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俳句の鑑賞《65》


薔薇の芽や昼もどこかで星とんで

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.138

季語:薔薇の芽(初春・植物)

薔薇の芽

冬の時期の薔薇は、葉を落とした枝ばかりになったものが多く、とてもさみし気。
ですが、少し暖かくなると、そのような枝に顔を出すのが、赤い小さな「薔薇の芽」。意識しなければなかなか目にも入らない、小さな芽ですが、そこには健気な、新しい命があります。

そのような小さな命を見つけた作者、しばし見つめたのちに、ふと視線を移し、空を見つめます。そして、あの明るい空にも、今は見えないたくさんの星々がいること、に気づきます。夜と同じく、星も流れとんでいることでしょう。

「昼もどこかで星とんで」、まるで童謡のような、優しくて、わくわくするような措辞。春のはじまりを、読み手もしっかりと感じることができます。
読めば読むほど、好きになってゆく句のひとつです。


春光や貌をはみ出す猫のひげ

村上鞆彦句集「遅日の岸」P.139

季語:春光(三夏・生活)

飼い猫であっても、野良猫であっても、多くの人にとって猫は、かなり見慣れた動物であるために、その髭についても、普段はあまり気に留めることはなさそうです。

ですが、作者は、目の前の「猫のひげ」が猫の「貌をはみ出」ていることに、ひょいと気づきます。恐らく、それは、「春光」のせいに違いありません。
明るくやわらかな陽射し、人にとっても、猫にとっても、寒い冬ののちの、待ち侘びた光なのです。

明るい春のなか、猫も作者も、エネルギーに満ちている様子が伝わります。


実印を六つ捺したる夜長かな

津川絵理子句集「夜の水平線」P.155

季語:夜長(仲秋・時候)

実印を捺すという作業は、日々の生活ではあまりなく、大切な書類を扱っているとき、などに限られます。

その実印を「六つ捺す」作者。私の実経験からでは、相続の際の書類、土地や家の売買の際の書類、を思い出しました。さぞかし、慎重にじっくりと時間をかけて書類に目をとおし、緊張しながらの捺印だったことでしょう。
まさに、「夜長」という季語がぴったりであります。
無事に捺し終わった際のお気持ち、すらも伝わってまいります。


冬薔薇鉛筆の線かたく光る

津川絵理子句集「夜の水平線」P.157

季語:冬薔薇ふゆそうび(三冬・植物)

一句目の「薔薇の芽」に対して、「冬薔薇」の四句目。

多くの葉を落とし、棘の目立つ枝ばかりになった冬の薔薇の木に、忘れたように咲く「冬薔薇」。周りも限られた色の中、その薔薇は、非常に印象的であります。
さみし気でありつつ、確固たる強さも。

そのような冬薔薇が見える場所で、作者は、何やら書いているもよう。色鉛筆のスケッチでもあり得そうですが、「かたく光る」という措辞から、私には、昔ながらの尖った鉛筆が見えてまいりました。濃いグリーンのHの鉛筆。
何か大切な手紙の下書きでもしているのでしょうか。
「かたく光る」と、字余りの着地が、作者の決心をも表しているように思えてなりません。


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「南風」村上主宰と津川顧問句集の「俳句鑑賞」の経緯はこちらの記事に。
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