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奇々怪段

階段がある。人一人通れるのがやっとというくらいの窮屈なこの階段を私は見下ろしている。自然と足が動いて階段を降りていくけれどいつまで経っても終わりが見えないどころか先の方は真っ暗。降りた先に何が待っているのかという好奇心に煽られ、降りてみることにした。


10分ほど降り続けただろうか。どこにも辿り着かないことへの不安で引き返そうかと思い出したそのとき、突然遠くの方から「タンタンタン」と誰かが階段を昇ってくるような音が聞こえた。「タンタンタンタン」どんどん音が近づいてきていることだけは確かだがそれが何なのかはわからない。「タンタンタンタンタン」徐々にその音の間隔は小さくなりそのナニカがスピードをあげてこちらへ向かっているという恐怖で背筋が凍りついた。好奇心はとっくのとうに消え失せ、恐怖と焦りで顔を青白くした私は目の前の暗がりから逃げるように後ろへと体を向き直した。違った。まずい。音が反響していて気づかなかった。音の方向は目の前の暗がりではなく私の後ろから聞こえていたのだった。ボタンを一番上まで留めた青シャツと赤いジーンズという異様なほど派手な服装で、女性のボブヘアくらいまで伸ばした金髪を振り乱しながらその男はまるで壊れた操り人形のような悍ましい動きで迫ってくる。男を見た瞬間反射的に後ろへと向き直り、暗がりの方へと私は必死の思いで階段を駆け下りた。一段飛ばしでもして少しでも早くあいつから離れたいのになぜかうまく足が動かない。焦る苛立った気持ちから大声を出そうとしても声も出ない。どうもおかしい。この違和感を私は経験したことがある。男が「ゴッホ…ピ…カソ…」と呻きながら迫ってくる。理解不能である。何を言っているのか。なんだこの違和感は。そこで私はようやくその違和感の正体がわかった。ああ、そうだったのか。これは夢だ。よく見たらあの後ろから迫るあいつは昨日の夜観たお笑い番組に出ていた永野じゃないか。そうとわかればどうってことない。後ろから近づいてくる永野が「オ…ハ…ラレ…イ」などと訳の分からないことを発しているがそんなのどうでもいい。自分の夢の馬鹿馬鹿しさに付き合いきれなくなって目を覚ますことにした。


見慣れた天井。窓の外はまだ暗い。悪夢を見て相当脂汗をかかされたのか喉が渇く。水を飲みにリビングへ行こうとドアを開けた。階段がある。人一人通れるのがやっとというくらいの窮屈なこの階段を私は見下ろしている。部屋の外には廊下が続いているはずなのにおかしい。困惑している私の耳元で聞き覚えのある声が囁いた。「お前は逃げられない。」私はその声から逃げるように階段を降り始めた。

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