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日本初のデフリンピック、手話国際化の好機 東京2025、国境を越えるろう者の交流

本記事はNikkei Asiaに掲載されていた英語の記事を日本のろう者らの方々のために和訳したものです。


(東京)パリで開かれたオリンピック・パラリンピックが終わり、世界中のオリンピックファンは2028年のロサンゼルスオリンピックに思いを馳せていることだろう。しかし、その内のどれくらいの人が来年東京で開かれるろう者・難聴者の五輪、デフリンピックのことを知っているだろうか?
 正式名称は「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」。100年の歴史を持つデフリンピック史上初めて日本で開催される。2025年11月に12日間の日程で、バドミントン、柔道、水泳、卓球など21競技に、世界70~80の国と地域から約3000人の選手が参加する予定だ。
 デフリンピックの第一回大会は1924年にフランスで開催された。全日本ろうあ連盟によると、国際パラリンピック委員会が設立された1989年にはろう者も同大会に参加していたが、「デフリンピックの独創性を追求するため」1995年に分裂した。
 パラリンピックはテレビでも放送されるようになり、知名度が高まった一方、デフリンピックの知名度はまだ低い。前回の大会は2022年にブラジルのカシアス・ド・スールで開催された。
 世界で7000万人、日本で44万人いるとみられるろう者の人たちは2025年の大会に向けて期待を膨らませている。

国際手話(ISL)を学ぶ人たちが増加

「海外の選手やスタッフと国際手話(International Sign Language, ISL)を使ってコミュニケーションを取りたい」と、河内健治さん(59)は語った。国際手話は手話の世界では共通語とされており、デフリンピックでも使われている。ろう者の河内さんは東京・世田谷の手話サークル「たんぽぽ」のメンバーだ。
 この2年間、たんぽぽではメンバーが国際手話を学ぶのを支援するため、毎月講座を開催してきた。たんぽぽのメンバーで聴者の村山はるかさんは「メンバーのほとんどは日本手話(Japanese Sign Language, JSL)は知っているが、国際手話についてはあまり知らない。先生はいないが、お互いに教え合い、外国人とコミュニケーションを取ることを夢見ている」と語った。

手話は国同士の歴史的なつながりと関係があると言われている

手話は国によって様々で、日本手話と国際手話はかなり異なる。発声言語における英語と同じように、手話の国際交流ではアメリカ手話(American Sign Language, ASL)が事実上の標準となってきた。「しかし近年、国際手話とアメリカ手話は(国際的共通語として)トップの座を競いつつある」と、東京の聾学校である明晴学園の教員で、日本手話の研究者でもある岡典栄さんは話す。

手話の国際コミュニケーションは発声言語より容易?

 手話は語源のイメージに基づいたジェスチャーであることが多い。例えば、「食べる」は日本手話では箸で食べる様子を表しているが、欧米諸国の手話の多くではパンを食べる様子を表す。手話では目、眉、口、表情など手以外の部位を使うNM(Non Manual)表現と呼ばれる手法で、意味やニュアンスを伝えることが多く、「お互いの手話を知らない外国人のろう者同士でも、ある程度の意思疎通ができる」(岡さん)。

たんぽぽの仲間に国際手話を教える河内健治さん(小林健撮影)

デンマークろう連盟の研究によると、手話は植民地、政治・経済的つながりなど国同士の歴史と関連し、類似性がある。東南アジアでは多くの手話がアメリカ手話の影響を受けているという。

ラオスの首都、ビエンチャンで喫茶店を経営するろう者の池田ますみさんは「アメリカ手話はタイ手話に大きな影響を与え、(経済的にもつながりが強く、発声言語も似ている)タイはラオス手話にも影響を与えた。ラオス手話の30%はアメリカ手話だと思う」と話した。彼女はアメリカ手話、国際手話、ラオス手話の3つの外国手話を理解でき、外国人と簡単にコミュニケーションをとることができる。

ろう者の日本人大学生、宮本蒼太さん(20)は3月に一人でラオスを訪れ、地元のろう者コミュニティの人々と交流した。「私はアメリカ手話を勉強していて、ラオス手話との類似点が多いことに気づいたので、コミュニケーションをとることができた」と話す。「わからない言葉はラオス人に聞いて、1週間の滞在が終わる頃にはラオス手話で日常会話ができるようになった」という。

3月にラオスに単身で渡航した宮本蒼太さん(左)はビエンチャンの聾学校を訪問し、ラオス手話でコミュニケーションをとった(写真提供:池田ますみさん)

デフリンピック東京2025は、デジタル技術の進展によって容易になったろう者のコミュニケーションを海外にも広げるきっかけとなるかもしれない。

言語と認められてこなかった手話

 「ろう者は聴者に比べて入手できる情報が少なくなる傾向があります。しかし、スマートフォン、パソコン、インターネットの普及により、国内でも海外でもコミュニケーションが容易になってきた。ITインフラの発達に加え、共通言語である国際手話が普及すれば、ろう者の国際化は大きく前進することになるでしょう」とアジア経済研究所の森壮也主任研究員は語る。

近年、ソーシャルメディアやZoomなどの視覚的なコミュニケーションツールの台頭により、ろう者は国内外でコミュニケーションをとることが容易になった。

デンマークとベトナムに留学したことがあるろう者の女優でパフォーマーの那須映里さんは、インスタグラムでフォロワーとコミュニケーションをとっており、海外から頻繁にメッセージを受け取る。那須さんがインスタグラムにアップしているパフォーマンスは海外でも高く評価されており、今年5月には米国のイベントに招待された。
「パフォーマーにとって国境はあまり関係ないし、ろう者同士のコミュニケーションは聞こえる人が想像するほど難しくないと思います」と那須さんは話す。

手話が言語として正式に認められたのはごく最近のことだ。日本では2011年、ドイツでは2002年、フランスでは2005年、英国では2022年にようやく認められた。国際手話も厳密にいうと、「言語」としては認定されていない。

「手話が言語であると認識している人はまだ多くありません。手話の認知度を高め、使う人を増やすことが優先課題です」と、ろう者の女優で立教大学日本手話兼任講師の佐沢静枝さんは言う。


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