見出し画像

エレベーターから異次元世界へ引きずり込まれそうになった話。(実話体験談)

これからお話する内容はなにひとつ話を誇張する事なく、ありのままを話した実話となっています。文章にしたことで割とマイルドになっていますが、実際経験した僕からすれば九死に一生を得た位の衝撃的な体験です。もし怖い話が嫌な人は視聴をお控えください…。(こちらの内容は過去に投稿した記事の再投稿バージョンとなっています)


あれは確か19年前位だったと思う。僕は地元でそこそこ大きな国立の医科大学へ通院していた。去年の夏大きな交通事故に遭い顔面に大きなキズを作ってしまったため、月に一回通院をしている。とはいえ自力で病院へ通院出来る様になれるまで時間を要した。入院時、病院から一歩も外に出ることを許されず、只管拘束された生活はまるで囚人の様だった。いつかは外へ自由に飛び出して新鮮な空気を一杯に吸い込みたいと願ったものだ…。

家から片道9km程離れた距離に、以前入院していた国立病院がある。その距離を敢えて40分超かけて自転車を漕いで通院していた。あれは夏の初め頃、丁度今記事を書いている時期だったと思う。照りつけるアスファルトの熱は溶けそうになるほど蒸し暑かったけれど、入院中唯一の楽しみであったNHK番組「日本横断 心旅」で、たまたま僕の地元に訪れて飄々と自転車を漕ぐ火野正平さんの姿に心打たれた僕は、リハビリも兼ねた体力づくりの為だと僕の心は躍っていた

流石に到着した頃には汗だくになっていたので、一度最寄りのコンビニへ行ってトイレの中で着替えた。ひんやりとした店内の空気が僕の熱気を一気に奪っていく。取り敢えずここまで頑張って来たご褒美は帰りに買うとして診察の時間少しギリギリだったので、急いで向かう事にした。

「しっかしいつ来てもでかい病院だ…」行き交う車が絶えない。ひっきりなし車は出入りして、一体どれだけの車両を収容しているのか毎回不思議になるくらい、立体駐車場はパンパンなっている。「まるで大型アミューズメント施設の様だな…」その代わり人々の表情は皆薄暗いのだが。

正門の近くの駐輪所に自転車を停めて、歩いて行くと多くの入院患者達がたむろっている。相変わらず話の内容の8割方は病院に対する愚痴や不満だ…。「全くここの医者はなってない!!」「なんだ!?あの看護婦の態度は?」ただでさえ面倒な診察も、彼らのネガティブな会話内容によって足取りがぐんと重くなる。「そんな事を言っても仕方がないだろうに」僕はあんな事を言い合う大人にはならない様にしようと心に決めた。

正門をくぐると相変わらず人でごった返しになっている。受付を済ませて人々の列から離れる。階段を昇って2階へ上がると無数に張り巡らせたパイプの群れが目に入る。
「今日も休まずに営業中〜」行き交う箱達は各診察室へとカルテを運んでいる。どれだけ患者の情報を運んでいるのだろうか?パソコンでポチッと済むはずの工程を敢えてアナログに任せる。そんな不便さが僕は気に入っていた。

「機械は文句も言わない。定期的なメンテナンスが必要な事以外は、朝も昼もずーっと動きっぱなしだ。」

これが全て人力で行われていたとしたらと思うとゾッとする。殺気立った職員達の表情を、清々しい朝の空気と共に眺める羽目になるからだ。機械は文句一つ言わない。それを良いことに人々は酷使し続ける。「人々はもう少し機械に敬意を払うべきだ」それが当たり前になれば尚更である。

内科医から始まって羅列した病室の通路を抜けて、外科医の診察室は奥まった所にある。「ひゃーすんごい人…」これだから病院は嫌なんだ。予約を取っていたにせよ、この混雑した群れの中に入っていくのには気持ちが滅入って来る。

小さい頃東京の渋谷へ家族と遊びに行った時を思い出した。人でごった返しになったスクランブル交差点。蒸し返す暑さと人々の歩く音。様々な会話と人々の感情が入り乱れて、僕はその場に立ち尽くしてしまった。今では想像できないが身体が小さく病弱であった僕は、耐えきれず終いには座り込んでしまったらしい。

軽い発作が起きて過呼吸になる。青くなり始めた僕を母が見つけてすぐに抱きかかえた。その日の遠出は散々なものになって、それからというもの僕は人混みが苦手になったのである。

「こんなに人が溢れているなら、せめてもの長い待ち時間。ビンゴ大会でも開催したらいいのに」そんな事を考えて気持ちを和ませつつ、僕は只管自分の意識の中に入り込んでいく。

「嫌な事の後には存分に好きなことをすればいい」
「面倒な事など記憶に残さない。美味しいものと一緒に食べて無くしてしまえばいいのだ」

どんな状況に身を置いたとしても、何処かに空いている席を確保してやる。その席には自由をめいいっぱい詰めてやって、身体だけを現実に置いて、意識は自由に向けさせてやるんだ。

一人また一人と診察室へと吸い込まれていく。空いた席には自由が埋まることがなく、憂鬱な患者達が座っていく。ああ現実はいつもこうだ…。理想なんてものはいつだって置き去りにされる。現実には大事なものが沢山あると人々は言い、理想はいつも朝に立ち寄ったコンビニのゴミ箱へ捨てられる。そんなものだ…。

〇〇さーん。いつ聞いても馴れない独特なイントネーション。その声に現実に引き戻された…。

診察室は相変わらず声が筒抜けている。こんな場所にいたら軽くノイローゼになりそうだが、目の前の彼は顔色一つ変えずに軽く会釈を入れて僕の方へ身体を向けた…。

「最近どうですか?痛みはあります?」

僕の担当する主治医は。見た所50代を過ぎた辺りだろうか?綺麗に整えられた頭髪と、真っ白な白衣がビシッと似合っていて、油一つ浮いていないウェリントン形のメガネが眉毛を隠している。白髪が混じっていなければ、下手すれば5歳ほど若く見えるだろう。知的な雰囲気を穏やかな表情で隠している。

「ええ!お陰様でこの通り」
「先生の治療のお陰です…」

まぁ!それは良かった。と白い歯が見えないのが残念だが、マスク越しでもきっとそんな表情をしているのが見えた気がした。

「しかしね君。ここまで来るのに随分と大変だったでしょうな」

ぎくっ全てこの人にはお見通しだった様だ。
そう言えばコンビニで除菌シートを買っておくのを忘れたんだった。額がまだ汗で脂ぎっていた…。

「まぁあれだ、それだけ動けるほどに元気になっていたとポジティブに捉えましょう!」「ただ無茶はせぬよう、まだ一応痛み止めは出して起きますから。しっかりと貰って帰るように!いいね?」

最後の一句が少しばかり言葉に棘を感じた気がした。お薬ボイコット、採血ボイコットの異名まで着けられかけたちょびっと問題児。入院期間中ふらっと風の様に姿をくらます僕に手を焼いた看護婦がつけた異名。
そのエピソードを聞いた主治医は手を叩いて笑っていたが、目の奥までは笑ってはいなかった…。

「世の中で一番怒らせてはいけない人はこういうタイプだ」

10代ながらに僕ははっきりとそれを実感した。大人を怒らせてはいけない…。穏やかな人物であるならば尚更。

「ハイ!勿論速やかに貰って帰ります!」

「ふふふ、ではお大事に…」

今後はしっかりと目の奥まで笑っていた事を確認して、僕は診察室を出た。

「さぁ~てこっからどうすっかなぁ〜」

これからが僕のお楽しみ。仕事の予定は勿論なし!
足取りが軽く鼻歌混じりで人々の群れに逆らって歩いていく。閑散とした通路に出て僕は階段を降りようとした時。
急に何かが身体に入ってくる違和感を感じた…。

「なんだ?寒気…」

ズンと身体が重くなる。まるで何者かに押さえつけられている様な、無数のロープで拘束されている様な違和感が襲ってくる。その直後とてつもない吐き気と目眩が襲って来た。

まともに歩くことが出来ずに白くひんやりとした壁にもたれ掛かる。

「階段は駄目だ…。」

直感でそう感じた。僕は一歩一歩と歩を進めていく内にエレベーターホールまで辿り着いていた。
エレベーターは2階で停止している事を確認し、僕はボタンを押す。

「もう無理かもしれない。」「早く外の空気が吸いたい。」

扉が開いてエレベーター操作ボタンの前に立つ。
一階を押して、扉を閉めようとすると。目の前に人の気配を感じた。

数メートル先から歩いてくる人影…。

「なんだってこんな時に」

一歩一歩確かめるようにエレベーターに近づいてくる。外見は恐らく60代位だと予想した。全身作業着に身をまとい、目深に被ったくすんだ白いのヘルメットが顔全体を隠していた。

175 cmある僕の身長よりも数センチしか違わないだろう体格の男が、若干俯いていたものの何故か顔を確認することが出来なかった。まるでヘルメットの下には何も無い。そんな印象すら感じた程だ…。

ようやく乗り込んで僕の真後ろに立った。扉が閉まり僕の息は更に上がっていく。相変わらず胸のつっかえは取れない。それよりも更に心臓がどくどくといっている。

エレベーターの電子モニターは二階を表示している。エレベーターはぐんと動き出し、降りていく。

だがここで僕は違和感を感じた…。

二階から一階へ降りる際エレベーターが降りるのは一度のみだ。しかし今ハッキリとこのエレベーターは二度降りた。だが扉ぼ上部の表記は二階になっている。

二階から二階へ?どういうことだ…。そして急に訪れる不安。一体今自分は何処へ向かっているのだろう。腕がザラザラしてきた…。

「もう立っている事すらも辛い。早く楽になりたい」


そんな不安と共に感じるとてつもなく重たいオーラ。それは足元からでも頭上からでも感じることがない。そしてその違和感を感じた時に僕の心臓がバクンと大きな音を立てた。

そうそれは全て僕の背後から感じていたものだったからだった…。

そして目の前でゆっくりと扉が開いた。朦朧とした意識の中、僕は真っ直ぐ扉の先の世界を見つめる。

何も無い殺風景。薄暗くモヤがかった景色。閑散としているのにも関わらず数メートル先は良く見えない。その時直感で僕は感じていた

「その先へ進んではいけない。ここに留まり続けなければいけない。」

ふと目を閉じて心を落ち着かせようとした時に、背後から動く気配を感じた。その気配はやがて僕の真横を通り過ぎていく。

「出ちゃ駄目だ。見ちゃ駄目だ」

そう思いつつも、僕は一歩踏み出そうとしていた事に気がついた。僕は必死に身体を押さえようと壁に思いっきりへばりついていた。

そしてその男の背中を視界が捉えた。相変わらず足取りは一定のリズムを刻みながら滑るように進んで行く

「早く出ていけ!?」「なんだってんだちきしょう」

その男が完全に闇に溶けていくのを確認してから、僕は一心不乱に昇降ボタンを押し続ける。

階層は1階と表示されている…


扉が閉まり階層が上がっていく。


そして唐突に謎の音が耳をかすめた。短く聞き取れない音だった。


電子音の様な低く吐き捨てる様な短い音だった…。


エレベーターは上へと連れて行く。

一階から一階へエレベーターは昇っていく…。


ブーンという音と共に扉が開く。
わーっと飛び出す僕に驚いて、老婆がひゃーっと声をあげる。「何やってんのよあのひと!?」という声を跳ね除けて一目散に正門を抜けて行く。受付を忘れて外へ飛び出していった。いつの間にか身体の重みも、嘔き気もめまいも無かった。

息が上がって立ち尽くしていると不思議そうな表情を浮かべた入院患者のおじさんが「お兄さん大丈夫かい?」と目を丸くして僕の顔を覗き込んだ。ギョッとした表情でまるで珍しいものでも見るような目つきだった。

「ええ…。なんとか」

さっきまでの身体の重さも、気持ち悪さも抜けきったのに、顔色だけは恐ろしく悪かったのだろう…。オマケに酷い汗をかいていた。ガンガンに空調が効いた病院内にいたにも関わらず…。

暫く外の空気を吸っていたら大分楽になってきた。喉がカラカラに渇いていたのでコンビニへ行って冷たい物を買って一気に飲んだ。それと同時に内側に入りこんだ不純物を流したかったからでもある。ひときわ強い炭酸を選んだ為か、大きくむせてしまった。その光景を不思議そうに眺める通行人。そう言えばエレベーターから出てきてから、何度顔を覗かれたかわからない。コンビニの店員の声が明らかにうわずっていたのを思い出した。


「そんなに酷い顔をしてんのかな?」


何をする気も起きず、何処にも寄る元気が無かったため蒸し暑い真っ昼間の中無心でペダルを漕いで帰った。


家に到着してベッドに身体を投げ出した。エアコンをガンガンに着けて目を閉じ、先ほど体験した不可解な出来事を頭の中で思い出す。


「あの時聞こえた音は何だったんだろう…」



「…でさ…。マジでロクな事が無かったよ今日…。」

仕事がそれほど忙しくなかった為か、今日はいつもよりも夕食の時間が早かった。色とりどりに並べられた豪勢な夕飯。今日は売上がすこぶる良かった為か奮発したそうだ。
好物ばかり並べられたテーブルを囲み、今日の僕の怪現象の話題で持ちきりだった。

「何はともあれ何も起きなくてよかったな」
「その男。もしかしたらお前を連れて行こうとしたんじゃないの?」

なんて他人事の様にアレコレ言いたい放題言われて少しむっとしていると。

「そう言えば昔、お母さんが入院していた頃自分も同じ様な体験をした覚えがあるよ」

大皿におかずを取り分けている妹が、僕の顔を覗き込みながら言った。

「お見舞いに行った帰りのエレベーター。二階から一階へ行く間、そう言えば一つ多くエレベーターが降りていった気がする」

それはお前の気のせいではなくて?と聞くと首を大きく横に振った。

「気のせいではない。実際自分以外にも三〜四人程エレベーターに乗っていたけど、皆不思議そうに話していたもん」

「なんか今、多くエレベーター動いていないかしら?」

「確かに私達二階から降りてきたわよね?」

それでね。その中の一人がこう言ったんだ…。妹は勿体ぶるようにゆっくりと間を作る。


「今何か変な音がしたかしら?何だろう?金属の音のような…」


再び背筋が凍る様な感覚に見舞われた。冷房が効きすぎているからだろうか?腕には寒イボができ始めて来た…。


そう言えばもう一度僕が聞こえた音を思い出して見る。謎の金属音。太く短いまるで吐き捨てるかのような小さな音。その音の輪郭を思い浮かべてみた…。

僕の背後から抜けていった男の気配。原因不明の体調不良。顔が全て覆いかぶさるようなヘルメットの影。異様な男の足取り。そしてあの男が向かった先…。

一体あそこは何処だったのだろうか…。
そしてもしあの男について行ったら今頃僕はどうなっていたのだろうか?今こうして生活が出来ているのはもしかすると奇跡だったのだろうか?



「オマエモクレバヨカッタンダ…」


あの音の正体を思い出したのはあの日から一週間経った頃だった。何故急にその言葉を思い出したのかはわからない。ただ医大に看護師として勤める僕の友人の話では丁度その時くらいに、大きな事故があったという。鳶職人の中年男性が誤って転落し、酷く苦しみながら病院内で亡くなったらしい…。そんな事故が最近立て続けて続いていたのだそう…。



結局今はもう新しく建て替えられてあのエレベーターは残っていないという…。


この日を境に僕は軽いトラウマになってしまい、よっぽどの事じゃなければ階段を利用するようになってしまった…


もうあんな思いは真っ平ごめんだ…。今でも勿論あの無機質な声を覚えている。



時が経つほどにそれははっきりと呪いのように僕の耳の内側に張り付いて離れない…。


これからも永遠に…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?