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予言する妹

母さんにお使いを頼まれたので、玄関で靴を履いて、出かけようと立ち上がった。

5歳になったばかりの妹がやって来て、「私も行きたい」と言う。母さんがおやつでも買ってやって、と言うので連れて行ってやることにした。

妹の手を引きながら、スーパーへたどり着く。

俺はカゴとカートを揃え、野菜売り場へ向かう。

キャベツが置いてあるあたりを歩き始めた時、妹が

「カナコちゃんだー」と言った。

「カナコちゃんて誰?」と俺が聞く。幼稚園の友達だという。

「へぇ、どこにいるのカナコちゃん」と俺が再び聞くと、

「嘘だよ〜」

と妹はおどけて笑った。

「なんだよ、嘘つくなよ」

俺はため息をついた。

買い物を終え、スーパーからの帰り道を2人で歩く。

夕暮れ時の住宅街の路地に入ると、前から歩いてくる親子の、子どもの方が声をあげてこちらに手を振ってきた。

「ゆうちゃーん!」

ゆうちゃんというのは、俺の妹。周りからそう呼ばれている。

「あっ、カナコちゃん!」

カナコちゃんは、母親の元を離れて妹に駆け寄って来た。

偶然とはいえ、俺は妹を思わず見た。

カナコちゃんは妹とひとしきり話たあと、母親のところに戻って行った。

妹に尋ねる。

「おい、カナコちゃんと会う約束してたのか?」

「ううん、偶然。でも会いたかったから、嬉しい」

妹は嬉々として答えた。

やっぱり偶然か。


その日から、妹は時々そんな感じで、未来に起こる出来事を口にするようになった。

予言といっても、たいした内容じゃない。

おばあちゃんがおこづかいをくれるとか、友達がかわいいシールをくれるとか、その程度だ。


ある日の夜、妹が泣きながら俺の部屋に来た。

どうした、と声をかけると、こういう話だった。

母に「家族の中で誰がいちばん好き?」とたずねたらしい。恐らく「ゆうがいちばんだよ」という答えが欲しかったのだろう。

ところが母は、いたずら心を発揮して

「う〜ん、誰かなあ。パパも好きでしょ、お兄ちゃんのことも好きだし…」

と言った。妹が「他には誰が好き?」と聞くと、

「他に誰かいたっけ〜?」と答えたそうだ。

もちろん、俺には冗談だとわかる。5歳の妹は理解できなかったようで、泣きじゃくっていた。

「大丈夫、それは冗談だ。お母さんはちょっと意地悪したくなっただけ」

妹は首を横に振る。

「ママ、私のこと嫌いなんだ。ママなんか、もう嫌いだもん。死んじゃえ」

「死ぬなんて幼稚園で聞いたのか? そんなこと言っちゃダメだ」

俺は宥めたが、妹は泣いていて聞かない。


翌朝、母の姿がなかった。家のどこにもいなかった。

リビングでテレビをぼーっと眺めていた妹にたずねる。

「お母さん、どこいったか知ってる?」

妹は昨日の泣き顔とは一転して、ケロッとした顔で答えた。

「知らない」

その時俺は、今までの妹の予言を思い出して戦慄した。


俺は、母がもう帰ってこないことを悟った。








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