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番外編⑫の後半から⑬の後半のスラム

番外編

洞が連絡会周りを行なっている日と同日

朝8時、相変わらず日が届かない部屋で江藤は起きる。

宿のおかみさんが2階のシャワーを有料で貸すと言ってくれたので
小銭を受け付けに置いてシャワーを借りる
ヒゲも剃り、風呂場で来ていた服を洗う。

ふと昨日の夜の亜城の涙や
温かくなりきらないシャワーを浴びながら
「そういうのが違うんだって」という言葉を反芻する
雑念が入ったからかひげ剃り負けが出来てしまう。

排水口に少し薄紅色の水が流れていく。
江藤は眺めながら、今朝思いついた話をどう切り出すか、思いを巡らせていた。


シャワーを浴びた後、2階の使ってない窓のある部屋に洗濯物を干して、肌着のまま部屋に戻る。
2階の客間の廊下や階段を、足音を立てない様に降りる
思い返してみると、この階段を堂々と降りた記憶が無かった。

宿泊用の浴衣に袖を通し、おかみさんのいる受付の奥、のれんをくぐる

おかみさんは拡張ARで何かを見ている

「どないしたん」

ARのスクリーンの向こうに江藤が見えたようだ

「働くところを探したいと思っていまして」

おかみさんが拡張ARグラスを外す

「ずっと何泊もお世話になるのは心苦しい、このエリアで働ける所を探し、住む所を探したいと思ってます」

「洞が迷惑かけてない時あらへんから慣れてるけど…まぁ
アンタがまともに考えたんやったら働いた方がそらええわ…何するん?」

「今日探しにいきます」

スラムは晴天、服を買う所を教えて貰い、江藤は歩行用の杖と共に北部へ向かう。
オーソライズデータがなくなった、名前の無い人間としての人生が始まる。
新しい人間関係、新しい環境、新しい街

色とりどりのトタンが建てられている壁さえカラフルで綺麗に見える

大通りの道では多数の物乞いがいる
それと同じぐらいの数飲み屋があった
飲み屋ではギャンブルが行われ、喝采や言い合いなど
昼だというのにかなり騒がしい店もあった
従業員募集の張り紙は、哀しいかな探せど全く見当たらなかった
そのまま大通りを曲がり、フリーマーケットに向かう。

露店が立ち並び、露店の屋根に覆われて全体的に通りは暗い、その中にはよくわからない奇形の魚やアンドロイドのパーツ、改造用オイル、
偽のIDから土木の仕事用具や衣服など、雑に縦横10店舗の筋で並べられている

江藤は衣服を買いに来ていた。
ヒョウ柄は2100年代でも大阪エリアでは不動のブームである。
あとはピンクのラメのあしらわれたシャツだ。

東京の流行りの若者の服は、この辺りでは目立つ
何着かは着まわせるように誰の着た後かわからない服を上下何着か購入し、宿に帰る。

道すがら、暗い顔をしてる洞と出会った。

「…オッチャンやん、服こうたんか?」

「ええ、まぁ何着か。今後ちゃんと働いて、おかみさんに厄介にならない様にしたいと思ってます」

「えぇ、あぁ、あ、そう…ほんだら働き口やったらなんぼか紹介出来ると思うで」
「本当ですか!それはありがたい」

洞は東部で働くのを恐れた。
那篠の母との遭遇を。
心なしか江藤が明るい様に思えた。
自分がこの直前に何を抱えたかを、このオッチャンは知らんねやろな
と感傷的な気持ちも少し湧いた

「服置いたら詰所きい」

江藤は詰所で着替えて、干してある服を畳み、スラムの若者の服装に着替えて杖をつきながら詰所に向かった。


詰所には市崎も来ていた。
どうやら違う任務を任されているらしくバックパックを担いで資料に目を通していた。
「うわーまたコンテナドローンですか…」と文句を漏らす市崎。
初日に乗ったコンテナ用ドローン輸送便が薄っすら思い出される
激しい着陸、揺れまくる、土と干し草の匂いのコンテナ…

洞が椅子にだらしなくうなだれている。

「どんな仕事したいんや」

「ともかく衣食住を自立して行いたいです」

「ま、一番てっとり早いんはラーズ入るのやけど、どいつの心象にも全く良くないからそれは省くとして、や」

洞は引き出しの何段目かを開けて板状の機器を取り出しタップしたりスワイプしたりする

「なんぼか仕事はあるで、自分でやってみたい仕事とか見つけたか?
特におすすめは西部と南部や…えー…あれ?オッチャン仕事どうやって見つけるか知ってる?」

「それが…従業員募集してる所はなかったんです」

その発言に洞はサングラスをずらして上目遣いで江藤をみる

「…お店の人に聞いたんけ?」

「いえ、普通は張り紙などが店の外なんかに」

洞はやっぱりと言わんばかりのリアクション

「聞いてないんかい!聞かな自分!スラムはそんなん貼ってないわ!従業員募集なんか張り紙しとったら手薄や言うてる様なモンやからな」

「なるほど、襲われるから」

「0.1秒監視社会で育ってまんなぁ…」洞が嬉しそうにニヤニヤしながら続ける

「基本的にや、交渉しかあらへんねん、スラムで生きよう思うのは殊勝なこっちゃけど、生半可では暮らされへん。ええか?求めれば値段を釣り上げられるし、寄り添えば取り込まれる、よー覚えときい」

江藤はまだまだ学ぶ事が多いことにワクワクした

「例えばオッチャンがやりたい事が見つかったり、ここで働きたいと思うとするやん?、はいどーする?」
「?…先程言ってた様に交渉を」
「ちゃうがなちゃうがな、シミュレーションやがな。言え、『あーここでは働きたいなー』って言え、さんはい!」
洞が両手でどうぞ!というハンドサインを送る

「…あ、あーここではたらきたいなー」
しぶしぶシミュレーションに付き合う、とても恥ずかしい
洞はキラキラしている
「おうお兄さんどないしたんや」

「は、働きたいなと」

「アウト…そんなんやったらアホみたいな条件でしか働かされへん…まずはケチをつける、この店の弱い所を探るねん」
アウトがあるのか、と江藤は困惑する
この店、というのは詰所の事か?
とりあえず洞のシミュレーションに乗ってみる

「…この店、掃除行き届いて無いし不衛生ですね、食中毒が出そうです」
「ほな来んかったらええやん」
「いかにも」
「いかにもちゃうがなー!!自分を雇ったらこんな利点があるとか…そうやな、三つぐらいは言えた方がええ、店を探して、そこを穴が開くぐらいよう見い、はいやり直し!」
「…掃除行き届いてないし不衛生ですね、食中毒が出そうですよ」
「ほな来んかったらええやん」
「もし良ければ私が掃除します、掃除が上手く、若くて体力があり、仕事熱心ですよ」
「でも杖ついてるやん」

平気でそういうことも言ってくる
わかってはいたが、どうしようもない所を言及されると少し悔しかった
足は力を入れても脱力してしまう瞬間があるから杖を極力使って安全に過ごしていた。
外せない事はないが、常備薬を飲んで運動神経を活性化させるのを忘れたツケが、江藤の身体の方々を麻痺させていた。
しかしそれはスラムで働く上で色んな部位の欠損も見てきた、当たり前にある事なのだ。
杖をついている、というのが
洞というシミュレーション店主にとっては関係の無い話であるのも確かだった
皆自分の欠点を得意で補って暮らしているのだろう
そう思うと、洞のこの発言は人を平らに見ていて少し羨ましくもあった。

もしそうならば…欠点を腐す発言でないならば…それ以外を求めてるのか?と江藤は打診をしてみる。

「使いこなしてますので、お邪魔にはならないかと」
「…いつから来れる?いくら?」

通った。なるほど、口先じゃなく
目的を探られるのか、と仮定に対し実証というパズルがハマる気持ちよさがあった。

「1日640円、週5日、月20日勤務」
「日当はええ相場やけど、どんな店も週5日開けて人が来る程景気はよー無いで」
「心得ておきます」
無言で洞が頷く。

「…まぁ合格ちゃうか?心得は教えた、交渉は大概こうや。どこでも行けるわ」
「紹介してくれる話ではなかったんですか?」
「そう思ったんやけど、自立したいって話やし、俺から圧かけて職場紹介したら、居心地ええもんにならへんやろ」
「なるほど…どこか良いアテがあるなら、と思いましたが」
「どこでも行けるわ、自由や」
洞はヘラヘラと笑う

どこで働こう、どんな仕事があるんだろう
江藤は街を歩くのが楽しみになった。

市崎は資料を読み終わり

「つまりアレですか?洞…エトーさんは頑張れ、僕は死んでこい、みたいな事ですか?」

「市!おったんかいお前!陰鬱マッチョの石像かと思ったわ」
「陰鬱マッチョの石像…」
「ポージングすなキモいのお、はよいけ」
市崎と洞はワイワイしている

江藤はそれをひとしきり聞いた後
「ありがとうございました」
と部屋を出ようとする

洞が呼び止める

「住める所はアテあるねんわ。西部や。電車も通ってないけど
問題あんまり起きへんねん、改造人間のエリアやから」

「ありがとうございます、また明日にでも宿に教えに来てください」

市崎が任務に出ていき、江藤が職場探しに出ていき扉が閉まる


「寂しなるでホンマ」ため息混じりにひとりごとを言いながら引き出しから出した資料を眺める

すると30分程経って、亜城が入って来た

「帰り、その顔は湿度高いわ」
「湿度高いってなんですか」
「なんか美味いもんかなんか食うて来いや!ほんでアホみたいな本読んでひと笑いしてから来いや」
「そんなに顔ひどい?」
「悲壮感えぐい…何やっても失敗しそう」

「…また来ます」
「早よ帰り」

扉を閉めた。

一方江藤は働く所を狙い定めていた。

南部のカフェバーの向かいのニューススタンドだ。
まずニュースが読める、いの一番に読めて情報を収集出来る、そして目の前のカフェバー

昔好きだったパイナップルマフィンは食べられないとしても
カフェでもある、コーヒーが飲める。


まずはニューススタンドでの面接があった
口髭を生やした小柄なおじいさんだった
洞に言われた通り、ケチからつけてみる江藤
「なかなか売れませんね」
「は?あぁ…皆文字読めないからね」
「僕なら文字を読めるし呼び込みしますから今の倍は売れますよ」
「何、自慢?」
「ここで働きたいんですが」
「いいよ、え、IDある?」

随分とテキトーな主人だった

「ありません」
「あぁそう、毎日ここ立てる?」
「幾らかによりますね、この通りだとそれなりに立ってるだけでもリスクありますからね」
「じゃあ毎日じゃなくて良いや週三、いや四で…」
「一日640円」
「高いな、600円なら出そう」
「乗った、ありがとうございます」
「名前と住んでるとこ教えといてくれ」


名前…考えていなかった
これから一生使うであろう偽名
那篠・オッチャン・エトー・色んな名前や由来を考える
江藤という名前は見つかる確率が増えるだろう
三人の人に助けられた
どこかへ運んでくれた

「西部に住む予定の…三橋…」
「ミハシ…何?」
「三橋一人(ミハシ・ヒトリ)です」

「ミハシさんね…いつから来れる?」
「明日からでも!まだ引っ越しが終わってないんですけど、西部に間借りをします」
「一週間は二人で入るからその間に色々覚えて」

警戒心が薄過ぎる

「あのすみませんが、ここに不慣れなモノで把握してないんですが、このニューススタンドって襲われたりします?」
「胴元知ってるから襲わないよ誰も」

胴元…元の組織があるのか、確かにこの辺りだけ寄りつかない
荒れた後も無い

「そんで目の前にはその胴元のカフェもあるしねぇ」
「怖い胴元さんなんですか?」
「まぁ、ここいらで商売するならそうね、いらん騒ぎは起こさん方が自分の為になるから」

売る気が無いんじゃなく、売っても買わないのだ
価格帯は正当なのに、漠然とした怯えが通る人間に購買意欲を削ぐ緊張感を与えてるんだろう
と江藤は思った。

「いずれオーナーも来る、今からどこに何があるか教えるね」

そこからはこの地域のちょっとした歴史を聞きながら
よく来る人に紹介され
付近で起きた見学に店主が野次馬をしに行き
その間に何人かに品物を売り
帰って来てちょろまかしていない事を褒められる

夕方に差し掛かった頃、目の前のカフェも閉まり
ニューススタンドだけが煌々と明かりを通りに放っていた頃
口髭の店主がまた離れる準備をする。

「売上持っていくから、ちょっと待っててね」
「え、じゃあ閉めるんですか?」
「あぁ閉めるよ、もう暗い、お腹も空いたからね」
「持って行ってる間に何か売れたらどうすれば」
「明日の売り上げに計上、じゃ、すぐ戻って来るから」

そそくさと売り上げをどこかに持って行ってしまった。
商品棚のシャッターを閉めつつ
待っていると体躯の分厚い人間が通りの向こうからコチラに向かって歩いていた。

「KA…?」江藤は驚いた

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