるような環境を整えることを、まず第一に考えます。

もう一度言います。トレーニングでは、犬が『頑張る』必要はありません。


とはいえ、現実は。

『頑張る』が必要な場面って、どうしてもあると思います。特にサロンでのトリミングや、病院での診察や治療といった場面。当然です。だって、みんなトリミングサロンや動物病院にトレーニングをしに行っているわけじゃない。キレイになるとか、病気の予防や治療をするとか、別の目的があって行くんやもん。(犬が行きたいと思っているかどうかはさておき。)

だから、私が伝えたいのは「頑張らせることは絶対ダメ」ということではありません。

だって、トリマーさんや動物病院のスタッフさん、獣医さん、それぞれの分野のプロのひとが思う「これは頑張らせないといけない」「頑張ってでもやらないといけない」という線引きは、私にはできないから。

「今日ブラッシングしないと、取り返しのつかないもつれが大量にできてしまう」とか「とっても嫌がるけれど、絶対この場所に注射しないといけない」とか。逆に、「これくらいは大丈夫」とかも。たぶん、きっと、そうだろうな…と思うことはあっても、それぞれの分野のプロであるトリマーさんや獣医師さんと同じ感覚で、トレーナーである私がその分野の線を引くことはしないと決めています。

もちろん、知ろうとしないのとは違う。知りたいし学びたい気持ちはある。だけど、私はまだまだトレーニングを学ばないといけない。トレーナーという、『頑張らせない』立場での線引きを誤らないために。

ひとりで、複数の面からの『頑張る/頑張らない』を判断できるようになることを目指すひとは、とてもすごいなあと思います。本当にすごい。とってもすごい。でも、みんながみんな、それを目指す必要はないんじゃないかな、と思います。

それぞれのプロが、それぞれの立場の知識と技術を持ち寄って、いぬの今とこれからの「頑張らざるをえない」負担をいかに小さくできるかを考えること。お互いの知識や技術を信頼して一緒に取り組むこと。

もちろん、円滑に進めるために、お互いの分野に関する知識はある程度必要だし、共通認識は多い方がいい。その上で、のお話にはなるけれど、

もっと頼って。そして、頼らせて。


ひとりで複数の面からの『頑張る/頑張らない』を判断できるようになることを目指すひとも同じだと思います。いや、むしろその人たちにこそ伝えたい。

例えば、トリミングをする立場の自分と、トレーニングをする立場の自分。どちらも自分自身だからこそ、遠慮なくぶつかり合って責めてしまうのだろうなと思うけど、相手が自分じゃなかったら、そんなに責めないはず。どうすれば良いか、意見を言って、意見を聞いて、相談しながら取り組むはず。どうか、自分を責めないで、自分を頼ってほしいなと思っています。


人間の『頑張る』も、

本当は必要ないんじゃないかなあと思っています。犬だけでなく、飼い主さんにも、動物業界の仲間たちにも『頑張らせる』ことはしたくないなあと思っています。

『頑張る』必要のない、『困難にめげないで我慢してやり抜く』必要のない毎日を送ってほしいし、送れるようにサポートしたい。

だって、わたし、頑張りたくないもん。(笑)

困難なことなんてやりたくない。我慢なんてしたくない。やり抜くことが難しいときは、ちょっと休憩したい。

それに、頑張らなくても、我慢しなくても『困難なことをやり抜く』ことができるということを、わたしは知っています。

知った以上は………ねぇ?

せめて、わたしの声が届いたひとと犬には、頑張らなくてもいい世界で暮らしてほしいなあと思っています。


きれいごとに聞こえるかもしれません。だって、きれいごとに聞こえてしまうくらい、人間の世界は『頑張る』ことが当たり前。そして、きっとそれはなかなか変えられない。だったら、せめてわたしと一緒のときくらいは『頑張らない』でいてほしいなあ、と思います。

それに。

人間の世界は、変えることは難しいけれど、いま目の前にいる犬の世界は、飼い主さんをはじめとした、その子に関わる人間次第でいくらでも変えることができます。私たちは、私たちが手に入れることが難しい『頑張らなくていい』世界を、犬たちに与えることができます。


一緒に、考えてみませんか?

犬が『頑張る』ものの中で、本当に、いま、『頑張らないといけない』ものがどれだけあるのか。

『頑張らせる』前に、少しでも『頑張らなくていい』方法はないか。

いま『頑張らざるをえなかった』ことを、次『頑張らなくてもいい』ようになるために、私たちに何ができるか。

一緒に、考えてみませんか?

一緒に、考えてくれませんか?



『頑張る』という言葉は、とても便利です。「頑張れ!」の一言で、もうひと踏ん張りできることもあります。使うことが悪いと言いたいのでもなければ、その使い方は間違っている!と言いたいのでもありません。

『頑張りました』と言った時、書いた時。この文章のことを少しでも思い出してもらえたら、『頑張りました』を振り返ってもらえたら、嬉しいなと思います。

もちろん、頑張らないでもいい範囲で、無理せずに。


長い文章を読んでくださり、ありがとうございました。


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こちらは、『頑張る』とは無縁な愛犬。


ドッグトレーニングWhoopie タカシマヒカリ

















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