先生#2

 高校2年生で、先生が担任になった。
 必然的に、国語の教科担任も先生になった。

 先生は毎朝ホームルームで「今日も一日頑張っていきましょう」と言う。
 その前向きな言葉と、先生の真顔がミスマッチで好きだった。
 
 先生の字はあまり綺麗じゃなかったけど、縦横の線がまっすぐした生真面目な字だった。

 国語の授業で毎回最初にする、先生の手書きの漢字の小テストが好きだった。

 日付の出席番号で指名される音読が上手に読めると「上手に読めましたね」と淡々と褒めてくれるのが好きだった。

 私が部活で書いたアクリル画も「上手だな」と褒めてくれた。
「上手だな」だけだったら、普通に嬉しいだけだったけど(それだけでもすごく嬉しかったけど)、絵のデータまで欲しいと言ってくれたので、もっと嬉しかった。

 先生は真顔がトレードマークだったけど、意外とすぐ笑っちゃう人だった。でも、笑った顔を絶対に見せようとしなかった。
 その徹底ぶりに身悶えしてしまったのは、月一の服容検査のとき。

 私の高校は、校則が厳しかった。
 髪の毛はもちろん染めちゃいけないし、パーマも禁止。前髪は眉上、後ろ髪も制服の襟についたら一つか二つに束ねる。束ねる位置は耳より下の高さ。眉剃り、化粧、色付きリップも禁止。爪のマニキュアは禁止だし、磨くのも駄目。スカートは膝下。
 など、とにかく細かくてチェック項目も多い。
 学年ごとに体育館や小ホールに集合して、チェックリストを持った担任と副担任の先生たちが総出で生徒全員を一人ひとりチェックする。
 怪しい生徒が多いクラスはその分時間がかかるのだけど、私のクラスは比較的優等生が多かったので、いつも早く終わって他クラスを待っていることが多かった。

 その日も私のクラスの検査は早めに終わり、みんな大人しく待っていた。
 先生はクラスの列の前の方に立って待機していたのだけど、列の先頭にいるムードメーカーな学級委員長が何か言ったのだと思う。
 それまで真顔だった先生が突然、検査のチェックリストを挟んだバインダーで顔を隠し、そのままくるりと背を向けて、肩を揺らしていた。
 学級委員長が「先生、なんで笑った顔隠すんですか!」と言うと、「笑ってない。静かにしなさい」と言っているのが聞こえたけど、先生はしばらく背を向けたままだった。

 私は先生が好きだった。
 友達に好きな人を聞かれたら、「先生」と答えて、笑われた。

 初めて、バレンタインでお菓子を渡したのも先生だった。

 先生はバレンタインのお返しにゴディバをくれるらしい。
 高校1年生のバレンタインで先生にチョコを渡した子たちからの情報だった。
 高校2年生の年の2月14日も先生の周りには朝から女子が集まっていた。
 可愛い女の子たちが先生に手渡すハイクオリティーなチョコの数々。
 私にはその輪に入っていくことも、粗末なチョコを渡す勇気もなかった。
 私は先生が大好きなのに。
 みんなはお返しのゴディバ目当てのくせに。
 と、グチグチ考えていた当時の私のことを、今となっては殴り飛ばしたいけど。

 バレンタインで先生にチョコを渡せなかったことは、かなり後悔していた。
 その後悔からだったのかはわからないけど、無性にお菓子が作りたい気持ちになり、3月の頭の週末にクッキーを焼いた。
 クッキーを焼いたのは初めてだった。
 家庭科の教科書のレシピに忠実に、たっぷりのバターを使って焼いたクッキーはかなり美味しく出来た。何もデコレーションをしなかったシンプルなクッキーは、ムーンライトに近い味がした。
 学校で友達にあげようと思って、百均の透明袋にマッキーペンで絵を描いて、ラッピングした。
 あわよくば先生にも渡せたら……(まぁ渡せない確率の方が高いんだけど……)と、0655(先生が夏休みに早起きするためにおすすめしてくれたNHKの朝の番組)の鶏の絵を描いたラッピングのクッキーも用意した。

 週明け、課題の提出という理由をこじつけて、朝の職員室を訪ねた。
 先生は、私のアクリル画をPCの壁紙にしてくれていた。それが嬉しくて、嬉しくて。
 ブレザーのポケットに忍ばせていたクッキーを渡すことができた。

 3月14日の朝礼で「バレンタインにチョコをくれた者は昼休みに職員室に来るように」と周知された。
 お返しのゴディバタイムだ。
 みんながわくわくと職員室を訪れる中、私は行かなかった。私は先生にバレンタインのチョコは渡していないから。
 先生以外に好きな相手もいなかったので、特に何も起こらないホワイトデーである。
 家に帰ったら、お父さんがお返しのお菓子をくれて、家族みんなで食べた。

 翌日の放課後、先生に職員室に呼ばれた。
(何かあったかな……)と思いつつ、先生に呼ばれるのは基本嬉しい。
 職員室に行くと「昨日、取りに来なかったろ」と先生がゴディバをくれた。
 内心、わーっとなりながら「私はチョコ渡してません」と答えると、「この前、クッキーくれたろ。美味かった」と言われて、もっとわーっとなった。
 すごく嬉しくて、聞かれてないのに「家庭科の教科書を見て作りました」と申告したら、「そうか」と言われた。

 今思えば、素直にホワイトデーの日にお返しを受け取りに行けばよかった。
 当時の私は、思春期の結構面倒くさい女の子だったのだ。(今もまぁ面倒くさいけど)

 先生が私のアクリル画をPCの壁紙にしてくれたこと、バレンタインに遅刻したクッキーとお返しのゴディバが、高校2年生の思い出。

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