表と裏

 よくわからない後輩がいる。川井さんだ。
 川井さんは僕の一年後輩で、仕事ができる。
 明るく笑顔が素敵で周囲にも溶け込んでおり、僕と違ってキモいなどと陰口を叩かれたりしない。

 問題は、彼女の裏アカを見つけてしまったことだ。
 ある日、残業をしていて、SNSで調べ物をしていた時のことだ。
 偶然、課内で飲み会に行った店のことについて書かれている投稿を見つけた。
 僕たちが店を訪れた日と近かったので、初めは偶然としか思わなかった。
 しかし、そのアカウントには、会社の近くにしかない建物や店の写真があった。
 この辺に住んでいる人か、と思い、投稿をさかのぼった。そして、僕は見つけたのだ。僕のことに言及した投稿を。
 
「ブタジマ先輩、今日の会場設営のとき、めっちゃ頼りになった。普段は暗くて人嫌いだけど、うちは結構評価してる!」

 影で同僚たちから、ブタジマと呼ばれていることは知っていたので、僕のことだ、と気がついた。
 さらに投稿で言う「今日」の日に、僕は川井さんと会場設営をした。だから、会場設営のことで僕を褒める投稿をしたのは川井さんなのだと分かった。
 さらに驚いたことに、僕のことを良く書いた投稿は、投稿をさかのぼっていくと、時々見られたのだった。

 「ブタジマって呼ばれてる先輩、優しくて面倒見もいい。周囲にめっちゃ誤解されてるけど笑」
 「今日のブタジマ先輩。ため息ついてたら、大丈夫?って声かけてくれた。気遣いできる人って癒しだよね」

 川井さんのこの行動に、僕は疑問を持った。
 普段、川井さんは、皆と僕の悪口で大きく笑い、挨拶してもたまに返ってこない時がある。
 それが、いわゆる裏アカウントでは、こんなに僕への好意を書いている。
 どちらが本当の川井さんなのだろう。恋愛感情を僕に対し抱いている、ということもあるかもしれない。
 考えても分からなかったので、思い切って彼女に聞くことにした。

「ああ、見つけたんですね」
 コーヒーの缶に口をつけながら、川井さんは答える。
「やっぱり、そうなんだ」
 彼女を呼び出す口実に買った、自分用のコーヒーを開けつつ、僕は川井さんの隣に座る。
 僕らがソファに座っている、深夜のロビーには、街灯の光が入って、暗いと同時に明るい。
「なんか、僕のことも書いてたから」
「そうですよ」
 仕方ないじゃないですか、と彼女はコーヒーを大きく飲んで、こちらを見て言った。
「会社の人間関係で許されないような発言なんかは、裏アカウントに書く。これで結構、すっきりするんで」
「僕を褒めるのって、許されないことなんだ」
 情けなくなり肩を落とすと、川井さんが、まあ、と平然と頷く。
「あと、別に私、先輩のこと恋愛的に見てるとかじゃないですから」
「そうなの?」
「むしろ人の裏アカ丹念に調べたりして、一層キモいなって思いました」
「じゃあ、どうしてあんな投稿したわけ」
 むっとして言い返すと、川井さんはため息を小さくついて、面倒そうに答えた。
「あれも本音です。表も裏も同じ。同じ私がキモいって感じたり、いいなって思って投稿したり。表裏一体っていうじゃないですか」 
 そう言われると僕としては、そうなんだ、と返すしかなかった。
 
 その後も川井さんは相変わらず裏アカウントに僕のことを書く。
 今日も上司に怒られている僕を、川井さんとその友人たちは遠巻きに見て笑っていた。
 かと思うと、裏アカウントで彼女は「理不尽なことで怒られても、冷静に対応していて、ブタジマ先輩まじ大人」と投稿している。
 それを見るたび、複雑な気持ちになる。彼女への恋愛感情はない。 
 しかし、気づかされたことが一つある。人は一度に反対の感情を抱き、それが両立することもある。
 もしかしたら、周りの人も僕を一辺倒に嫌っているわけではなく、そこには複雑な感情があるのかもしれない。
 そう思うと相変わらずの冷遇ではあっても、職場で同僚と関わる時、少し気が軽くなるのだった。