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名探偵への、愛をこめて。/アンソニー・ホロヴィッツへの想い

小学生のころ、学校のそばにあった皮膚科によく通っていた時期がある。穏やかで優しく、患者さんからも人気があった先生。こじんまりとしてあたたかい雰囲気の診察室の扉には、黒の板に白い文字で、こう書かれてあった。

「221B」

そう、言わずと知れた「ベイカー街221のB」シャーロック・ホームズの自宅兼事務所。私が小学生時代にホームズものをむさぼるように読んだのは、この先生がホームズのファンだと知ってからだったか、それともその前からだったのかは、よく思い出せない。それでも、”先生も、ホームズが好きなんだ”と分かってからは、病院に通う時間がそれまでよりも何となく居心地の良いものに変わった気がする。

海外、国内もの問わずミステリ小説が大好きになったきっかけは、もちろん数々のホームズ物語との出会い。ホームズ、ポワロ、ジェシカおばさんにミス・マープル、刑事コロンボ等々、海外ミステリドラマを数多く放映してくれていた時代、いつも走って帰宅しては、同じくミステリファンの母と一緒に、夢中で見ていたのも影響のひとつかもしれない。

(中学では、ルブランの「ルパン」全集を読破して「奇岩城」でのホームズ登場シーンにショックを受け、それ以来、”義賊寄り”になったなぁ…)

さて、アンソニー・ホロヴィッツ。2019年度の「このミス」(翻訳部門)で堂々1位となった「カササギ殺人事件」の作者であり、著者プロフィールには”イギリスを代表する作家”と冠されるいまをときめく第一線のミステリ作家である。キャリアのスタートはTV脚本家で、「名探偵ポワロ」シリーズ、「刑事フォイル」を手がけている。

えっ、夢中で見てたあの「ポワロ」脚本を書いてた人なの…!?と興味を惹かれ、昨年日本でも放映された「フォイル」も面白く観た。それでも、小説作品としてはYAシリーズがメインだった彼が”イギリスを代表する作家”というキャッチを得ていることに、ちょっとだけ違和感を覚えたりしませんか?

ホロヴィッツが、初めて大人向け小説として発表したのは「シャーロック・ホームズ 絹の家」。ホームズもののパスティーシュ(模倣作品)として、世界で初めて(!)ホームズ協会に公式認定されたという作品だ。

「絹の家」の大反響を受け、パスティーシュ第2作「モリアーティ」を発表。そしてその功績により、今度はイアン・フレミング財団から依頼を受け、公式007の続編「逆襲のトリガー」を執筆している。

この経歴を知れば、”イギリスを代表する作家”たる地位もさもありなん…!

そう、ホロヴィッツを知る上で何より痛快なのが(オリジナルでなく)模倣が得手、ということにより、彼が作家の才能として高く評価された、という点だ。

オリジナルを紡ぎ出すことの価値はまた別として、「模倣」に必要な能力やセンスは、何かを表現するときに必ず必要なものだと思う。

対象をよく観察し、特徴を取り込み、他の多くの人々がそれを見ても「そうそう!」と思うようなポイントをリズムよく織り込んでいくことは、想像力のみならず、世相や流行に対するある種の”反射神経”の良さが必須だろう。多分に、「ドラマ脚本家」にそういった力は必要なんだと思う。

売れっ子脚本家のホロヴィッツ氏は、物語における「(観客が)何を観たがっているか、観たくないか」の判断が、とても上手い人なのだろう。

満を持して発表され、いずれもシーンを席巻した

「カササギ殺人事件」

「メインテーマは殺人」

「カササギ殺人事件」は、アガサ・クリスティへのオマージュ作品であることが公言されている。またしても、無から有ではなく、有から有を創り出すホロヴィッツの才能と力にただただ、こちらは心地良く身を任せるばかり。

対して”ホームズ&ワトソンもの”へのオマージュを感じさせるオリジナルシリーズ「メインテーマは~」は、「カササギ殺人事件」に続き、なんと2年連続、「このミス」の翻訳部門第1位を成し遂げるという偉業!この秋には、シリーズ二作目となる「その裁きは死」も上梓され、ますます目の離せないシリーズだ。

どちらも、最後のページに近づく度、時間を巻き戻したくなるほどに、どっぷりと物語世界にハマらせてもらった。

面白い作品に会うといつも思うし、何度でも思いたいのだが、この作家と同時代に生きることが出来ていて、ほんとうに良かった。

これからもリアルタイムで、片時も目が離せない。出会いに感謝&強く強くおすすめしつつ、今から次回作が、本当に待ちきれない!!

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