国道一三四号線沿い

「バイクの後ろに乗るの、憧れてたんだ」
 僕の声が風に乗って後ろに流れる。佐藤は何か大きな声で言っているが、ヘルメットをしている僕の耳には風の音しか入らない。僕は佐藤のお腹に手を回して、身体を密着させた。バイクは大きい歩道橋の下を通り、防砂林の横を走っている。防砂林の中は遊歩道になっているみたいで、春の訪れを感じた植物が防砂林になっている松の根本を彩っていた。
「わ、海、海だよ」
 僕は時折防砂林の間から見える海に声を張り上げた。佐藤の肩が少し揺れている。横を大きなトラックが通り、後からトラックを追いかけるように風が吹いた。バイクが少し揺れ、僕は佐藤のお腹へ回している手に力を込めた。防砂林の向こうからは波の音も聞こえるようで、胸を踊らせる。
 佐藤は高校生のとき、毎日この国道一三四合線沿いを自転車で走っていたらしい。僕も、正月は家族で箱根駅伝を見るので、この道は知っていた。
「富士山だ」
 おもわず大声になってしまう。バイクが信号で止まったので、僕は視線を防砂林の向こうの海から、前に移した。富士山が遠くに見え、テレビで見た時より大きく目に映る。もう暖かくなったというのに、富士山は白化粧をしている。お尻に振動を感じ、信号が青になるのがわかった。ゲームでスタートダッシュするように、大きい音を立ててバイクが動く。少し離れた身体を、もう一度近づけた。ヘルメットの中に潮の香りが入ってくる。それが佐藤の匂いに合わさって、胸いっぱいに吸いたくなった。
「サーファー」
歩道を、サーフボードを横につけた自転車が走っている。砂のついた素足でペダルを踏んでいた。ようやく日差しが暖かくなりつつあるが、ウェットスーツを半分脱ぎ、腰のあたりから上半身がぶら下がっているのをみるとこちらまで寒くなってくる。よく焼けた肌が見えていて、僕は佐藤の背中を想像する。うなじまで焼けた肌は、背中も均一に焼けているだろう。
 佐藤と出会って、三年しか経っていないのに、佐藤が占める記憶の面積がどんどん大きくなっていく。一年生の四月に同じサークルで出会って、いつだって二人でいた。佐藤は実家が大学に近く、この町を知り尽くしていた。地方からきて一人暮らしをしている僕をいろいろなところに連れ回してくれた。僕が生まれ育ったところは海が近くになかったから、この町は僕にとって目新しいと思っていたが、それは地元が好きな佐藤が、いつだって僕の隣にいたからでもあると最近気づいた。
 広い佐藤の背中を見ながら、潮の匂いを吸い込んでいると、不意にバイクは坂道を下り、駐車場に入っていった。
「ついたぞ」
 佐藤がヘルメットを外してバイクを降りる。佐藤の声を久しぶりに聞いた気がした。低くて、すこしぶっきらぼうな口調。だけど、少し声に温かみがあるのは、彼が四人兄弟の長男だからだろう。ヘルメットを外すと、中に溜まっていた蒸れた髪の毛の間を潮風が通る。
「明日から学校かぁ」
「もう四年だね」
「お前がここに来てから、早かったな」
 佐藤は砂浜を進んでいく。僕もその後についていくが、足が砂に取られて歩きにくい。佐藤は大股で、けれどとてもゆっくり、僕の歩くスピードに合わせるように歩いてくれた。佐藤はスニーカーのまま波が染み込んで黒くなった砂のところまで歩き、波がきたら、ギリギリのところでスニーカーに波がかからないように避ける。
「お前もこいよ」
 夕日に照らされた海面がやけに綺麗に見えた。僕は渋々、という態度を取りながら、佐藤の横に立って、同じように波を避ける。何度かやっているうちに、僕のスニーカーは水を少し含み、重くなっていた。しばらくそうしていた後、二人で砂浜に座り、海面を眺める。夕日が沈むのは早く、気付いたら薄暗くなっていた。
「また、二人でこような」
 佐藤はこの町で、僕を受け入れてくれた。そして、未来の約束までしてくれる。それは僕には贅沢だと思った。僕は、佐藤に何も言うことなく、ただ海面を眺めていた。
 駐車場に戻ると、佐藤は来ていたパーカーを脱いで、僕の頭にパーカーのフードを被せた。僕はそれを胸に抱いてから着た。
「今年も、よろしくね」
 今年だけ、と自分に言い聞かせ、佐藤のバイクに跨がる。
 バイクは富士山を背に向け走り出した。

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