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『仮想の在処』を読んで思ったこと

思い出とはどこにあるのだろう。彼女の姉はどこにいたのだろう。

伊藤計劃トリビュートより『仮想(おもかげ)の在処』by 伏見完

すごく綺麗な雰囲気の作品でした。

一人称で少し冷ややかに淡々と語られていくも最後のラストシーンで幾重もの光りが折り重なって世界を照らし、事後談が少し語られて終了する。

そんな感じの映像をイメージしました。映像化したらいいなあと思う作品です。

綾野有香への共感

有香(ありか)はずーっと悩まされていました。両親の愛は姉にばかり向けられていましたから。

幼い有香が母親に言われたこの言葉。

あなたは「恵まれた子」だから、あなたは「八音をずっと支えてあげなきゃいけないの」

親にとって有香は愛すべき対象でなく、八音の暮らしを手伝ってあげる存在だったんです。

八音の身体と心。有香の体と心。
有香は身体のない姉にとっての「身体」のような役割だったんです。
だから有香の心は必要とされてこなかった。

「支えてあげる」くらいなら健全ですが、有香の心が満たされるほど親は有香に愛情を注がなかったんですね。

有香のほうだって、そりゃ姉(しかも二次元の)がいれば、嫌でも姉を比較対象にしてしまいますもん。

アダルトチルドレン的要素を含んでいると思いました。

啓介も同じ

「剣道が嫌い」

親の意向で剣道を始め、県大会で一位を取るほどの腕前をもつ啓介は自分のことを「剣道に最適化された身体の持ち主」と言っています。

有香はそんな啓介の話を聞いて「うらやましい」と言います。

「私もそんな風に愛されていたかった。」

でもきっと啓介も親の愛情を受け取っていません。

彼に与えられたのは親からの命令でした。

彼も親に苦しまされた人の一人でした。

八音

八音の心の裏(行動原理とも言いますか…)はあまり見えません。最もしっかりと描写されるのはここくらいでしょうか。

昔八音がゆきちゃんに語った思いをゆきちゃんが有香に話すシーン。

「『ゆきちゃん、わたし、他の子みたいに体がないでしょう。だから他の子が眠ったり、ごはんを食べたりする代わりに、わたしにはしなくちゃいけないことがあるの』って。わかる?」「愛されること」

劣等感なんでしょうか

八音はただ気の向くままに画面の中で動いていたわけではないということ。

彼女は彼女以外の人にできて、自分にできないことがあることを自覚していました。

周りと自分を比較し、自分とは何なのか考え、自分がなすべきことを考えた。自分もなにかしなきゃ、と。

支えてもらうだけと思われていた八音を動かすものとは何だったのでしょう。

そのヒントは、日に日に時間のズレがひどくなっている八音の言葉の中にあります。

「あの時の有香は、とても――」「――さみしそうで――」「――だからわたしは思ったの――」「――ずっとそばにいてあげよう――」「――だって――」「――わたしは有香のお姉ちゃんだから」

それは、有香を想う気持ちでした

次の瞬間、姉の姿は消えていた。その代わり、空中に微細な断片がいくつも散乱する。三角形を組み合わせたようなとげとげしい破片、そのひとつひとつに、よく見ると姉の外見の一部が投影されているようだ。

↑この現象はリソース削減によるシステムの誤差のせいであるんですが、「人間だったものが人間でなくなってしまう」そんなシーンです。

身体は器。身体が消えれば個々人の思い出がその人の器になる。

姉は破片になった。姉が単なるデータに過ぎないという事実を突きつけられるようで。でもそれって生身の人間でも同じで。私達の身体は小さな細胞が集合して形作られている。

細胞一つ一つを見ただけでは人間とは思えない。人間ではないものが集まって人間らしく動くことが人間を成り立たせている。


読み返してめっちゃエモエモになった。

まるで遺言みたいどぅぁ…ああああああああああ

「あの時の有香は、とても――」「――さみしそうで――」「――だからわたしは思ったの――」「――ずっとそばにいてあげよう――」「――だって――」「――わたしは有香のお姉ちゃんだから」

この物語は有香視点で進みます。読者も有香側から八音を見るわけだから、八音の印象は良い感じとは言えませんでした。でも最後に八音の気持ちが明らかになって、それがとても人間らしくて、彼女なりに有香を思っていたと知って報われてほしいと思いました。

リソース契約の解除を決めた。でも一気にじゃなくて。徐々にって方式。

まるで老化していくみたい。

ここで殺すことを決めてたんだ。(言い方がきついか)

あのお出かけが最後の日だったんだ?

ラストシーンの重なり具合?畳み掛け具合?がすごく好きで、映像化したらすごく映えるシーンなのでは!?と思いました。

タイトルについて

仮想の在処って仮想の有香じゃん。かけてあるけど、自分がわかるのはそれだけっす…ぴえん。


読了!出会えて良かった!

SF、良いですね。SF×百合ですか!

星新一は好きではあったんですけどね。


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