ティン・パン・アレーとロックンロールの狭間で。追悼バート・バカラック

バート・バカラックの訃報で、はっとした。「まだ存命だったんだ」と。失礼な話かもしれないが。

というのも、「昔の人」というイメージがあったのは否めないからだ。ここ20年ほど、彼の仕事があらためて見直されるような動きはあまりなかったように思う。しかしながら、彼がエバーグリーンな楽曲を数多く残したことは疑う余地はなく、その死を惜しむ声がただのノスタルジーによるものではないのは、実感としてよくわかる。

そのあたりの微妙な齟齬(というべきか)は、ポップ史における彼の立ち位置のユニークさに起因しているのではないか。

バカラックは1928年生まれだ。シナトラ(1915生)よりは全然年下だが、プレスリー(1935生)よりは全然年上。数々のミュージカル・ヒットを世に送り出したティン・パン・アレーの最盛期に間に合わず、ロックンロール・ムーブメントの大爆発には追い払われた世代といえるのかもしれない。そして、彼の資質は、明らかに前者に属していた。レイ・チャールズ(1930生)と同年代というのがわかりやすいと思う。ロック以降もどうにか「乗り切った」のは、二人に共通している。

ビートルズが”Baby It’s You”をデビューアルバムでカバーしていたのは、バカラックへの敬愛というより、「シュレルズのヒット曲」を取り上げたってところが真相だろう。

この演奏は、ビートルズらしさが色濃いわけではなく、今聴くと明らかにレトロに感じる(当時はどうだったのだろう?)。むしろ、ビートルズという新しい才能が演奏すると余計にレトロに響いてしまうのであり、どことなくパラドックス的でもある。この後のビートルズの快進撃で、「ロック・バンドが自作自演する」という形式がポップ・ミュージックの基本形、というか前時代からの決別の形として定着していくので、歌い手と作り手の分業体制下における「職業作曲家」のバカラックとしては、長期にわたりアゲインストの時代に入っていくともいえる。

それでも60年代はけっこう踏ん張っていて、主なヒット曲はこの頃に生まれている。それまでのポップと新しいロックがまだ共存していた時代だからだ。ただ、当時吹き込まれた歌は、今聴くとどうしてもノスタルジックに響く。アレンジのせいかもしれない。だから、”Walk On By”は、ディオンヌ・ワーウィックよりもアイザック・ヘイズのヴァージョンを勧めたい。このディープネスとグルーヴを、90年代にポーティスヘッドが援用したのは、そこに普遍性があったからだろう。

マジカルで凝ったコード進行を持ち味とするバカラックのコンポジションは、「ロック以降」には色褪せて響くことがあったかもしれない。ただ、ビーチボーイズなんかは、バカラック的な手際をロック・バンドとして吸収した好例であり、70年代以降も、バカラックは駆逐されることなく、散発的に参照されるようになる。

70年代だと、カーペンターズが取り上げたのが象徴的。”Close To You”をはじめ、アルバムではメドレーまでやっているぐらいだ。

彼らに提供された曲では、ロジャー・ニコルズも存在感を放っている(” We've Only Just Begun”, “Rainy Days and Mondays”)けれど、ロジャー・ニコルズはそもそもバカラック・マナーの正統な後継者だったともいえる。ロック・バンド的な振る舞いやスタンスとは一線を画したカーペンターズに、バカラックの曲は絶妙にマッチした。

映画『ミスター・アーサー』の主題歌”Arthur’s Theme”は、クリストファー・クロスが歌って大ヒットしたが、共作者としてクレジットされているものの、イントロを除くとバカラックらしさはそこまで感じない。サウンドトラックを手掛けているから、ほぼ名義貸し?に近い気もする。サビの部分は、彼の3人目の妻であるキャロル・ベイヤー・セイガーとピーター・アレンが共作した未発表曲から引っ張ってきているという。そういえば、この頃のAOR界隈なら、もっとバカラックがコミットする余地はあった気もするが、思いのほか接点はないような(詳しい人に教えてほしい)。でもこの曲、好きです。

80年代のレアグルーヴのムーブメントで、バカラックがディグされたのも記憶しておきたい。『007/カジノ・ロワイヤル』のサントラとか。ロンドン発のこの動きが東京にも飛び火して、渋谷系やフリー・ソウルの重要なインスピレーション源になっている。先に述べたロジャー・ニコルズの大人気ぶりも、同じ文脈で位置づけられるだろう。

98年にエルヴィス・コステロがバカラック集を発表した後は、それほどめぼしい動きはなかったように思う。バカラック的なヴァイブは、21世紀に入ってからのミュージックシーンでどれだけの切実さをもって求められただろうか? 正直なところ心もとない。ただ、そういった流行り廃りに左右されず、じっくり時間をかけてクラシックとして浸透していったともいえないだろうか。

本人名義のアルバムに目を向けると、2005年の『At This Time』は素晴らしかった。ドクター・ドレーが提供するドラムループが多用され、ルーファス・ウェインライトがゲスト参加するアルバムというのも、そうそうない。ここにはポップの魔法が封じ込められ、確かに息づいていた。

最後に、ローランド・カークによる痛快な”I Say A Little Prayer”を。まさに人生賛歌、バカラックの魂そのものだ。


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