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春ピリカグランプリ応募作品

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2023年・春ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#眠れない夜に

【ショートショート】指先

 喫茶店の窓から外を眺めていた。  コーヒーはすっかり冷めてしまった。  電柱があり、女性がそのそばに立った。彼女も待ち合わせだろうか。  ふと、その手に目がいった。正確には指先、爪だ。  やたらとカラフルなのである。十本の爪ぜんぶに違った色を塗っている。  右手の親指は赤、左手の親指は黄色。  そのうち、相手らしき男性があらわれた。彼も爪に派手なマニキュアをしている。  私は自分の素の爪を眺めた。  会社の同僚、田原マチ子があらわれた。 「遅れてごめーん」 「いつものことだ

『指、あるいは、ある家族の思い出』 # 春ピリカ応募

指である。 紛れもなく指である。 出窓のところに、ポツンと心許なさそうに。 それは、あると言うよりも、そこにいるという表現の方が当てはまるような気がした。 カーテンの隙間からの月明かりを避けるようにして、そこにいる、それは、紛れもなく指だ。 指とわかれば、次はどの指かが知りたくなる。 ベッドの上から、じっと目を凝らす。 どうやら親指でないことは、形状から明らかだ。 そして、小指でもない。 ゆっくり立ち上がって、静かに近づいてみる。 気づかれると逃げてしまいそうだ。 息を殺して

私のコテージ 【春ピリカ】

湖でひとり、雨蛙のように水を掻く。波紋が生まれ、自分の体から静けさが広がってゆく。 岸に着き、濡れたままの体でヒタヒタ丘を駆け上がると、私のコテージが見えてきた。 可愛い木のテーブルに椅子、青い敷物。陶器の水差しには黄色い夏の花が挿してある。 ○ 昼休みを告げるチャイムが鳴っても、美園さんは微動だにしない。顔の前でカンチョーみたいに手を組み、ピンと立てた2本の人差し指を見つめ寄り目になっている。 私は今日こそ、勇気を出して美園さんに話しかけようと思う。 5月にこの高

超短編小説:指輪論

「なんでもない日に指輪をプレゼントしてくるような男なんてロクなやつじゃないんだから。やめときな」  私はずっとそう断言してきたし、そうすることで何人もの女友達を救ってきた。  だってそうでしょう。  そもそも、アクセサリーというものはかなりのセンスを要する。そのなかでもサイズ、デザイン共に難易度の高い指輪をチョイスするなんて。かれこれ20年自分の指と過ごしている私でさえ、どんな指輪が合うのかわかりかねているのに、数ヶ月の付き合いで本当に似合うものなんて見つけられるわけがない

創作小説(10) 金銀財宝日(きんぎんざいほうび)に婚約指輪を

令和5年5月6日(土)。次郎は彼女の一美と街に出かけた。 「次郎は8月生まれだったよね。」 「うん。」 「じゃ今日が、き、金銀財宝日じゃ…。」 「え…。」 「ともかく今日ラッキーなことばかり起こる日だから。」 一美は次郎に向かって親指を立てる。 とりあえず喫茶店に入った。 「最近、仕事でストレス溜まってて…。」 次郎は一美に相談を始めた。 「そぉら、大変だなぁ。」 初老の店員が話しかけてくる。 そして、初老の店員は二人に向かって親指を立てて 「そぉら、そぉら、そぉら、そ