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三毛猫の雄が高価なワケ

「私はcalicoやから。」  

とあの人はいった。その意味がわからず、問い返すこともできず、私はただその言葉だけを心に留めた。

Calico(キャラコ)とは、「三毛猫」のことだ。自分で言うのもなんだが、英語に堪能な私だからそれは知っている。だが、なぜあの人があの時、自分を「三毛猫」に例えたのかがどうしてもわからない。

先日、文化系部長会の議長を決める選挙があった。関西では常勝の「ディベート部」を率いる私は、議長の有力候補の一人であった。私を押してくれる声には素直に感謝したが、私は知っていた。自分よりももっと、ずっと相応しい人間がいることを。

その人物: ヤマダ・ハナコ氏は謎の多い女性だ。常に赤い色のスーツを見に纏い、謎めいた微笑みを浮かべている彼女。その瞳もまた、淡い赤色をしている。曲者ぞろいの部員たちを束ね、自分の手足のごとく動かす力量を持った彼女こそ、K大文化系部全体を率い、さらなる高みに導く力量を持っていることを私は信じて疑わない。彼女の下で一緒に働けるならば、自身は副議長でも、書記でも、(あり得ないことではあるが)たとえ一兵卒であったとしてもそれを厭わないつもりだ。誤解を恐れずにいえば、私は彼女の信奉者だ。

ああ、しかし彼女は、私を推挙した。結果、文化系部長会の議長に選出された私は、あの人を捕まえて言わずにはいられなかった。

「なぜ、私を推挙していただけたのでしょうか?」

「君がやりたそうに見えたんよ。」

あの人の返答は至って明快なものだった。それ以上多くは語らず、あの赤みがかった瞳で、意味ありげに私を見つめるのであった。

「どうしてそんな瞳で私を見つめるのですか?私は本当に議長に相応しいのでしょうか?」

「私はcalicoやから。」

その時あの人は自分を三毛猫に例えて笑ったのだ。

「私はcalicoやから。」

その響きは不思議な魔力を持って、私の心を捉えた。私は、なんとしてもその意味を読み解きたいと狂おしいまでに思った。正直に言えば、私はその言葉の中に、「好きだ」とか、「あなたに興味がある」というメッセージを見つけたかったのだと思う。

私は三毛猫について書いてある文章を調べた。恥ずかしい事だが、その時初めて知った。
「三毛猫は必ずと言っていいほど雌だ」ということを。

あの人は、「私は女だから」と言いたかったのだろうか。それはそれで、何か甘美な響のようにも感じられる。だが、私の中の何かがその解釈を拒絶した。あの人は「男だから」、「女だから」で物事を判断するような人ではない。ジェンダーを遥かに超えて、人を魅了するその能力。だからこそ私は彼女に憧れたのではなかったか。

私の三毛猫に関する思索はさらに深く、深く、深淵へと潜っていった。

三毛猫とは、定義上、黒、オレンジ、白の3色の毛の色を持つ猫をいう。
そもそも何故、三毛猫は雌と決まっているのか、それには性染色体、Xが深く関わっているらしい。

雌の猫は18対の常染色体と、性染色体XXを持っている。雄の性染色体はXY。つまり、女性の二つに対し、男性は一つのX染色体しか持っていない。この事実は、ヒトを含む哺乳類に共通している。

雌が二つのX染色体を持っているからと言って、X染色体から作られる蛋白量が男性の二倍になるわけではない。発生初期に雌の二つのX染色体のうちの一つが「不活化」、つまり使われなくなる機構が生体に備わっているからだ。このため、X染色体から作り出される蛋白質の量は、雄も雌も変わらない。

問題は、「オレンジの毛の色」を発現する遺伝子、O遺伝子、もしくはその対立遺伝子である「黒い毛の色」のo遺伝子が、このX染色体上にあるということだ。一方、白色の毛を決める遺伝子は、常染色体上にある。

雄の場合、元々一つのX染色体しか持っていないので、その染色体の上にO遺伝子がある場合、オレンジ/白になる。oの場合は黒/白だ。

雌の場合は、元々二つあるX染色体の一つが発生途中で使われなくなる関係上、まだらになる。O遺伝子を持つX染色体が選ばれた部分はオレンジ、o遺伝子を持つX染色体が選ばれた部分は黒となるのだ。

ここまで学習するに及んで初めて、私は「私はcalicoやから。」の意味がわかった気がした。

あの人の広い心は、白でも黒でもない、「オレンジ」を許容できる。故に曲者たちをまとめあげることができる。一方、「議長」とは必ず、白か黒かの片を付けなければならないものだ。それゆえ、人としては単純な部類に入るかもしれないが、白黒はっきりさせる「雄猫」のような性質を持つ私こそが議長には相応しい、とあの人は言いたかったのだろう。

‥残念ながら「私はcalicoやから。」の一言の中には私が探し求めた恋愛のニュアンスを見つけることはできなかった。それでも、あの人の私に対する深い信頼を知った私の魂は燃えた。そう、あの人の期待通り、白黒をきちんとつけれる議長になろう。

だが、彼女にも教えてあげたい。ごく低い確率ではあるが、三毛猫にも雄はいる、ということを。性染色体XXY、X染色体2本を持つ雄猫が稀に生まれるが故に。

私もまた、いずれは「あの人」のように、多くの違いを許容できる雄の三毛猫になろう。その時こそ「あの人」は私を同格の存在として認めてくれるに相違ないのだから。

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ヤマダ・ハナコは悩んでいた。「自分は面倒くさい」という理由で、やりたがりのマスモト・リキを議長に推挙したことで、彼に何か勘違いさせたのではないだろうか。

「どうしてそんな瞳で見つめるのですか?」

とかいう一言が、なんとなく気持ち悪かったので、「私はカラコンやから」とジョークでかわしたつもりだったが、、。赤い瞳のことを人によく聞かれるので、定番の返しにしているのだ。

(了)

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