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数値化する思い出

0800am・起床 
何も予定のない休日が始まる。 

顔を洗い、歯磨きをすると不意に香る歯磨き粉のミント味に初恋を思い出す。 初めてのデートの朝、無駄に早起きして死ぬほど歯を磨いた。 

…ふと、動きを止めて鏡に目をやると歯ブラシをくわえたなんの期待も膨らませてない今の自分。 
鏡におもむろに書いた数字は「2」 

初恋の相手が放課後に渡してくれた手紙、そこに書いてあった待ち合わせの時間。 

……(そして僕は遅刻した) 


1200am 
いつものレストランでランチ。 
前菜のミニピザを見てピザソースに安心する。 

子供の頃に珍しく母と二人で行ったレストラン、頼んだのはチーズピザ。ピザは赤いものだと思っていた僕は母がトイレに行っている間にテーブルにあった赤い液体の入ったビンを白いピザにかけ赤く染めた。一滴ずつしか出ない赤い液体にイラつきながら。そして口いっぱいにほおばったら今まで経験したことのない痛みが口の中に広がり涙が出た。辛いという感覚も知らない歳、痛くて涙を流すしかなかった。トイレから帰ってきた母は涙を流す僕を見てなぜか涙を流した。 
「そうだね、お家に帰ろうね。」 
母は泣きながら言った。そして指輪を手にはめた。 

…前菜を食べ終えテーブルに零れた水をなぞって書いたのは「7」 
炭酸飲料禁止という母があの時初めて「好きなの頼みなさい」と言ってくれて好奇心で注文した7UP。 

……(だけど僕は飲みきれなかった) 


0300pm 
あてもなくヨドバシカメラへ。おもちゃコーナーで見つけた「BIG 1ガム」の復刻。お菓子に小さなプラモデルがついている製品だ。 
母の実家に遊びに行くと必ず祖母がオマケ付きのお菓子を用意してくれた。笑顔が素敵な祖母。僕のお気に入りはBIG1ガム。箱には小窓がありそこから見える番号で中身が何かわかる。 
祖母がその日にくれた番号は2番…ブルドーザー。あんまり嬉しくない。そんな僕の表情に気付いた祖母は、 
「はっちゃんどないしたん?またお腹痛いん?」 
僕は祖母の優しさに甘え 
「ホンマは3番のステルス戦闘機が欲しかってん」 
と祖母に言う。祖母は 
「堪忍なぁ、おばあちゃん中身がわかるなんて知らへんかったわ」 
その本当に申し訳なさそうな祖母の顔をみて子供ながらに悪い事を言ったものだと。 
「でもこれも欲しかったんや!」 
僕は満面の作り笑いをする。 

祖母はそれから何ヶ月もしないうちに体調を崩して入院した。祖母の家に荷物を取りに行った時に、冷蔵庫に貼ってあった何枚ものメモ書きの中に祖母の買い物リストを発見した。 

「はっちゃん びっくりガム 三番 ステテコ戦闘機」 

そのあまりに間違えだらけのメモ書きに笑い転げた。でももうおばあちゃんは買い物にも行けないんだと気付き、すぐに悲しくなって泣いてしまう。 

…ケータイの新規作成メールの件名に「3」と入力、保存。 

……(僕はステルス戦闘機を手に入れることはついになかった) 


0800pm 
行きつけのワイン・バーへ。グラスの飲み口を指で弾くアイツの癖を真似てみる。 
「音でグラスの善し悪しがわかるんだよ」 
わかってもいないくせに当時ハタチのアイツは言う。 
「NATO弾も最近わかるようになったぜ」 
なおさらわからんくせに。 
「なぁ、俺と組んだからお前はレンジャー修了できたんだぜ、俺がいなきゃお前は落第だった」 
確かに最終行程の夜間パラシュート降下で着地をしくった俺は足を痛め最後のハイポート(16kmフル装備ランニング)で肩を借り、装備を少し持ってもらった。 
「でもお前がいなくても俺はちょっとだけしんどかったかもな」 
珍しくアイツがそう言った。 
「…本当に辞めちまうのかよ。パイロットなんて自衛隊辞めて本当になれんのかよ、夢見すぎじゃねぇか?」 
アイツなりに心配してくれてた。 
「また組もうぜ!そん時はお前が操縦するヘリから俺がFF(自由降下)で降りるからよ。」 
アイツはそんな日を想い描いていたのか、そんな事も忘れていたのかはわからない。 
ただ地面に激突するまでの90秒の中で、一度は目にしただろうあの腕時計を。少しは俺の事も思い出す時間があったか?お前がくれたナイフ、俺があげたG-Shock。気持ち悪くも外出禁止のクリスマスに交換した時のもの。 

…カウンターになぞる数字は「1」 

「『赤の1』が俺のラッキーナンバー、降下訓練の時の訓練生番号だ。お前の『黄の13』は不吉だよなぁ、早死にするんじゃね?」 
顔面が白く、縫い跡がある頬骨が少し膨らんでいて、部分的に薄いオレンジ色に変色している死に顔を眺めた時に思い出したアイツの言葉。 

……(バカヤロウ) 


「2」と「7」と「3」と「1」

これらの数字、未だ明確な意味は見出せない。

わかっている事はふとした瞬間にこの数字達を目にした時、それぞれの思い出達が波のように覆い被さる。

そして僕は顔を枕に埋める。

……(意味などない、今ここに僕がいるのだから)




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