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夏ピリカグランプリ入賞作品

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2022年・夏ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。
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#ショートストーリー

刺したのは私【ショートショート/夏ピリカグランプリ】

ただの気のせいだなんて、どうしたって思えない。 バス停からずっと誰かに後を尾けられている気がしてならない。 こちらが少し速く進めば足音もそれに続き、緩めるとそれに倣う。思い切って止まり、後ろを振り返る勇気などあるはずもなく、かと言って急に猛ダッシュでもしようものなら、それをきっかけに最悪の事態にならないとも限らない。 少し遠回りにはなるけれど、これはもうあそこを通るしかないと思い立つ。 そもそもあの場所は、本当はあまり好きではない。人と人がぎりぎりすれ違えるくらいの狭いトン

【小説】オッサン

第74回オッサン選手権でグランプリを獲った小和田さんと日帰り旅行に行く事になった。 小和田さんと初めて出会ったのは、第69回オッサン選手権の時だった。初めての大会で、オロオロしていた俺に声をかけてくれたのが小和田さんだ。声をかけたのは、昔飼っていたミドリガメに似ていたからだとか。 オッサン選手権の出場条件は、35歳から59歳の男性である事。加齢臭部門、ダジャレ部門、おしぼり部門、バーコード部門、哀愁部門と、5つの部門に分かれて審査が行われる。なかでも加齢臭部門は審査が厳し

【SS】鏡の国の亜里沙(840文字)

物心がついたときから、私は鏡の国の住人だった。 私は亜里沙の写し鏡。 現実世界の亜里沙が笑えばそれに合わせて笑い、怒っていれば顔を顰めてみせた。彼女の姿を映すこと。これが私の生まれた意味だ。 幼い時から彼女を見守ってきたからか、私は彼女が愛おしくて仕方がない。笑顔が可愛い亜里沙。彼女が笑えば私も嬉しい。 でも、中学校に入った頃から亜里沙はあまり笑わなくなった。朝学校に行く前に、亜里沙は鏡の前でため息をつく。私も慌ててため息をつく。 「綺麗になりたいな......」

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。  一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席のクラスメイトに「彼女はいつも手鏡を見てるのか」と訊くと、バツが悪そうに「分からな