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アズーリの10年を振り返る #05

第2戦は難敵を相手にした落とせないゲーム

いきなりクオリティの高いゲームを見せ、王者スペインと堂々と引き分けた初戦を経て、第2戦の相手はイタリアが「勝てない」ジンクスのあるクロアチアである。戦いの舞台は引き続きポーランドだが、北部の港湾都市グダニスクから、内陸側のポズナンに移る。

ポーランドが王国となった西暦1025年に最初の首都となったポズナンでの第2戦は、決勝トーナメント進出に向けて絶対に落とせないゲームだ。初戦でスペインを相手に好ゲームを見せたことで、戦力的にも戦術的にも高いレベルにあることを証明したが、勝ち点3は取れていないのである。
対戦相手のクロアチアは、初戦でアイルランドに3-1の勝利を収めている。3得点はいずれもFWの選手によるものであり、戦い方にも自信を持ってイタリアを迎え撃つと予想された。クロアチアはイタリアとの第2戦に勝てば文句なしで決勝トーナメント進出となる。第3戦にスペイン戦を控えていることもあり、クロアチアとしてはここで進出を決めたいところだ。

攻めながらも得点を奪えない

イタリア、クロアチアともに先発メンバーは第1戦から変更されなかった。両チームともに第1戦の内容が良く、両指揮官が選手起用を変える必要はなかっただろう。ただし後述するように、イタリアの3-5-2システムがこの日のクロアチア相手に有意義だったのかは、意見が分かれそうなところではあった。

ゲーム当日(2012年6月14日)の天候は曇り。気温は14度。気象条件に恵まれ、両チームの力が存分に発揮されることが期待できる。観る者にとっては非常に楽しみな90分である。
ちなみにこのゲームの主審を務めたのはイングランドのハワード・ウェブ。南アフリカW杯の決勝を裁いたレフェリーだ。

ゲームが始まると、クロアチアの厳しいチェックに曝されながらもタッチ数の少ないパスワークでイタリアが攻勢に出る。開始3分にはペナルティエリア内でバロテッリが最初のシュートを放った。強烈で直線的な弾道はゴール左に外れたが、その表情からは高い集中力と落ち着きが窺えた。「今日のマリオならいける」と感じたのか、カッサーノが繰り返しチャンスを作り、バロテッリが待つゴール前には繰り返しボールが供給された。

前半のイタリアは豊富な運動量に支えられた積極的な動きでクロアチアのパスワークを遮断し、クロアチアゴールを脅かすことに成功する。11分にはマルキージオの鋭い左足ミドルに会場がどよめき、16分にはゴール前でボールを受けたバロテッリが、ほぼノーステップで強烈な無回転シュートを放っている。

しかしイタリアは攻めながらも得点を奪えない。クロアチアのゴールキーパー、プレティコサが「当たって」いた感もあるが、イタリアのシュートの精度に課題があったことは否めないだろう。ピルロの配球、自由に動くカッサーノのチャンスメイク成功率、冷静で繊細なボールタッチも見せるバロテッリと、イタリアの攻撃に必要な要素はどれも機能していたと言っていい。しかしシュートが枠内に飛んだ回数は少なかった。
そうしたイタリアの攻撃を見てか、クロアチアも徐々に攻撃の機会を増やし始める。

クロアチアのツートップはマンジュキッチとイエラビッチ。どちらも高さのあるアタッカーだ。やや線が細く、パワフルさを前面に出すタイプではないが、両サイドからゴール前に送られるボールをゴールに送り込むには十分な嗅覚を持っている。

前半19分、左サイドからイタリアゴール前にクロスを蹴り込むと、ゴール前でイエラビッチとキエッリーニがもつれ合いながら倒れた。PKを取られてもおかしくないシーンで、イタリアベンチは肝を冷やしただろう。攻勢を続けながら得点を奪えない展開で、ここでPKで先制を許せば流れが非常に悪くなったはずだ。しかし幸い、クロアチアのファウルというジャッジで事なきを得る。ただこのあたりから、クロアチアはツートップに向けてどんどんボールを放り込み始めた。そしてこれは地味ながらも効果があるボディブローとしてイタリアに効いてくる。

繰り返されるクロスボールと、そのボールに向かって走り込む長身のアタッカーを警戒してイタリアの最終ラインが少し下がった。これにより中盤のプレッシングがわずかながらも緩くなり、クロアチアの自由度が増したのだ。全体的に見ればイタリアが優勢で、クロアチアのチャンスは限られたものであったが、彼らにも得点の可能性が十分にあることは明らかだった。

前半36分にはカッサーノの縦パスからマルキージオが決定機を迎えるが、またもプレティコサに止められてしまう。繰り返し訪れるチャンスが得点に結びつかず、イタリアには悪い雰囲気が漂い始めた。その矢先、イタリアは相手ゴールの左手前、ペナルティーエリアのわずかに外側でフリーキックのチャンスを得る。

「イタリアにはピルロがいる」

プランデッリが在任中に繰り返し発した言葉だ。レジスタへの揺るがぬ信頼感と、相手にとってイタリアのフリーキックが脅威になることを意味しているだろう。そして希代のレジスタは、その声と期待を裏切らない。1本のキックで悪い雰囲気を払拭してみせた。
ピルロのフリーキックは壁に並ぶ相手選手2人の頭の間を抜け、鋭い曲線を描いてクロアチアゴールに飛び込んだ。プレティコサが懸命に右手を伸ばすが、ボールに触れたのは既にゴールラインを超えた後。こうして39分にイタリアが先制し、1-0で前半が終了する。

スペイン戦と同じ布陣の是非

選手交代なく始まった後半は、前半同様に一進一退の展開となる。
前半に比べるとポゼッションも均等になり、クロアチアの攻撃もクロスだけに依存したものではなくなった。モドリッチが積極的にミドルシュートを放つ場面もあり、チャンスありと見れば、前半同様に前線のツインタワーに向けて躊躇なくクロスを放り込む。

第1戦で戦ったスペインは、いわゆるゼロトップ的な構成だった。最前列の顔ぶれはシルバ、セスク、イニエスタである。フェルナンド・トーレスはおらず、高さやパワー、スピードではなく、技術と俊敏性で攻める顔ぶれだった。卓越した技術を持つ小柄なアタッカーが、短くスピーディなパスワークを駆使して攻めてくるのを相手にしていたのが第1戦である。そしてそのゲームでは、デロッシを中心に据えたイタリアの3バックは機能した。

クロアチアは高さのある2人のFWを並べてきた。
デロッシは空中戦向きのディフェンダーではなく、ボヌッチとキエッリーニが、マンジュキッチとイエラビッチのマークを徹底する必要があったが、数多くクロスを放り込まれれば守備のミスも発生する。72分、マンジュキッチに供給されたクロスボールに対してキエッリーニがポジショニングを誤ったことでクロアチアの同点ゴールが生まれた。

後半、クロアチアのプレーに粗さが目立ったことにも助けられ、第2戦は1-1のドロー決着となる。

この日のイタリアの3-5-2システムの是非は、判断が非常に難しいと思う。クロアチアの高さのある2人のアタッカーに対してはマッチングが適切ではなかっただろう。ただ、スペイン戦と同様にマッジョとジャッケリーニが走り回り、相手のサイドバックの動きをある程度抑え込み、マルキージオとモッタがピルロをうまくサポートしながら、カッサーノのチャンスメイクにつながる中盤を構築できてもいた。
色々な記事を読むと、この日の3-5-2システムについてはファビオ・カペッロが批判的なコメントをしている。守備的なチーム相手の3-5-2はミスマッチであるというのがカペッロの主張だ。
イタリアが中盤をしっかりコントロールできた結果、相手のサイドバック(特に右のスルナ)を牽制できたので、クロアチアが守備的に見えることになったのではないか。カペッロのコメントに対する筆者の疑問はここにある。

クロアチアは守備的だったか

スペインを相手に積極的に前に出たイタリアを見て、クロアチアの首脳陣はある程度守備に重きを置くことを選択したのかもしれない。確かにこのゲームでのクロアチアは、中盤の高い位置から積極的なプレス合戦を仕掛けてはこなかった。どちらかと言えばイタリアのパスワークをある程度許容し、バイタルから自軍ペナルティーエリア付近で急激に守備を厳しくするような戦い方だったように見える。イタリアは、カッサーノやバロテッリのスキルでその守備をかわせば、決定的なシュートを放つことができた。
ただ、クロアチアが守備的であったかといえば違うだろう。決勝トーナメント進出を決めたいクロアチアが「負けない」ジンクスのあるイタリア相手に消極的であったとは考えにくい。やはり、マッジョとジャッケリーニの頑張りが相手の攻撃を牽制した結果が、カペッロのコメントにあるような見た目に繋がったのではないだろうか。

勝てなかったが実りある2試合

スペイン戦・クロアチア戦を通じて、イタリアの戦力が高いレベルにあることは十分に証明されただろう。どちらの試合も勝ちきれなかったが、内容的には質の高いものであり、2年前の南アフリカで絶望に打ちひしがれていたチームは大きく進化していた。
そして前述のとおり相性の良し悪しはあるものの、デロッシを中心とした3バックが十分な戦力を持っていることは素晴らしいサプライズだった。筆者個人的には南アフリカでのデロッシが苦しい表情を見せていたこともあり、この2試合の守備陣には拍手を送りたい。またバロテッリが、1戦目に比べて2戦目で明らかにゴールの匂いを強くさせたこともプラス材料だと思う。もちろんストライカーが早々に点を取り始めるのは理想だが、ラッキーなゴールよりも、戦術と技術で素晴らしいシュートを見せてくれたことは大きなプラス材料だ。

そして決勝トーナメント進出

スペイン戦とクロアチア戦だけで、だいぶ記事が長くなってしまった。だからというわけではないが、第3戦のアイルランド戦についての詳細は省略する。やはりスペイン・クロアチアに比べると戦力的には劣るチームであり、内容的に詳細を掘り下げるゲームではないと判断したためだ。

アイルランド戦での出来事には1つ着目点がある。コーナーキックのボールをアクロバティックなボレーシュートで叩き込んだ、バロテッリによる2点目のゴール直後のシーンだ。ゴールの直後、バロテッリはベンチに向かって何かを叫ぼうとし、その口をボヌッチに塞がれている。このシーンを覚えているファンは多いだろうし、そのほとんどの人は、先発から外されたバロテッリのこうしたリアクションを微笑ましく見ていただろう。

バロテッリは「ほら、俺は点取れるだろ!先発から外しやがって!」と言おうとしていたのだろうか?その答えは定かではないが、クロアチア戦で確かな自信を得た彼は、ようやく本来の力を発揮できると確信したのではないだろうか。それがアイルランド戦の先発落ちで、出鼻をくじかれたようになってしまったのだろう。「俺を使え!」という単純なメッセージではなく、自分のバイオリズムに確固たる自信があったからこそ、感情が爆発したのではないか。筆者はそのように捉えている。

結局アイルランド戦は、カッサーノとバロテッリのゴールで2-0の勝利を収め、スペインがクロアチアに「勝ってくれた」ことでイタリアは決勝トーナメントへの切符を手にする。「これで俺たちはスペインに借りができた」とはブッフォンの言葉だが、安堵とともに勝ちきれなかった2試合の反省と後悔が沸き上がったのかもしれない。

こうしてグループリーグ3試合を終えたイタリアは、キエフ(キーウ)でイングランドと準々決勝を戦うこととなった。

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