ライブのかえり道。

路面電車が終点広島駅に着いた

30人程の乗客が
前後2箇所ある出口に並ぶ

真ん中あたりに座っていた私は
どちらから降りようか

右を見て、左を見て、
ゆっくり立ち上がりかけ
床の黒い物が目に入った

目にした物を
脳が処理出来ず戸惑ったけれど、
これはお財布かも

三つ折りタイプで
たくさん入っているのか、ふんわり
膨らみ、ボタンが空いている

ちゃんと閉じていないところが
仰向けであっぷあっぷして
まるで溺れているようで、
助けを求めているようにも見える

「危ないですから電車が完全に
 停止してからご移動ください」

動いてるのに
慌てて立ったあのおじさん、
よろけてたから、
その時に落としたのかも

周りをみたけど
あのおじさんはとっくにいなくて
他人の大切なお財布に
触れることへの躊躇いを感じつつ、
それよりも、と車掌さんの元へ届けた

「あのこれそこに」
「忘れものですか」
「いえ、あの、床に。なので落とし物だと」

「どこに」
「そこに」
「ありがとうございます」
「いえいえ」

最後に電車を降り
駅へ向かっていると
男性が立ち止まり
ポケットに手を当てたり
鞄を覗いたり、どう見ても
何かを探しているところに遭遇した

斜め前の席にいた若い男性だ
間違いない

「あの、もしかして、お財布ですか」
「なら、車掌さんに預けました」

振り返ると同じ位置に停車したままの
電車に向かって走る彼が見えた

あのおじさんじゃなかったのか
お財布は持ち主に戻ったはずだし
何かいいことしちゃったし
ライブ楽しかったな



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