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previous color 1. ゲーム配信⑨(完結+後日談)

前話


 マンションのエントランスにたどり着いたところで、桜はへたり込んだ。

 身体も心も壊れそうなほどの性交を強要させられたのもそうだが、熱情に流され、終わった後に後悔する。それを日に二度も繰り返す自分の馬鹿さ加減に耐えられなかった。

 桜は人目も憚らず、声を上げて泣いた。悔しかった。

 何よりもあの可愛い後輩を、自分を優しく抱きしめてくれる後輩を汚された、自分の失態で汚してしまった。昨夜、桜も気持ちよくしたいと、気遣って抱いてくれた後輩を自分が裏切った。

 この体質になって、最悪な体験はいくつもしてきたが、これはその中でもさらに底をいくつも抜いて最悪だった。

 桜は鞄からスマートフォンを取り出すと、チャットアプリの友達の一覧を手繰った。

 『堂守礼基』

 涙で歪む視界にかろうじて目的の名前を見つけた。

 チャット画面に入り、通話のアイコンを押そうとして、桜はためらった。押せなかった。押そうとしても指が震え、荒れ狂った感情がそれを止めてしまう。

「堂守、くん……」

 桜の指がそろそろと伸び、触れるか触れないかの距離で、スマートフォンは接触を検知した。

 呼び出し音が響き、それはすぐ着信に変わった。

『先輩?どうしました、こんな夜に?』

 よほど桜の電話が不審だったのだろう、堂守の心配そうな声がスピーカーから聞こえた。

 その声を聞いて、桜が感じたのは、安堵と安心と名前のつけようのない感情だった。

「……堂守くん」

『はい、そうですけど……先輩?』

「どう、もり……くん」

『先輩?泣いてます?どうしました?なんかありました!?』

 堂守の焦燥と怒りと心配がない混ぜになった声を聞いて、桜のぐちゃぐちゃになった心象が少しだけ晴れた。一つ呼吸を整えた。

「迎えに、きて。今いる場所、送る、から」

 声を絞り出した。この後輩に会ったら、なんて言おう。そんな迷いも桜の中にあった。ただ、それでも今はこの後輩に会いたかった。いつものように抱きしめて、安心させてもらいたかった。

 自分にその資格があるのか、それは桜にもわからなかったが。

『今すぐ行きます、場所、送っておいてください』

 通話が切れた。

 桜は今自分がいる場所の座標をチャットアプリで堂守に送ると、スマートフォンを胸にかき抱いた。


 堂守が来たのはそれから一時間後だった。堂守は何度もメッセージを送ってくれ、桜はひたすらそれを信じ続けた。

 その間、桜はマンションに入る人にじろじろ見られながら、じっとそこで待っていた。涙はすでに止まっていたが、自分だけで動く気力はなかった。

「神崎先輩!」

 堂守は桜をすぐに見つけると駆け寄ってきた。憔悴しきった桜に何も言わさず、抱きしめた。

「先輩……」

 堂守の胸の中で、桜は再び泣き出してしまった。子どものようにしゃくりあげながら、泣きじゃくった。

 その間、堂守はただじっと桜を抱いてくれていた。

「堂守、くんっ、ごめんね、ごめんね……」

 桜は自らも堂守に抱きつき、謝罪を繰り返した。

「いや、いいですよ。気にしないでください」

 堂守は桜を許そうとしたが、桜は首を振った。

「違うの、違うの。そうじゃないの。でも、ごめんね」

 堂守にとっては何を謝られているのか、さっぱり分からなかったが、桜の感情を受け止めることにした。

「正直何のことか分かりませんが、大丈夫ですよ。俺が、先輩を嫌いになることはありませんから」

 堂守の手が桜の顔に触れ、上を向かせた。

 桜の視界にはっきりと、力強い笑みを浮かべる堂守の顔が映った。

「堂守くん……」

 桜が目を閉じると、堂守は口付けをした。

「んっ」

 唇を離すと、桜は、しまったと思った。

「あ、ごめ……、私、さっきまで、その、男性の、その……くちにして、た」

 申し訳なさでまた表情を歪ませる桜に堂守は二度目のキスをした。

「いいですよ。俺がしてるのは神崎先輩の唇ですから」

 堂守は桜を支えると、立ち上がらせた。そこでようやく堂守は桜の格好に気づいた。普段なら、桜があまり着ない肩と足を出した服だが、綺麗と言うより可愛さの印象が強い桜にはよく似合っているように堂守には思えた。桜より少し背の高い堂守からは、見下ろした時、自然と胸の谷間も目についてしまう。

「堂守くん?」

 堂守の視線が自分に向けられていることに気づき、桜は小首を傾げた。

「あ、いえ、その、……先輩のその服が、めっちゃ可愛いなって」

 堂守は恥ずかしさから視線を逸らした。桜の顔も真っ赤になった。

「あ、えっと、子どもっぽいかな」

 桜は両腕で隠すように身体を抱きしめたが、豊かな胸は腕に押し潰され、堂守は視線を向けたい衝動に抗えなかった。

「いや、すごくいいです……」

 堂守は手を伸ばそうとして引っ込めた。桜は可愛かったが、その場合でもないことを思い出した。

「何があったかは聞きませんが……、家まで送りましょうか?」

 時刻はもう夜の八時を過ぎていた。今から桜を家に送ると、堂守は帰宅がだいぶ遅くなるだろう。それでも堂守は何の躊躇いもなくそう言った。

 そして桜にとってそれは問題ですらなかった。

「……うん、送って、欲しい」

 あと、と桜は言葉を継いだ。気恥ずかしくなり、俯いた。

「明日、用事、ないって、言ってた、よ……ね?」

 桜は意味もなく上衣の胸元を握りしめた。

「……ない、ですよ」

 桜は、嫌われるかもしれない恐怖と、泥のような疲労の中、なけなしの勇気をかき集めた。堂守に向かって顔を上げる。

「じゃあ、明日の夜まで、一緒に……いて、欲しい」

 言い切ると同時に桜の顔が赤く染まっていく。

 そこでその意味を問い返すほど堂守は、野暮ではなかった。

「いいですよ」

 堂守は桜の手を取った。

「まずは、帰りましょう」


 帰り道、堂守はずっと桜の手を握ってくれていた。

 お互い夕飯を食べていないと言うことで、駅から桜の住む部屋に向かう途中にあるコンビニでお弁当と堂守の着替えを買った。

 部屋にたどり着き、温かいお茶を淹れて、二人でお弁当をつついた。片付け――と言ってもゴミを捨てるだけだが、それを終えると、桜は堂守にシャワーを使わせ、その後にようやく自分も汚れた身体を清めた。いつもならば堂守と二人で入り絡み合うが、今日の汚れ切った身体を桜は堂守に見られたくなかった。汚いものを抱いて欲しくなかった。

 タオルと着ていた服を洗濯機に入れ、洗濯を回した。普段の桜なら夜は洗濯をしない。大抵の場合、誰かしら男がいて回している時間がないこともあるが、それよりも今は早くこの汚れた服を洗いたかった。それから、堂守がシャワーを浴びている間に、衣装棚から選んでおいた、下着と服を身につける。

 堂守が可愛いと言ってくれた、今洗われている肩出しの服ではない。が、下着は青い下着同様、男性がそれを身につけた桜を見て楽しむために与えた、華美だが淫靡過ぎない気品のあるもの。服も同じように桜を着飾って遊ぶために贈られたもので、桜より少し年下の、まあ言ってしまえば女子大生が着るような若い意匠のものだった。

「……喜んで、くれる、かな」

 緊張しながら身につけていく。

 それと、心に重く沈んでいるのは、堂守への謝罪だった。裏切ったことについての。

 それを思うと、今こうして着飾っているのも、贖罪を身体で誤魔化そうとしているように思えて、落ち込んだ。

 結果としてそれは杞憂だった。

 脱衣場から現れた桜を見て、堂守は目線で許可を求めた。桜が応じると、いつもより急いた様子で桜をベッドに押し倒した。

 着たばかりの服をはだけさせられながら、桜は緊張と共に堂守に今日あったことを聞いて欲しいこと、それについて謝りたいこと、許してくれるなら、今夜は堂守の思うままにぐちゃぐちゃにしてほしいと話した。

 快諾してくれた堂守に抱かれながら、桜は今日あったことをたまに涙を流しながら話した。桜の代わりに憤ってくれる堂守に、桜は最後の最後に抗えなくて自分から求めてしまったことを話し、それから堂守を裏切ったことを、震え泣きながら謝った。

 堂守は静かな声で、「じゃあこれから先輩をめちゃくちゃにします。俺のことしか考えられなくなるくらいします」とだけ伝えた。桜はそれに「はい、お願いします……」と安堵と欣喜と切望を持って応じた。

 そして桜の最悪な一日はようやく終わりを告げた。


本編、お付き合いいただきありがとうございました!
以下より本短編の後日談の掌編(有料エリア)となります。

凌辱風味の本編と打って変わって、激甘な本編翌日をご覧ください。

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主に官能小説を書いています(今後SFも手を出したい)。 学生時代、ラノベ作法研究所の掲示板におり小説を書いていましたが、就職と共にやめていました。 それから20年あまり経ち、また書きたい欲が出てきたため、執筆活動を再開しました。 どなたかの心に刺さる作品となっていれば幸いです。