見出し画像

【書評】『弱者男性1500万人時代』(トイアンナ:扶桑社新書)

必要なのは、弱者男性の「通訳」


私は男性の立場で、風俗の世界で孤立・困窮している女性の支援を行っている。女性支援の世界は、支援者のほぼ100%が女性によって占められている世界である。講演や研修、行政の委員会などの場では、参加者の中で私のみが男性、という、紅一点ならぬ「黒一点」状態になることが多い。

そうした中で、同じ男性として以前から気になっていたのが、弱者男性の問題である。困難を抱えた女性の背景には、多くの場合、同じように困難を抱えた男性の存在があることが少なくない。暴力を振るう父親、DV夫、ギャンブル依存の彼氏、法律のグレーゾーンで生きるホストやスカウトなど、男性側にも法律・医療・福祉の視点から支援が必要な人たちがたくさんいる。

しかし、女性支援の世界では、そうした男性は「加害者」というカテゴリーで括られておしまい、になってしまいがちだ。確かに、支援者から見れば、女性を苦しめ、身体的・精神的・経済的に支配しようとする男性は「加害者」にしか見えない。

一方で、当事者の女性は、必ずしも彼らを「加害者」とは思っていない。共依存的な関係になっていることも含めて、愛憎入り交じった複雑な感情を抱いていることも多い。「加害者」と別れさせれば解決、ということにもならない。場合によっては、女性側が加害者や共犯者になっていることもある。

つまり、女性支援を行うためには、女性の背後に隠れている男性側の問題=男性側の弱者性や被害者性もきちんと認識しないといけない。それを怠って、ただ「男性=加害者」というレッテルを貼っても、問題の解決にはつながらない。

2023年にホストの売掛問題が社会問題化した際、たくさんのメディアから取材を受けた。その中で、「ホストの男性は、風俗で働く女性と同じ、あるいはそれ以上に過酷な生育歴の人が多い。売掛問題の背景に、そうした男性側の問題があることは間違いないので、そこにも焦点を当ててほしい」と話したが、記事として使われることはなかった。

本書『弱者男性1500万人時代』は、弱者男性の置かれている現状を丁寧に描き出し、誤解や偏見を除去した上で、必要な支援策を提示している。かつてない白眉の一冊と言えるだろう。

著者が主張していることは、「弱者男性は、その他の社会的弱者と同様、もしくはそれ以上に深刻な状況に追い込まれているにも関わらず、十分な理解と支援がない」「それゆえに、社会的な支援が必要」という、ごく当たり前のことだ。

しかし、文中で詳細に分析されている通り、弱者男性の窮状を社会に発信する上では、多くの無理解と無関心の壁が立ちはだかっている。

社会的な差別や偏見がある中で、SNS等で真正面から弱者男性を問題化するのが悪手であることは間違いない。だとすれば、既存の支援や現場と絡めて発信する、という戦略が有効なのではないだろうか。前述したように、「女性支援をきちんと行うためには、女性の背景にある男性の問題を理解する必要がある」といった具合に。

そして、「男性が発信しない」という点も重要だろう。弱者男性の問題を弱者男性自身が発信しても、世間はまず振り向かない。ジェンダーの異なる女性が発信することで、世間を振り向かせることができる。もちろん、それ自体が問題のある性差別的な構造であるとも言えるが、現状の差別を覆すためには、そうした構造を逆手に取って利用することも必要だろう。

女性支援の世界で「黒一点」として奮闘している人間の一人として、SNSでのコップの嵐を超えて、ようやく世間の注目が集まり始めた男性支援の世界で「紅一点」として奮闘する著者には、非常に親近感を覚える。

著者のような頼もしい「通訳」を得られたことは、弱者男性の問題を社会課題にしていく上での大きな第一歩になるはずだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?