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アズーリの10年を振り返る #03

EURO2012がスタート

ポーランドとウクライナの共同開催となったEURO2012は、本大会出場国が16か国、決勝トーナメントは準々決勝から始まるというフォーマットでの最後の大会でもある(EURO2016からは24か国参加。決勝トーナメントはR16から)。厳しい予選を勝ち抜いた出場国の争いであり、楽な試合はグループリーグ(GL)でも存在しない。複数の格下チームが同じグループに属することはないと言っていいので、1つでも取りこぼすと同時に突破に黄色信号が灯ることになる。

グループ分けは以下の通り。

【グループA】
チェコ / ギリシャ / ロシア / ポーランド

【グループB】
ドイツ / ポルトガル / デンマーク / オランダ

【グループC】
スペイン / イタリア / クロアチア / アイルランド

【グループD】
イングランド / フランス / ウクライナ / スウェーデン

グループBの地獄のような組み合わせは避けられたものの、イタリアはスペインと同じグループに入り、そのスペインと初戦で激突した。

EURO2008とW杯2010を続けて制したスペインは間違いなく最強のチームと言っていい。シャビとイニエスタの2人を中核として圧倒的なボール支配能力を誇る彼らには、勝つことはもちろん、試合を優勢に進めることすら困難だ。しかしスペインも取りこぼすことはある。南アフリカでは初戦でスイスにまさかの敗戦を喫しているのだ。その南アフリカでの惨敗からチームを立て直したイタリアがスペインにどこまで通用するのか、注目が集まった。

先に結果から言ってしまうと、イタリアとスペインの初戦は 1 - 1 のドロー。ただし積極的なプレーを見せる両チームは極めてスリリングな試合を見せた。評価は人それぞれだろうが、筆者はこの試合をEURO2012のベストゲームと考えている。この大会を観戦したほとんどの人が、屈指の好ゲームだったと評価することは確実だ。

そしてこの試合は、イタリアの改革の成果を証明するだけでなく、ここまでの数年間で圧倒的な強さを見せつけてきたスペインとの戦い方を示すものとして、欧州や世界に一石を投じるものとなった。

2010年代のアズーリを振り返る上で、極めて大きな意味を持つこのゲームについてはじっくり振り返りたい。

デロッシ中心の3バックとプレッシング

グダニスクで迎えた初戦。イタリアはレオナルド・ボヌッチ、ダニエレ・デロッシ、ジョルジョ・キエッリーニの3バックでスペインを迎え撃つ。そして左のウィングバックには代表デビューとなるエマヌエレ・ジャッケリーニを起用。驚くべき布陣とも思えるが、戦術と選手の特性を考えると理にかなっている。

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イタリアは試合開始直後から、積極的に前方からのプレッシングを行ない、ボールを保持すると少ないタッチ数のパスワークで前進する姿勢を見せた。つまりスペインと撃ち合う戦い方である。

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イタリアはブスケッツの両脇のスペースに、マルキージオとモッタが積極的に入り込む。このエリアを埋めながら、スペインのDFラインと中盤のパスワークにゆとりを持たせないようにボールを追った。そして両サイドのジャッケリーニとマッジョはスペインの両SBに対して早めのチェックを仕掛け続けた。シャビが間合いを作ってアルバやアルベロアが高い位置に出てもマークを外さず、マッジョとマルキージオ、ジャッケリーニとモッタで2方向からプレッシャーをかけることでスペインのパスワークを制限し続けた。

この策は功を奏し、どのような相手でも高いポゼッションを誇るスペインに対し、前半のイタリアのボール支配はほぼ50%に達した。

攻撃姿勢を保った前半の流れ

イタリアはボールを奪うと、中盤で2~3本のショートパスを素早くつないで体制を立て直す。この中心にいるのはもちろんピルロだ。その間にマッジョとジャッケリーニは裏のスペースを狙い、前線ではカッサーノが動き回る。マルキージオとモッタはスペインの隙間を見つけてパスコースを確保し、前方へのボール運びが困難な状況でも、最終ラインには配球役もこなせるデロッシがいる。このように、ピルロがボールを出す方向の選択肢が非常に多いのだ。そしてピルロだけでなく、デロッシからも効果的なロングパスが幾度となく供給された。もちろんスペインが広いスペースを空けているわけではなく、どこに出しても自由に攻められるわけではない。しかし両サイドでマッジョとジャッケリーニが相手の背後に走り込み、横幅の広い攻撃態勢を構築。スピードと俊敏性で相手の守備陣を上回るアタッカーたちは、スペインの前進を抑える効果を発揮し、イタリアのパスワークを機能させることに成功した。

12分、14分と立て続けに、中盤でのボールキープの間にWBが高いポジションを取って、スペインのマークに隙間ができるとマルキージオやモッタが次々と侵入。決定機には至らなかったが、この動き方によってイタリアは攻撃の流れを作る。22分には右サイドのマッジョが縦に抜ける動きでドリブルを仕掛け、アルバの前に体を入れて巧みにキープしながら中央のマルキージオに出す。マルキージオが迷わず縦パスを送ると、走り込んだカッサーノがシュート気味のボールをゴール前に蹴り込む。残念ながらバロテッリが詰め切れず、ボールはゴール左へと抜けていったが、相手のポゼッションに怯まないボール回しとスペースへのランニングでスペインを脅かせると証明してみせた。

しかしスペイン史上最強の赤い代表チームもそう簡単には試合の主導権を譲らない。20分にはイニエスタがさすがの攻撃を見せ、セスクにボールを供給。紙一重のオフサイド判定となったが、スペインが先制しても不思議ではなかった。25分あたりからは徐々にポゼッションがスペイン中心になっていく。中盤の底でビルドアップの起点になる役割をシャビが担い始めたのだ。イタリアはズルズルと後ろに下がったわけではなく、リズムを掴んだところでゲームを落ち着かせたい時間帯だったようにも見えるが、シャビのタッチ数が増えたことで、スペインはパスコースを少しずつ増やし始めた。

支えたのはデロッシ

こうした展開の中で最も光ったのはデロッシだ。スペインのパスがペナルティエリア内に到達した瞬間、鋭い読みとアタックで相手の攻撃をことごとくブロック。攻撃の組み立ては許しても、決して決定的なシュートを打たせない。激しい動きとボール争奪戦への参加は一見リスキーに見えるが、最後のタックルでは相手に足裏を見せず、タイミング的にも相手の足が触れない間合いのボールを刈り取るのでファウルを取られない(ハンガリーの名レフェリー、カッシャイ主審が球際のプレーをしっかりと見極めていたこともあり、荒れないゲームが展開された)。またイタリアのボール保持の場面では最終ラインで落ち着かせるだけでなく、前述の通りピルロの負担を分散させる役割も担うなど、この日の布陣における要として存在感を十二分に発揮した。

デロッシを中心とした守備陣が有効に機能したことで、スペインのポゼッションが拡大していく中でもイタリアは積極的に前に出る。

チャンスメイク役はカッサーノ

前線でイタリアの攻撃を活性化させ続けたのはカッサーノだ。シュート数こそ限られたものの、セルヒオ・ラモスとピケのマークを巧みにかわしながら左右のスペースで動き回り、決定機につながるボールの動きを繰り返し作り出した。

34分にはバロテッリとのパス交換からピルロがワンタッチで左のカッサーノへ展開。内側に切れ込むようにボールを運ぶと鋭いシュートを放つ。カシージャスがブロックしたボールにバロテッリが詰めるが、ピケとの競り合いでファウルを取られてゴールならず。このプレーでピッチを何度も殴って悔しさをあらわにするバロテッリに、スタジアムは沸いた。

直後の36分、セスクに出たボールをタックルしながらキエッリーニが蹴り出す。ボールが左サイドのスペースに飛ぶと、そのボールを収めたカッサーノが中央へクロスを上げた。中央で待ち構えていたマルキージオが目の覚めるようなボレーシュートでゴールマウスを捉えたが、カシージャスにセーブされる。カシージャスの正面に近いコースにはなってしまったが、少ないタッチ数で手数を掛けず、質の高い枠内シュートに結び付ける攻撃だった。

前半終了間際には右サイドでボールを受け、素早くゴール前にボールを入れる。このボールに合わせたのはモッタ。ヘディングシュートはカシージャスの好セーブに阻まれたが、カッサーノから供給されたボールが繰り返し枠内シュートに結び付いたことは、スペインに戦い方を再考させるに十分だっただろう。

スペインの出来が悪かったわけではない

前半のイタリアのプレーが素晴らしかったことは事実だが、スペインが悪かったわけでは決してない。シャビが積極的に中盤の底でボール回しに参加するとパスワークはスムーズになり、イニエスタやシルバへの鋭い縦パスは確実に増えた。44分にはイニエスタの巧みなポジショニングを見逃さず、シャビからの縦パス1本で決定機を作っている。それでもスペインの攻撃に本来の迫力が出なかったのは、イタリアの中盤に両サイドバックの上がりを牽制され、イタリア陣内の深いところで左右に広いパスワークを実現できなかったためだ。

戦前の予想とは異なっていたという意味で、スペインよりもイタリアの方が好印象を与えたとは言えるだろう。観衆に驚きを与え、評価を高めたのはイタリアだった。しかしスペインも自分たちの戦い方を継続して安定したプレーを見せ、無得点だっただけである。

両チームの積極的な姿勢により、45分だけでも十分に見どころの詰まったこのゲームは、こうして両チーム無得点のまま前半を終えた。

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