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俳句の鑑賞㊴


切株は木もれ日の的山開き

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.78

季語:山開き(晩夏・生活)

切株、個人的に非常に好きです。
そこに切株がある理由(切らねばならなかった理由)を考察したり、切株の様子(新旧、大きさ、面の状態など)を観察したりすることで、自分のなかで物語が生まれるからです。

この切株は、恐らくかなり平らで、表面積も広いもの(かつては大きな樹だったに違いありません)。だからこそ、周りの樹々の木漏れ日の「的」になれるのだと思います。まるで、舞台のようでもあります。
季語は、「山開き」。長い冬・雪の季節が終わり、限られた期間、山々に人々がやってきます。もちろん、鳥や動物たちも。植物の営みも活発で、全てに生命が宿っている景であります。


真清水にたくさんの手の記憶あり

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.78

季語:真清水(三夏・地理)

真清水、清らかな山からの恵みの水。動物も人もその水を飲んだり、手足を浸したりします。
山頂付近から、山腹、裾野まで長い道のりを経て、川に流れ込むまでの間に、どれだけの生き物がその恩恵を受けたことでしょう。「たくさんの手の記憶あり」の措辞に、多くの生き物の命すらも感じることができます。


一行の一語の一字冬に入る

津川絵理子句集「夜の水平線」P.91

季語:冬に入る(初冬・時候)

目で見たときの「一」の文字のリフレイン、声に出しての「いちぎょうのいちごのいちじ」に含まれる「いち」のリフレイン、が共にとても小気味よく、読んでいる本の字面を発端として、紙、本、支えている指、手、椅子、部屋、と次々に立冬の空気感が広がっていくように思いました。


手相図の線みな太し冬あたたか

津川絵理子句集「夜の水平線」P.91

季語:冬あたたか(三冬・時候)

自分自身の手相ではなく、「手相図」というところに面白味をとても感じました。
確かに、手相図の線は太いです!(場合によっては色もついていそう)
冬あたたか、気持ちもあたたかになることができます。


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「南風」村上主宰と津川顧問句集の「俳句鑑賞」の経緯はこちらの記事に。
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