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夜の光とスノードーム

寒い夜の光はそうでないときの光に比べ一層綺麗に見えます。何故なのでしょう、光がいつもより遠い所から差している感じがあります。温度というのが重要なのかもしれません。温度は体や湿気や汗に関連していてなんというか物質的です。そういう物質的な温度から切り離されているように思える冷たい光は、より観念的で、遠くから直接内面に差し込んでくるようにも感じられます。だから寒いときに見える光は綺麗なのかもしれません。光と冷たさの関係性に加えて、単純に夜に冷たさが似合うというのもあるでしょう。夜の夜っぽさは空洞の感じにあるんじゃないかと思うことがあります。平べったい地面を黒いのっぺりとした半球が覆う空洞。閉じ込められる閉塞感と安心感、そして空間の静かな広さに対して感じる、芯を抜かれてしまうような不安感と開放感、それらが重なったり拒絶したりしながら空洞に響いてそれはまさに夜です。そういう空洞には何となく冷たさが似合うと思います。

あまり関係ないのですが、地面に半球が覆う姿を思い浮かべて文章を書いていたら、ぼんやりとスノードームを連想してしまいました。そのままの勢いでスノードームについて語ってしまいます。
僕にはある癖があります。それはスノードームを見るとそれが割れる姿を想像してしまうというものです。この癖について考えていると幼少期のある記憶に行き当たります。

そのスノードームは玄関の靴を入れる棚の上にあり、小さい頃の僕は幼稚園へ行く前などにひっくり返し、中のイルカたちに降る銀色の雪を眺めるのが好きでした。地元の大きな水族館に行ったときに買ってきたものでした。遠い記憶なので脚色や捏造を大いに含むかもしれませんが、球形になった水のレンズの効果で真ん中のイルカの微笑みが拡大されていたのを記憶しています。お気に入りのスノードームだったのですが、あるとき(そのときも幼稚園に行く前だったと思うのですが)魔が差して、スノードームが棚から落ちた場合に地面に落ちるまでに描くだろう軌跡を、自分の手でスノードームを持ちながらスローモーションで再現したいと思ったのです。本当に悪魔にそそのかされるように、当時の僕にそういう薄暗い興味が芽生えてしまったのです。まずゆっくりとスノードームを傾けさせ、棚の上面から身を投げるように地面への落下を始めさせます。スノードームをしっかり両手でつかみ、空中で回転させながら落下させます。落下の最中、僕はスローモーションで「あ、おちる!」と呟きます。緩慢な落下はそれでもリアリティを持って映ります。じりじりと地面に接近し、ついに地面が迫ったその時、両手でつかみながら回転させたせいでねじれていた腕の反発で僕はスノードームを落としてしまうのです。玄関のタイルに水と割れたガラス片が思ったより小規模に広がっていたのを記憶しています。悲しみと申し訳なさでその時の僕の小さな体は満たされていました。親には落下の再現の話はせず、雪を降らせようとしたら落としてしまったと説明しました。「嘘の落下中に誤って本当の落下をさせてしまった」といってもおそらく意味は伝わらないでしょう。
当時の僕の行為は、今の僕にもある「スノードームを見るとそれが割れる姿を想像してしまう癖」の延長上にあるのでしょう。今の僕が想像で済ませているだけで、本能の奥では落ちて割れてしまうのを再現したいと思っているのかもしれません。なぜこのような癖があるのかと考えると、スノードームは存在の内にすでに破壊の可能性を孕むからなのかもしれないなどと思います。よく考えてみるとすべてのものは存在の内にうっすらと破壊の予兆が刻まれていますが、スノードームは特にそれが前面に押し出されているように感じます。前面に押し出されたこの破壊の未来イメージが僕の表象に語りかけてくる感じがあるのです。この破壊イメージが前面に濃く見えるものはスノードームばかりではないですが、今回はこれ以上は掘り下げないことにします。

夜の光について話していたら、途中の空洞のイメージがスノードームの連想を導いて、そこからスノードームの話をするというよくわからない文章を書いてしまいました。こういう連想に逆らわない文章は書いていて楽しいです。夜の空洞とスノードームを重ねると僕の中で夜の空洞ががしゃんと音を立ててひび割れ、崩れていきます。その崩壊の音はずっと前に誰かに教えてもらっていたような気がします。崩壊する夜の中で僕はその外を見ようとします。ひび割れた空洞の外からは光が差し込むのでしょうか。それとも空洞にはさらに大きな空洞が被さっているのでしょうか。夜の断片が夜の重力の中で泳ぐように散り落ちていきます。僕は開放感と不安感が同じところから湧き出すのを感じます。夜の調子に引っ張られて文章が極北へ向けて加速し始めているのでここらへんで筆置くことにいたします。


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