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誰にも知られませんように

アルバイト後に開くインスタグラムは、天井が虹の輪っかで埋まっている。私は人差し指で、何の意味もなくほぼ無意識に素早く一度下にスクロールする。
若干並びが変わったストーリーズに、自らの関心度が顕れて少し嫌になった。

みんな、キラキラしている。
スタバの新作、彼氏の後ろ姿とイルミネーション、
映画のチケットを寄せ合っている様子。どんどん画面の右側をタップする。お菓子をくれた子をメンションして「ありがとう🥺」と載せているストーリーが最後だった。

溢れそうになった小さな溜息を飲み込んだ。
ため息に呑まれないように。
同時に、目頭が熱くなって鼻がツンと痛んだ。
みんな、充実しているように見える。
切り取られている。
切り捨てられた部分は、どこにあるのだろう。
どんなものがどんな基準で切り捨てられたのだろう。
載せられないもの。載せたくないもの。
載せる価値のないもの。
かなしくて、かなしくて涙が溢れてきた。

無性に悲しくなる時がある。
炎上しているYouTubeのコメント欄は、ひどく熱と棘を持っている。Twitterのリプ欄での争い、ニュース記事のコメント欄。小さな文字が羅列されたストーリーズでの愚痴。
息苦しくなって、深呼吸をした。

こんな風になったとき、私はいつも思い出す。
自分と同じように何も言わない、残さない選択をしている人もいることを。
文字に残している人達が全てではないと。そんな当たり前のことに私はいつも救われてきた。
コメントしていないからって、何も考えてない訳じゃないの。
思考して、咀嚼しているけれど「書かない」選択をしただけの人だってきっといるはずだ。何も言わないけれど、無言のコメントを残している人のことを思うと少しだけ楽になった。

鼻を啜ったとほぼ同じタイミングで、スマホから愉快な通知音が鳴った。


『僕も』


友達以上、恋人未満の彼だった。
お互いきっと両思いなのに、告白には至らずそわそわしている一番楽しい時期。
一瞬固まって、必死にそれまでの会話を思い出す。
ええと、たしか、あぁそうだ。
あの駅から最近できたカフェまではバスを使わずに徒歩でも行けるって話だっけ。徒歩の方が楽しいから、歩いて行きたいという旨のメッセージを送ったのだ。

彼は知らないまま生きていくんだなあと思った。
自分の通知が偶然私を違う形で肯定して救ったことも、
私がいま泣いていることも、ちょうど鼻を啜ったことも。

『あとさ、インスタ映えするカフェだけどインスタには載せないね』

また通知が降ってきた。彼が追ってメッセージを送ってくるのは珍しい。
私と行くカフェは、載せる価値のないものなのかも。そう感じたのを見透かしたかのように、また一件の通知が鳴った。一度に三件も。珍しい。霰でも降るのだろうか。

『インスタに載せるために、君とカフェに行くわけじゃないから』

スマホをぎゅっと握る。鼓動がわかりやすく早くなる。
頬が熱くなる。「じゃあなんのためなの」
分かっているけど、聞きたかった。
この熱は、ドキドキは、きっと何かに載せて誰かに見られたら温度を無くしてしまう。
誰にも知られなくて良い。私とあなただけが知っていれば良い。私は今、誰も知らないところで、誰よりも輝いている。

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