燃える花



しんとした街の古い喫茶店にある、夏の終わりのクリームソーダ。宇宙の色をしたその天辺の、赤い実ひとつ摘んで、彼は命を喰べる様に口に運び、柔く、しかし確かな重みのある声で呟いた。

「僕にとってのガラスの靴は、粉々に散り触れないほど尖り、夏めく光に乱反射する度に痛い」

骨が泡になり弾けていく景色、甘く温かい乳白色の記憶。掻き混ぜ溶け合い実のない液体を一口。からんからんとドアベルが鳴り、見渡す彼女に彼は手招く。これは秋霖を紛らす軽い思い出話だ。



堆い入道雲に向かい歩く。風に草木が騒めく様子を傍目に、それでも会えるという事実だけが、私の足を動かし続けた。案の定あいにくの雨で、茂みに隠れた継ぎ接ぎだらけのブリキ小屋から、かんかんと空洞を叩く音がする。錆びついた昼下がり、ビニール傘越しに灰色の空が澱んでいる。台風の警報が朝から煩い。ニュースに流れる加害者も被害者も、いずれ重なる私の未来に見えた。

少々遅れて辿り着いた喫茶店は、営業しているのか怪しいくらいに薄暗く、読書には心許ない。脇の金魚鉢にはテトラポッドの様な形をした石が転がり、酸素を送っているが生物の気配はない。物好きが寄り付きそうな異質な空間を見渡し、手招く彼の姿を見つけた。私もまた例外ではない。会釈してゆっくり席に着く。そこは二人だけを切り取った写真の様に、時間が止まった気がした。


少々乱した息を整えながら、メニュー表に目を通す彼女の横顔を眺める。ネイルポリッシュが窓から射し込む優しい光を纏い、艶やかに滲むスミレ色にあしらわれた夏の星座が煌めいている。レースのカーテンが戦いだ。流れ込む空気が循環する店内は、木造の旧校舎の静けさに似ている。

彼女が注文したカプチーノのリーフが一口毎に暈ける様子は、とても綺麗な終わり方だと思う。カップの底に残る三日月も、二人で見ない振りをする。何はなくとも進むしかないと知っている。言葉は交わすが特に話題があるわけではなく、各々が文章を綴ったり絵を描いたりして過ごした。


店を後にして十数分、日程を合わせた大元の目的地である植物園に辿り着いた。見上げるほど大きいバナナやカカオの木、食虫植物、ハーブ、大きさも色も香りも生態も全てが実に興味深い。彼女が立ち止まり微笑んだ目の先には、赤いサルビアという唇形花。彼女には家族がいなかった。

彼女の瞬き一つ、上がる口角一つ、吐息の一つまでも飲み込んで、私の核心にしてしまいたい。ガラスに囲まれた世界は夥しく燃え盛り、私は、ただそれを美しいと思ってしまった。見惚れた。

目を覚ます。雷鳴と窓を叩く雨の音。机上にバンクシアのドライフラワーが取り残されていた。

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