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「救護の男」のプラシーボ

「プラシーボ効果」をご存知だろうか?

あなたのお友達は頭痛持ち。「いつもの頭痛」で頭が重い。
ところがそのお友達は、常用の頭痛薬を切らしてしまってることに気づいた。
あいにく、あなたには痛み止めを持ち歩く習慣はない。
あなたの手元にあるのは、サプリメントのビタミン剤だけ。
常に最善の策はすぐ病院に行くことだが、どうしても今すぐ薬局や病院に走ることはできない事情があった。あなたはやむなく「たまたま手持ちの痛み止めがあったよ。」とビタミン剤を渡した。少しでも気が紛れれば、と言う気持ちで。
「痛み止め、どうだった?効いた?」
「うん。最初なんだか効きが悪いと思ったけど、楽になったよ。」

この場合、あなたのお友達を救ったのは「プラシーボ効果」だ。
「大丈夫」と思う気持ちが、実際に症状まで緩和することがある。

大事なことは、「友達があなたを信頼していること。」
薬効ではなく、あなたへの信頼が症状を緩和したのだ。

※※※注意※※※
「いつもの頭痛」と思っても、悪い頭痛が隠れている場合がある。上記の場合、「すぐに病院に行って」が正解だ。「プラシーボ」の解説の為に上のように書いたが、決して推奨はされない。バレた場合に友人を失うリスクがあるだけではなく、実際に迷惑をかけてしまう可能性もある。ゆめ、お忘れなきよう。

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さて、世の中にはこんなプラシーボもある。嘘のような本当の話だ。
タイトルをつけるなら、「救護の男のプラシーボ」。

Kはお人好しの医師。
救護の星のもとに生まれたような男だ。

学生時代から、「救護」は彼と共にあった。
大学の飲み会では、後輩が酔い潰れてゲロを吐いた。救護!
皆が二次会に向かっていく中、動けなくなった後輩を背負って家路を急いだ。
「おいおい、そいつは救急車呼んだ方がいいぞ」
見知らぬ酔客が言うから、そんなものかと救急車を呼んだら、怒られた。

目の前で自転車の少年が車に跳ねられた。救護!
少年を救護し、救急車を呼んで同乗し、少年を励まし続けた。
「大丈夫だ、大丈夫だ。ご家族もすぐ来るからね。」
電話番号を聞き出してご家族に電話すると、加害者と間違えられて怒鳴られた。

医師になってからのKも大差ない。
横断歩道を渡っているおばあさんが車に跳ねられた。救護!
骨折で動けないおばあさんを道端まで運ぶ。
「痛くない。痛くない。大丈夫。すぐ救急車来るよ。」
「こんなに痛いのに、無責任なこというな。」
おばあさんから怒られた。…これだけ元気なら、大丈夫だ。

ゲート式のコインパーキングでは、すぐそばに停めてあった車が唸りをあげて暴走し、ゲートを壊してさらに向かいの家に突っ込んだ。
運転手は意識消失。痙攣発作か。救護!
Kは運転手を側臥位にして、救急車と警察をよぶ。引き継いだ後も、Kは警察に事件の様子から、職業、電話番号に至るまで根掘り葉掘り聞かれ、1時間程度拘束をされた。
「ゲート壊れちゃったけど、僕の駐車代どうしたらいいでしょう?」
(Kは救護もしたし、1時間も余計に駐車する羽目になったので、「いいよいいよ」と言われることを期待していたのだ!)

「駐車場の運営会社に連絡して。」
警察とはそんなものか、と思った。

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さてKは学会でボストンに出張した。
観光気分の彼は、機内は寒かろうと空港の土産店でトレーナーを購入し、それを着込むとエコノミークラスの狭い席にその長身を押し込めた。

まもなく放送がかかる。
「機内にお医者様はいらっしゃいませんか?」
また救護か!

実はその機内、学会帰りの「お医者様」でいっぱいである。
だが、名乗りをあげたのは「救護の男」、Kだけ。

機内救護にはリスクを伴う。機内で使える診察機材は限られている。その上で、最悪飛行機を着陸させるかどうかの判断をしなければならない。誤診したとしても、重過失では航空会社は責任を負ってくれない。従って、「賢い」医師は名乗りをあげない。

ところがKは立ち上がった。しかも、これが彼の人生二回目の機内救護であった。

ビジネスクラスの裕福そうな外国人。聞けば教授だという。
胸痛の訴えはあるが、パルスオキシメーターの酸素化には問題なし。
苦しげな息遣いの彼を、狭心症と診断した。機内常備薬からニトロペンを選び、与薬する。

“Don`t worry. You`ll be alright. “

Kは今までの救護と同様、慰めの言葉を口にする。

その大学教授は苦しげな表情に、微かな笑みを浮かべて言った。

“I am a lucky guy.“

“Why?”

一瞬困惑するK。

Because a doctor from Harvard University is on the same plane. I should be OK.”

なるほどKが先ほど土産屋で買ったトレーナーの胸には「Harvard」と記されていた

Kは思った。
That`s placebo! : プラセボ効果だ!→余談であるが、この時Kの思考は英語でなされていた。)

Kは熱心に「ハーバードの医師」を演じ続け、眠れぬ機内の夜を過ごした。

空港では救急車が待っていた。
「お礼をするから。」と渡された名刺はどっかに無くしてしまったが、「トレーナーに印字された有名大学の名前が、不安に怯える患者の一夜を救った」という記憶が残った。

考えてみれば、ハーバードの医師が、「Harvard」などというトレーナーを着てるわけない。教授の一言は捨身のギャグだったのかも知れないが、それは言わない約束だ。

(了)

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