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俳句の鑑賞《55》


手相見のマスクの声のわが未来

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.116

季語:マスク(三冬・生活)

花粉症やコロナ禍という病を経験している現代は、マスクというものに季節感がなくなってしまいましたが、ひと昔前は、主として、風邪ひきの人、がつけるものでした。

そんな風邪ひきの手相見に、手相を見てもらった作者。決して聞き取りやすい声ではなかったはず。しかも、口元が見えない、というのは少々不安を伴います。
語られた未来が、仮に良い方向であったにしても、何やら不穏。でも、ちょっと滑稽味を感じてしまうのは、私だけでしょうか。


討入りの日のマフラーを背にながす

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.117

季語:マフラー(三冬・生活)

討入の日、即ち、並々ならぬ思いで何かに立ち向かわねばならない日、作者は、首に巻いたマフラーを勢いよく、背にながすのです。その仕草や、背に垂れたマフラーの景がよく見えます。
そして、私は作者の、沖群青外套の胸開けて立つ、の御句と似たような覚悟を感じました。

すくと背筋を伸ばし、しっかりと前を見つめて、戦場に向かったに違いありません。きっと、良き結果を得られたことでしょう。


鏡餅開くや夜の水平線

津川絵理子句集「夜の水平線」P.130

季語:鏡餅(新年・生活)

句集のタイトルにもなっている「夜の水平線」。どのような時に、「夜の水平線」を眺めたのだろう、と句集を手にとったときから思っておりましたが、ここに答えがありました。

鏡餅を開く、新年一月十一日、作者は、その夜に水平線を眺めていたのです。
暗い海、そして、暗い空、もしかしたら、水平線上には船の灯りがあり、その境目を作っていたのかもしれません。
「鏡開き」という毎年繰り返される日常の生活と、「夜の水平線」を眺めるという、独りの時間。忙しい日々の生活の中でも、しっかりと自分を見つめている作者、が感じられます。

「夜の水平線」の装丁は、以下のとおり。

濃紺の表紙と、型押しのあっさりとしたカバー
扉絵の少し灰がかった水色の不規則な線

その時の、海の色、空の色は、もしかしたら、濃紺だったのかもしれないと、カバーを外してみて思った私でした。


白鳥の大きな翼月に反る

津川絵理子句集「夜の水平線」P.131

季語:白鳥(晩冬・動物)

白鳥、間近に見ると、思った以上に大きく迫力があります。イメージどおり美しくもあり、案外気が強く、負けず嫌いであったり。

大きな翼をゆうゆうと伸ばし、羽ばたく様子は、飛び立つときであれ、宙であれ華麗。そんな翼を、冬の引き締まった空気と月明りのなかに見た作者は、さぞかし魅せられたことでありましょう。


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「南風」村上主宰と津川顧問句集の「俳句鑑賞」の経緯はこちらの記事に。
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