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ウイスキー小噺 第011回:ジャパニーズウイスキーの定義について考える③

日本洋酒酒造組合は2021年2月に「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準(以下、「本業界基準」)」を公表しました。ジャパニーズウイスキーの品質やブランド力を維持向上させるため、ジャパニーズウイスキーの定義を明確化するのが目的です。

前回は、スコットランドにおける「スコッチウイスキー」の定義を紹介し、それをベースに作成された本業界基準について確認しました。そして、本業界基準だけでは、「怪しいウイスキー」の流通は止められない可能性が高いことにも触れました。
①:https://note.com/whisky_kobanashi/n/n7a7ff0f9faab
②:https://note.com/whisky_kobanashi/n/n215064a6c750

「ジャパニーズウイスキー」の定義を法制化しようという動きもありますが、それで問題はすべて解決するでしょうか。

私なりに、ジャパニーズウイスキー法制化が抱える問題点について考えてみたいと思います。


酒税法はなぜ緩い?

そもそもですが、なんで酒税法の「ウイスキー」の定義はゆるゆるなのでしょう。

私は法律の専門家ではないので想像になってしまいますが、酒税法におけるウイスキーの定義が緩いのは、酒税法が「税金を取ること」を目的とされているからだと考えます。

国としては税金を徴収出来ればそれでいいわけで、「ウイスキーの味」とか、「ジャパニーズウイスキーのブランド力」についてあんまり関心がないというところでしょう。

日本が国策としてジャパニーズウイスキーを産業として保護する方針であれば、国産ウイスキーと外国産ウイスキーの酒税率に差を設けるために、「ジャパニーズウイスキー」の定義を新設するという機運が高まる可能性はあるかもしれません。ただ、これだと非関税障壁を作り出し、外交問題に発展することになりますので、あまり現実的ではなさそうです。

法制化すればすべて解決、ではなさそう

方法論はともかくとして、ジャパニーズウイスキーの品質やブランド力を維持するため、ジャパニーズウイスキーの定義を法制化すべきとの意見がよく聞かれます。

たしかに、法制化をすれば、その定義から外れたものは「ジャパニーズウイスキー」と名乗ることが出来なくなるため、効果はあるように思います。しかし、拙速な法制化にも問題はありそうです。以降で、本業界基準を法制化した場合の問題点について考えてみたいと思います。

新規蒸留所の収入源としての「ジャパニーズっぽいウイスキー」

ビジネスとしてウイスキー蒸留所運営を考えると、ウイスキー販売による収入を得られるまで相当時間がかかるという点が問題になります。本業界基準を順守してジャパニーズウイスキーをリリースするとなれば、蒸留開始から最低3年間は無収入の期間が続くことになります。

無収入の期間においても蒸留は続けているわけですから、原材料費、光熱費、人件費・・・といった費用はかかり続けるので、本業界基準にのっとったジャパニーズウイスキーをリリースするには相当な資金的余裕がないとできることではありません

この無収入の期間を短くするために各蒸留所はいろいろと知恵を絞っており、プライベートカスクの販売(例:https://shop.hlwine.co.jp/items/78996054)や熟成が不要であるジンの販売などは、その一例と言えそうです。


ニセコ蒸留所が販売するジン。2024年3月時点でウイスキーは未発売。
出所:ニセコ蒸留所ホームページ

他にも、海外から輸入した原酒に「日本っぽいラベル」をつけて、「ジャパニーズっぽいウイスキー」を販売するという方法もあるでしょう。京都酒造株式会社が運営する京都みやこ蒸留所は2021年3月に「京都」というボトルを発売しています(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000064316.html)。

リンク先のリリースには、京都酒造株式会社の設立は2019年8月との記載があります。会社設立からリリースまで1年半ほどしかなく、発売当初の「京都」は自社蒸留ではなく、海外から調達した原酒をブレンドして発売したと考えるのが自然でしょう。

京都酒造株式会社は日本洋酒酒造組合の組合員ではありませんので本業界基準を守る必要もないのですが、「京都」は本業界基準から逸脱している可能性が高いです。仮に本業界基準と同等の法律が日本に存在したとしたら、「京都」が商品として販売されることはなかったでしょう。

京都酒造株式会社がどういう意図で「京都」を発売したのかは定かではないですが、自社蒸留原酒の準備が整うまでの間、「京都」の販売により一定の収入を得ることは可能です。このようなボトルを販売することの是非はともかくとして、新規蒸留所にとっては貴重な収入源になるのは確かです(ちなみに、当該蒸留所ではジンも蒸留しているようです)。

京都酒造株式会社が発売する「京都」。いかにも「ジャパニーズ」なデザインだが・・・。
出所:京都みやこ蒸留所ホームページ

余談ですが、怖いもの見たさ(?)に1杯だけ「京都」を飲んだことがあります。擁護するわけではありませんが、決して不味くはないです。「京都」を置いているバーはなかなかないと思いますが、もし見かけたら人生経験として1杯飲んでみるのはありだと思います(飲まなかったとしても、人生損することはないです)。

「ジャパニーズっぽいウイスキー」は必要悪なのか

私自身、「ジャパニーズっぽいウイスキー」を積極的に飲む気はありません。一方で、ウイスキー製造をビジネスとして考えたときに、「ジャパニーズっぽいウイスキー」を販売して蒸留所運営費を稼ぎたい気持ちもよく理解できます

うまくやったのが長濱蒸留所です。「AMAHAGAN」シリーズは海外蒸留原酒を用いていることを明記したうえで、ウイスキー好きの間でも受け入れられています。ただし、「AMAHAGAN」の成功は、長濱蒸留所の運営母体がリカマンホールディングであることが最大の要因ではないでしょうか。販売先にはあまり困らないというわけです。だとすると、「AMAHAGAN」パターンを他の新規蒸留所が真似するのは、そんなに簡単ではありません。

どこでも買える「AMAHAGAN」。海外原酒が主体であることが明記されている。
出所:長濱蒸留所ホームページ

いずれにせよ、「ジャパニーズっぽいウイスキー」は立ち上げ直後の蒸留所の貴重な収入源となり得る中、法律で規制するということは、新規参入障壁を作ることになります。

繰り返しになりますが、消費者としての私は「ジャパニーズっぽいウイスキー」を肯定的に捉えているわけではありません。ただ、「ジャパニーズっぽいウイスキー」を完全に排除することによって新規参入障壁を新たに作ることが、業界全体にとってプラスなのか、マイナスなのか、よく検討する必要はあるというのが、ここでの私の主張です。

今回は、本業界基準を法制化することの問題点の1つ目について考えました。次回は、また別の問題を考えてみることにします。


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