桜餅をもとめて三千里

 桜餅が好きだ。
 私の好きなものは幼い頃の記憶と結び付いているものが多い気がするけれど、桜餅に関しては、特段、子どもの頃から大好きだったなぁという記憶はない。ないんですね。

 じゃあ、なんでこんなに好きなのかなぁと考えていて、たぶん前の職場のとなりにあったお団子屋さんの影響だなぁと思い至った。

 こじんまりした家族経営のお団子屋さんは、毎朝煙突から白い湯気をもくもくさせていて、たまに近くを通ると、お米やあんこの炊けるような優しい甘い匂いがした。

 はじめの頃はそこまで親しんではいなくて、たまに誰かのお土産で、ごま団子やみたらし団子の串を一本もらうとかそんな感じだった。
 ここのチーズ饅頭が、パッケージにご当地キャラがプリントされていて可愛くて、味も美味しくて好きだった。

 いつの間にか大好きなお店になっていて、お昼ごはんが面倒くさい日は昼休みに寄って、お団子やおもちを3つくらいで栄養補給したり、疲れた日の帰りに寄っておやつにしたりした。

 今日も甘いものが食べたいなぁと立ち寄った日に、桜餅がカウンターにしれっと並んでいて、食べてみたらとても美味しかったのを覚えている。
 その土地で迎えた3回の春は、3回とも桜餅を味わった気がする。お菓子で季節を感じられるのはとてもうれしい。

 甘いものは洋菓子も和菓子もなんでも好きだけど、春は特に和菓子が食べたくなる気がするのは、だいぶん桜餅を贔屓している気もする。

* * * * *

 さて、いつも通りの長い前置きは終わりにして。
 私は今年も桜餅を求めて動き出した。

 2年前は、道に迷った先でたまたま見つけた小さなお菓子屋さんに『さくら餅あります』の張り紙があって思わず立ち寄った。
 予期せぬ桜餅との出会いには心躍るものがあった。

 今年はいろんなお店の桜餅を食べてみたいなぁと思って、いろいろ調べてみることにした。
 調べてみると、地元で愛されているおもち屋さん(初代はかまぼこ屋さんだったという少し興味も惹かれるお店)があり、おもち屋さんだったら桜餅もあるだろ!と勝手に決めつけて、出掛けてみることにした。

🌸1件目

 おもち屋さんはよもぎ餅を専門に販売しているお店で、桜餅はなかった。
 なんとなく、ないような気もしていたので、やっぱりないか〜〜と勝手に思いながら、なにを買おうか商品を見渡す。
 目的のものがなくても、なにも買わずにお店を出ることはできない性格。
 クチコミでおすすめされていたおはぎも売り切れていたので、あんまり見たことのないご当地っぽいおもちを2つ持っていくと、食べ物に例えたら炊き込みご飯のおにぎりみたいなお店の人が「まだ並べてないけど、あん餅が今出来たところですよ」と教えてくれた。
 『あん餅』が上手く聞き取れなくて、聞き返すと「あん餅。大福です」と教えてくれた。
 反射的に「食べたいです!」と答えて、ちょっと恥ずかしくなった。
 なんとなく、こういう地元のお店のお客さんは、もとから買うものが決まっていてお店に来ている気がするので、今この瞬間の食べたいお気持ち表明をしてしまったのはちょっと恥ずかしかった。
 お店の人は特に気にした様子もなく一度厨房の方に入っていって、いま袋詰されたばっかりな感じの真っ白な大福を見せてくれた。
 パックで3個入りだけどバラ売りもできると言われて、1個でよかったのになんとなく2個お願いした。
 袋を手渡されるときに「出来立てですよ〜」と言われたのがうれしくて、お店を出てからすぐ1個食べてみた。
 お餅がやわらかくてとても美味しくて、はじめて『餅は餅屋』の意味がわかった。

🌸2件目

 今度は結構、本命のお菓子屋さんだった。
 このあたりでお菓子屋さんというと必ず名前が出てくるくらいの有名なお店。
 一度、ケーキを買いに行ったことがあり、そのときに和菓子も販売していたのを確認している。

 有力候補だったのだけど、桜餅はなかった。
 どうして、こんなに洋生菓子も、焼き菓子も、マカロンまであるのに、和菓子まであるのに……!
 と、思いつつ、和菓子を3個購入した。
 なに買ったか知りたいですか?
 緋寒桜。紅梅。雪中花。
 緋寒桜とかはやっぱり珍しいんじゃないのかしら。と思いながら、どの花も美しかった。
 『和菓子のアン』という小説を読んでから、和菓子がとても好きだ。
 幼い頃、祖母と近所のお寺の『花まつり』に行って、お抹茶と和菓子をいただくのも好きだった。自分で和菓子を買うことに少し憧れもあったので、桜餅のことを差し引いてもうれしい気持ちだった。

🌸3件目

 大抵のことはなるようになればいいや〜と思っている私も、さすがに本気を出し始め、2年前に桜餅を買ったお菓子屋さんを訪れることにした。

 販売していたという事実があるので、安心感がすごい。

 でも、たまたま見つけたお店なものだから、場所も名前もよく覚えていない。
 もう一回迷子になるしかないか〜〜と冗談で思いながらグーグルマップに聞いてみると、ちゃんと出てきちゃうんだからすごい。
 すごいっていうか、怖いっていうか。

 今度はグーグルマップに導かれ、迷わずにたどり着く。
 お店の窓に『さくらもち』の張り紙を見たときのうれしさと言ったら。
 やっと会えたね!!と思いながら、お店に入ると、先客が一人、お会計をしているところだった。
 その人と入れ替わりでレジのところへ行くと、『さくらもち』のところが空っぽ。空っぽ。
 売り切れか、でもまだ追加で作ってるとか、と希望を捨てずに「さくらもちは……」と尋ねると、お店の人は「前の方が全部買っていかれて……」と、とても申し訳なさそうに答えてくれた。
 タッチの差。思わず体が傾いた。
 くやしさを噛みしめながら、シュークリームとパウンドケーキを買った。
 くやしい……、くやしい……
 早く来なかった自分がくやしい。
 明日も絶対に来る。一番に来る。と、思った。
 しばらく、店内のオルゴールの音が頭を離れなかった。

🌸4件目

 どんどん、桜餅以外のものが増えていくんだけど、ここまで来ると『この町のお菓子屋さん全制覇してやるぞ!!』という謎の意地みたいなものが芽生えてくる。
 クエスト的な。これは桜餅クエストだ。
 ぜんぜん関係ないけど、ローカル番組でやってるミニコーナーの『田の神さぁクエスト』っていうのが、あんまり見たことないけど、名前だけは好きなのでクエストって言ってみたかった。

 4件目は、私も結構好きなお菓子屋さんで、一番通っているお店。
 地元の食材を使ったマカロンが美味しくて、お土産にも喜ばれるので、何度か利用している。
 桜餅はなかった気がするのであまり期待はしていないけれど、お菓子屋さん制覇のために訪れることにした。

 ショーケースや焼き菓子の棚を見渡して、やっぱりないな、と確認作業を終える。
 フロマージュとマドレーヌをレジに出すと、なんとレジ前に『さくらもち 600円』の文字が!!
 え、裏から出てくるスタイル!?!?
 一気に期待を膨らませながら『さくらもち 600円』を指差し、「さくらもち、あるんですか?」と尋ねる。
 尋ねると、お店の人は優しい顔で「さっき終わっちゃって……」
 もう、桜餅とは出会えない運命だった。

🌸5件目

 まだ1件、近くにお菓子屋さんがあったので、確認のために訪れる。
 お店の名前に『洋菓子の店』とうたっているので、限りなく、桜餅はなさそう。
 なかった。
 そうだよね。でも、はじめてのお店を知れたからいいよって、おもちパイとカップケーキを購入したら、両手にそれぞれ違うお菓子屋さんの紙袋を持った私を見て「一緒に入れましょうか?」と大きなビニール袋をつけてくれた。優しい。

🌸6件目

 ことごとく桜餅に出会えないことを呟いていたら、心優しいフォロワーさんがコンビニで見かけたよ、と教えてくれた。
 なんとなく気づき始めてはいた。
 きっと、そこらへんのスーパーやコンビニであっさり出会えてしまうという事実。

 コンビニはなんか負けた気がするんだよね〜〜と、負けってなんだろうと思いながら、思いながらコンビニへ行く。
 そして出会ってしまう、焦がれていた桜餅。

 買っちゃった。
 だってあまりにも出会えなかったんだもん。

 帰り着いてから、今日出会った桜餅ではないものと桜餅を全部並べて、面白かった。

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