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俳句の鑑賞《53》


月の夜の猫に間合ひをはかられし

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.112

季語:月夜(三秋・天文)

何の間合いをはかられたのかな、と思った途端、夏目漱石の「月が綺麗ですね」の訳が思い出されました。

恋する人に告白をしようとした青年、意を決して、それこそ、「今日の月は綺麗だね」を口にしてみれば、二人の前にひょいと猫が現れます。そして、猫はちらりと二人を見て、しらっと歩いて行きました。青年は、その日の告白をあきらめたかもしれません。

読み手それぞれに小さな物語が紡がれる、そんな月夜の句です。


湖のもの食うて夜長の湖の町

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.113

季語:夜長(仲秋・時候)

観光客として湖を訪れ、釣りをし、釣った魚を料理して食している景、というよりは、もともとその湖で獲れるもの(魚や貝など)で生業をたてている人が、その日の収穫物の一部を仲間と食しつつ、今日のこと、昨日のこと、明日のこと、などなどあれこれとたわいも無い話をしている景が浮かんでまいりました。

「うみのものくうてよながのうみのまち」音も非常に心地よく、普通のことを普通に詠んで、読む。そこに、居心地の良さを感じつつ、いかに「普通」が大切で、実は、難しいことでもある、を再認識させてもらえる句のように感じもいたします。


凍雲ゆくジムの鏡に構へをり

津川絵理子句集「夜の水平線」P.124

季語:凍雲(三冬・天文)

ふと、津川顧問の、雲の峰サンドバックに音溜まり、の御句を思い出しました。

いつもの手順で、いつもの鏡の前でジャブの構えをしてみれば、鏡に映った自分の姿の後ろに、ジムの大きな窓の向こうに凍雲が流れているのが見えたのです。
夏には、夏らしい雲の峰、そして、冬になった今は、凍雲。身体を鍛えつつも、季節の変化をしっかりと感じている作者なのであります。


人を待つコートの中の腕まつすぐ

津川絵理子句集「夜の水平線」P.125

季語:コート(三冬・生活)

街中でしょうか、駅でしょうか、冬、しっかりとコートを着て人を待っている作者。コートの袖の中の腕は、まっすぐ、なのです。
恐らく作者は、かなり緊張しているのでしょう。
待ち合わせの相手は誰なのか、どんな立場の人なのか、何か特別なことが控えているのか。様々な憶測が自然と湧き出します。

描写だけで、これほどまでに想像を掻き立たせる十七音、つい、わくわくしてしまいます。


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「南風」村上主宰と津川顧問句集の「俳句鑑賞」の経緯はこちらの記事に。
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